異世界大使館はじめます

あかべこ

文字の大きさ
上 下
31 / 254
3:大使館員は歩く

3-8

しおりを挟む
納村と嘉神が大使館を離れたあと大使館は少し静かになり、新しい仕事が持ち込まれるまでは手持ち無沙汰となった。
昼前から降り出した雨もあり、今日は誰もが静かに過ごす日になった。
(いきなり静かになると逆に困るものだな)
トントンと膝を指で叩きながら思いついた歌を歌いだす。
俺の死んだ父親はミュージシャンの端くれとして音楽をしながら働いており、家には父親のギターがあった。
子守歌は父親の残した歌のテープで、今歌っているのも父親のテープに入っていた歌の一つでなんとなく覚えていた。
「相変わらずお前の歌は上手いな」
「木栖、ノックぐらいしろ」
「ドア越しに黙って聞いてるほうが怖いだろ」
「そうかもしれないがな、そういえばお前の歌って聞いた覚えがないな」
「……小さい時から音感がなさすぎて歌うなと言われてた。俺が歌うと讃美歌も調子っぱずれになるし、信号ラッパもわけわからんリズムになる始末でな」
恥ずかしそうに視線をそらして俺に己の恥を告げる。
逆にどれだけひどい音なのか聞いてみたい気もするが言わないでおくが「お前にも弱みが一つあるようで良かった」と俺が明るく笑い飛ばしてやった。

****

そんな調子でおおむね平和に3日が過ぎると、納村とファンナル隊長が戻ってきた。
書類や買い出しした道具類をリヤカーに山ほど詰めて帰ってきたのを見て今後の仕事量の多さにげんなりした。
「お疲れさま」
「……ファンナル隊長がすごいソワソワしてて大変でした」
すっかり忘れていたがファンナル隊長は初来日だったのかと思い出し、鷹の獣人がワクワクを押し殺しながら霞が関を歩く姿を想像して苦笑いがこぼれた。
「とりあえずこれが真柴晴彦大使殿宛のやつです」
書類がどさっと俺の机に積まれたあと「あと、外務省内の事なんですけど」と告げられる。
「異世界の専門担当部署、並行世界局って名前になってました。まだ金羊国課しかないけど他国との外交関係が結べれば新しい課を新設するって」
回覧と書かれたクリアファイルに並行世界局の面々の名前や課の電話番号が記されている。
局長は俺と同期の飯島という男で、北米一課でそれなりに実績もあげてきている男だ。
課長はよく知らんが前任が国際協力局とあるので、そっちに話が通じるのはありがたい。畑違いに連れてこられて苦労はするだろうが頑張って欲しい。
「それと2つ目、国連協力で異世界の資源と技術研究の専門機関なんですけ今月末には稼働できるって」
金羊国との関係性を作っていくにつれてかの国を中心とした異世界研究の専門施設が必要であるという話が出てきて、俺たちが日本を出る時には既に動き出していた話だった。
「速すぎやしないか?」
「成田にちょうど廃校になった小学校があって、そこを改修して使うって聞きましたよ。とにかく早く作って早く実働させたいらしくてバタバタしてましたね。あと至急分析して欲しいもの以外は全部成田の新施設に試料として回すって言われたんで、温泉水を至急分析してって言ったら帰る間際に届きました。その青緑の封筒なんですけど」
有名大学の名前が刻まれた青緑の封筒を引っ張り出すが、むしろこれは柊木医師のほうが気にしているだろうと判断していったんわきに置く。
「あと報告したほうが良いのは~……宰相や担当者あての封書があったんで全部ファンナル隊長に預けました、個人あての私信や荷物が全部外務省に転送されてるんでそれも持って来ました、あともっと広範囲の地図や精度の高い地図はないのかって言われたんですけどないもんはないって言って諦めてもらったことぐらいですかね」
「多いな」
「3日分ですからね。あ、買い出し希望の品は全部揃えましたよ」
「分かった。お疲れさん」
納村を送り出してパラッと書類に目を通す。
通知や報告書などの山であることは大体わかったので、これは明日以降でいいだろう。
(地図はどうにもならんだろうな)
地図については空を飛ぶことが出来る鳥系の獣人たちが自ら上空を飛び、その様子を書き写したものがこの国の上層部では地図として使われている。航空写真のイラスト版と言えば分かりがいいだろうか。
それを国防上不利な部分以外を書き写してもらったものを金羊国内の地図として提出したが、いかんせん目視で作っているので精度には限界がある。
それに飛んでいる高度も担当者ごとに多少のずれがあるようで、嘉神が歩きで補正している。
(まあこれは要相談だな)
ただもう少ししたら落ち着くはずだと信じて働くしかない。
しおりを挟む
気に入ってくださったら番外編も読んでみてください
マシュマロで匿名感想も受け付けています、お返事は近況ボードから。
更新告知Twitter@SPBJdHliaztGpT0
感想 0

あなたにおすすめの小説

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者PTを追放されたので獣娘たちに乗り換えて楽しく生きる

まったりー
ファンタジー
勇者を支援する為に召喚され、5年の間ユニークスキル【カードダス】で支援して来た主人公は、突然の冤罪を受け勇者PTを追放されてしまいました。 そんな主人公は、ギルドで出会った獣人のPTと仲良くなり、彼女たちの為にスキルを使う事を決め、獣人たちが暮らしやすい場所を作る為に奮闘する物語です。

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

ダンマス(異端者)

AN@RCHY
ファンタジー
 幼女女神に召喚で呼び出されたシュウ。  元の世界に戻れないことを知って自由気ままに過ごすことを決めた。  人の作ったレールなんかのってやらねえぞ!  地球での痕跡をすべて消されて、幼女女神に召喚された風間修。そこで突然、ダンジョンマスターになって他のダンジョンマスターたちと競えと言われた。  戻りたくても戻る事の出来ない現実を受け入れ、異世界へ旅立つ。  始めこそ異世界だとワクワクしていたが、すぐに碇石からズレおかしなことを始めた。  小説になろうで『AN@CHY』名義で投稿している、同タイトルをアルファポリスにも投稿させていただきます。  向こうの小説を多少修正して投稿しています。  修正をかけながらなので更新ペースは不明です。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・

今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。 その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。 皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。 刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

処理中です...