異世界大使館はじめます

あかべこ

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5:大使館の夏

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昼食時、納村が「一時帰国に合わせて買い出しリストを作りたい」と言い出した。
報告のための一時帰国に合わせて何かと個人的な買い出しを頼んでいる様子を目撃しがちなことを踏まえれば納村の要望は妥当なものだし仕方ない。
昼食として用意されたハーブ塩のフォカッチャをかじりながら「そうだな、」とつぶやいた。
「個人的な買い出し希望のリストと予算をまとめておくか」
「出来たら明日の朝食終わりまでで頼みます、昼前には出るんで」
「……そうか、一時帰国明日だったな」
納村が呆れ気味に「そうですよ」と答える。
同席していた木栖が焼きたての雉肉のマリネ焼きを切り分けながら「欲しいものはないのか?」と聞く。
切り分けられたマリネ焼きは木皿に乗せられて俺に差し出される。
「あんまりないな、消耗品はこちらのもので十分だしそこまで物欲も強いほうじゃない」
「大使は本当に欲がないですよねえ」
柊木医師のいう事はそう間違っていない。
「消耗品はこの世界のもので事足りるし、地球の情報は納村が持ってくる新聞や雑誌で把握できるからな」
外務省の担当者が作ってくれているという新聞のスクラップや大使館名義で購入する新聞や雑誌があるので特に欲しいと思う事はない。
「趣味のものとかは無いんですか?」
「元々趣味もなかったからな、日本にいたときは家で寝るか母と必要な物を買いに行くかの二択だった」
そう告げると柊木医師や嘉神があり得ないとでもいうような顔をしていた。
家族のいない独身男なぞそんなものだろうという風に木栖に目を向けると心配げに俺を見ていた。
「うっかりすると孤独死してそうで怖いな」
言われてみれば今俺にいる家族は認知症で俺を忘れた母が一人きり。母もいなくなれば完全に1人になる。
連絡を取り合うような友人知人も特段思い付かない、近所づきあいもそこまで盛んじゃないし、仕事を辞めれば人間関係はほぼゼロになる。
完全に孤独死まっしぐらなのも分かる。
「言われてみればそうだな……まあ、1人で死んだらそれはそれで仕方ないんじゃないか?木栖はどうなんだ」
木栖も家族とはほとんど縁が切れていると言っていた。
付き合っている人がいるのならまだいいが、こちらに来てからはそういう相手がいるようには見受けられない。
「いい縁に恵まれなくてな」
「そういう事もありますよね」
結婚に失敗している柊木医師が深く同情するようにそう呟いた。
今はこうして共同生活だからいいが、赴任が終わったらどうなるのだろうとぼんやり考えてみる。
「……何で買い出しリスト作っといて欲しいって言っただけなのに孤独死の話になるんですか」
納村が空気をぶち壊したいとでもいうようにそう突っ込んだ。
「なんかすまないな、とりあえず午後のうちに買い出しリストを作っておく」
「飯山さんにも伝えておかないといけませんね」
微妙な空気ではあるがほどほどに腹もふくれた。
「使い終わった木皿は俺のほうで洗っておこう」
ちょっとしたお詫びの気持ちでそう告げると、頼みますというように食べ終わった木皿が渡されるのだった。
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