異世界大使館はじめます

あかべこ

文字の大きさ
上 下
33 / 254
4:大使館、北へ

4-1

しおりを挟む
6月。初夏を迎えた金羊国は収穫祭を迎え、大使館の外には神殿詣でに向かう人々が列をなしている。
ここでは主食として麦が好まれているため、収穫の季節である初夏に収穫祭が行われる(秋にも収穫祭があるが)
さらにこの国では神殿に祀られている金羊の女神がお告げを下した日がちょうど昨日の出来事となっていて、その前後を含めて3日間が国の定める休日となっている。
普段あまり休めない農民や炭鉱夫たちも初夏の収穫祭に合わせて仕事を休み、金羊の女神にこの恵みを感謝するため皆がこぞって神殿に向かう事になる。
「で、その結果がこの大渋滞という訳だな」
木栖が呆れ気味にそう呟きながらこの景色を眺めている。
門前に出した日本大使館のブース(長机や掲示物があるだけだが)の前には人が結構な集まり方をしている。
飯山さんがここで収穫された大麦で作った麦茶はノベルティとともに神殿に向かう人々に振る舞われ、大使館や日本についての説明掲示物(嘉神が作り説明もしてくれている)の前には日本について興味を示す人たちが集まっている。
飯山さんのほうは台所でずっと麦を煎り続け、柊木医師が麦茶を淹れて魔術でキンキンに冷やし、オーロフが門前まで運び、アントリが回収・洗浄を行っている。
「この様子だと来年は大使館の一部を開放したほうがよさそうだな」
疲れ切った納村がふらふらと戻ってきて「交代してください」と言ってくる。
常にハイテンション元気な納村がここまで寄れているのは珍しく、相当もみくちゃにされてきたのだろうと察する。
「わかった、ついでに嘉神のほうも休ませておこう。木栖」
「ああ」
飲み終えた麦茶の器を納村に預けて、少し表に出ていくことにしよう。

***

祭りの賑わいの中で麦茶は思ったよりも評判が良かった。
曲げわっぱに似た工法で作られる薄くて軽い容器になみなみと冷たい麦茶が注がれ、日差しが強くなり始めた初夏にはよくウケる。
麦茶と一緒にノベルティとしてティッシュとシールも渡しているのが物珍しいようでこれも好評の原因らしい。
「お疲れ様です」
「ハルトル宰相?」
大きな麦わら帽子をかぶったハルトル宰相が声をかけてくる。
後ろに同行しているのはヘルカとビョルトの黒猫姉妹だ。
「祭りの様子を見に来たんですよ、あと私たちにも1杯づつ頂けますか?」
よく冷えた麦茶を渡す前に三人に机の下をくぐって中に招き入れ、麦茶を1杯づつ差し入れる。
麦茶を鍋いっぱいに運んできたオーロフに紙とペンを持ってきてもらうと、冷えた麦茶の鍋や容器をそのまま置いて『ひとり1杯、自分で汲んでお持ちください』と書くと彼らは思い思いに麦茶を汲んで持って行った。
ノベルティも渡すのが面倒なので箱ごと出して『ひとり1セットを自由にお持ち帰りください』と殴り書きしていく。
いちおう俺が門前にいるので連れもいないのに沢山持ち帰る奴には声掛けするとしよう。
「麦茶をどうぞ」「助かります」
三人ともこの暑さで冷たいものが嬉しかったのかぐびぐびと勢いよく飲み干すと「ありがとうございます」と麦茶の器を返す。
「ところで今夜お手隙ですか?」
「そうですね、麦茶は昼間だけのつもりでしたから」
「もしよろしければ今夜一緒に食事をなさいませんか?久しぶりに僕の友人にして素晴らしい踊り子がこちらに帰ってきているので是非お目通しをと思いまして。
それにここの大使館のご飯を友人に食べさせてあげたいんです」
「私も!カガミご飯作るの下手!日本のご飯食べたい!」
反射的に口をはさんで来たのはビョルトで、姉のヘルカが「ちょっと!」と叱るように止めてくる。
「ビョルト、今夜は僕の代わりに政経宮で留守番でしょ?料理人の人にお願いして夜食を作って貰うから、ね?」
宰相による宥めの言葉でビョルトは不満たらたらの顔で「チョコレートアイス」と返してきた。
はて、チョコレートがこの国にあっただろうか?ココアの粉末なら先月末に納村が買ってきたものがあるはずなので飯山さんにそれっぽいものを作って貰うしかない。
「うちの料理人に頼んでおきます」
再び冷たい麦茶の鍋を持って来たオーロフの足音がする。彼の足音は独特なのですぐにわかる。
とりあえず今夜の食事は少し多めに作って貰う事になりそうだ。
しおりを挟む
気に入ってくださったら番外編も読んでみてください
マシュマロで匿名感想も受け付けています、お返事は近況ボードから。
更新告知Twitter@SPBJdHliaztGpT0
感想 0

あなたにおすすめの小説

アレク・プランタン

かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった と‥‥転生となった 剣と魔法が織りなす世界へ チートも特典も何もないまま ただ前世の記憶だけを頼りに 俺は精一杯やってみる 毎日更新中!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました

夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」  命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。  本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。  元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。  その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。  しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。 といった序盤ストーリーとなっております。 追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。 5月30日までは毎日2回更新を予定しています。 それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

処理中です...