龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  第四部 - 三章 龍王の恋愛成就奮闘記

三章四節 - 登山デート

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  * * *

 ――翌日。

 乱舞らんぶ沙羅さらは朝から馬に相乗りして中州城下町を離れていた。文官位と武官位の両方を持つ沙羅にとって、乗馬は得意分野だったが、どこからともなく現れた大斗だいとにうまく言いくるめられ、気づいたら乱舞の前に沙羅が横座りしていたのだ。
 乱舞は自身がひどく緊張しているのをひしひしと感じた。与羽ようと同じ馬に乗ったことはあったが、その時とは比べ物にならない。手綱を握る手には汗がにじみ、体がこわばっている。それは今馬を歩ませているのが、良く踏み固められた道ではなく緩やかに登った山道であるという理由だけではないだろう。

 彼らが向かっているのは、城下町の西。華金かきん山脈だ。山脈といっても城下町に近い場所は低い山ばかりで、人の手が十分に入っている。毎年多量のたきぎが伐採されるため、木はまばらで、通行を妨げるような茂みもない。

 ちょうど木々が芽を出しはじめたこの時期は、陽光が振りそそぎ、あたりは透き通るような若緑で輝いていた。枯れ葉の取りはらわれた道には小さな花も見られる。

 乱舞は馬をゆっくり歩ませ、沙羅がその風景をよく見ることができるようにした。
 乱舞自身に風景を楽しむ余裕はない。

「春の山はいいわね」

 沙羅が辺りの雰囲気を壊さないように、小さな声で話しかけてくる。

「うん」

 それだけ答えると再びお互いに沈黙する。もっと何か言うべきだったと後悔しても遅い。

「どこに向かってるの?」

 気を利かせて沙羅がさらに声をかけてくれた。

「んと、ちょっと山」

 そんなことは今の場所を見ればわかることだろう。乱舞は慌てて言葉を足した。

「いい場所があるんだ。もう少し行ったら馬を下りて歩かないといけないけど、眺めがとってもきれいで……」

 いつだったか与羽が教えてくれた場所。乱舞も初めて訪れた瞬間に気に入った。

「へぇー。楽しみ!」

 乱舞の方を向いて柔らかくほほえむ沙羅。乱舞もそれにつられて笑みを返す。

月日つきひの丘みたいにきれいな花はないけど、とっても好きな場所だから沙羅に見せたくて」

「月日の丘みたいに整えられたのも好きだけど、あるがままの自然に近いのも好き」

「良かった」

 ほっとする乱舞の肩越しに、沙羅は今まで登って来た道を見る。

「だいぶ登ったね」

 後方、まだ葉の小さくまばらな木々の隙間からは、下方に中州城下町を取り囲む川の一方――月見川が見えた。雪解け水の流れる月見川はいつにも増して流れが荒く、春先の柔らかな陽光さえも激しく跳ね返している。
 あいにく、城下町は枝が邪魔をして良く見えない。

 通っている道はあまり人が通らないのか、次第にけもの道に近くなってきた。道のわきには岩が目立ち、急な斜面が大岩を迂回するように続いている。

「そろそろ降りようか」

 まだ馬で行けないことはないが、乱舞はそう提案した。

「そうしましょうか。この子も大変だしね」

 沙羅も馬を気遣って降りることに賛成する。そして、乱舞が手を貸す間もなく近くの岩の上へとなめらかな動きで降り立った。

 乱舞もすぐ馬をおりて、手綱を引きながら歩みを再開する。その隣を半歩遅れで沙羅が続いた。

 ここまで来る間に日は高くなり、辺りには枝の間を縫って陽光が差し込んでいる。
 灰色のごつごつした岩はつるやコケに覆われ、場所によってはその表面を水が滴っていた。

 水音と枝のさざめき、鳥の声。どこからか聞こえてきたへたくそなウグイスの声に、二人は顔を見合わせて笑った。

 しばらく行って馬を日陰になった水場に繋いだ後も、二人は大きな岩が増え登りにくくなっていく山道をゆっくりと進んだ。二人並んで歩くのは厳しいので、必然的に目的地を知っている乱舞が前を歩く。

 身の丈をゆうに越す岩の脇を抜け、ひざよりも高い段差を上って振り返り――。

「沙羅……」

 乱舞は下にいる沙羅に向かって片手を伸ばした。

「私も武官のはしくれだから、これくらいどうってことないんだけどね」

 そう言いつつも、沙羅はタコのできた手を伸ばして乱舞の手を取った。
 強く引きあげた勢いで、乱舞の胸に倒れこんでくる沙羅。という構図が乱舞の頭をよぎったが、それをさりげなくやる技術はなかったので、止めておく。

 ――こういう時、きっと大斗や絡柳らくりゅうならうまくやるんだろうな。

 心の中でそんなことを呟きながら、乱舞はいつもより少しだけ近くにある沙羅の顔を見た。
 すぐに乱舞の視線に気づいて沙羅が顔をあげる。顔にかかった髪をかきあげる細い指先の動きに、乱舞はちいさく唾液を飲み込んだ。

「ありがとう」

「いや……。これくらい」

 柔らかくほほえんだ沙羅に、乱舞は少しぎこちない笑みを返した。声が上ずるのは、緊張しているからだろう。それを隠すために乱舞は先へ進もうとして、沙羅の手を握ったままだったことを思い出した。

「あ、ごめ――!」

 慌てて手を放したが、一気に顔が熱くなる。大斗がこの場にいたら、「手を握ったくらいで、なに赤くなってんの? ガキじゃあるまいし」とでも言っただろう。

 ――だから、僕は大斗や絡柳みたいにはなれないんだって。

 乱舞は何度目か分からない言葉を自分の中で言って、赤面した顔を見られないように沙羅の前に立って再び歩きはじめた。
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