龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
上 下
195 / 201
  第四部 - 三章 龍王の恋愛成就奮闘記

三章一節 - 龍王の逡巡

しおりを挟む
【第三章 龍王の恋愛成就奮闘記】

 乱舞らんぶは、南通りをくだりながら考え込んでいた。ふところには、与羽ように押し付けられた婚約届。受け取ってから今日まで持って行くべきか悩み続けて、結局あっても邪魔にならないからという理由で持ってきた。必要な瞬間が来るまで、沙羅さらに見せなければ良いだけだ。

 道行く人が、乱舞を見て声をかけてくる。与羽ほど城下町に出ることは多くないが、特異な青くきらめく黒髪によって彼の身分は誰でもわかる。
 乱舞はそれに丁寧な返事をしていくが、どうも落ち着かない。このまま紫陽しよう家へ向かうつもりだったが、本当にそれでいいのだろうか。迷惑ではないだろうか、疎まれないだろうか。仕事をしていないダメ城主だと思われないだろうか――?

 考え出すと嫌な想像ばかりしてしまう。

 もし、婚約届を持っているのがばれて、性急な奴だと思われて嫌われたらどうしよう。「私、あなたと結婚するつもりなんてないわ」とか言われたら……。

「…………ちょっと、大斗だいとのとこに顔出そう」

 乱舞は言い訳するように呟いて、北へ進路を変えた。大通りへと抜ける路地に入る。時間はまだ昼前、日の当らない春の路地はひんやりとして寒いくらいだ。
 せっかく着た上等な着物を汚さないように気をつけつつ、乱舞は逃げるように路地を抜けた。できるだけ人と出会わないよう祈りながら。

 大通りに出た乱舞は、まっすぐ大斗がいるであろう八百屋やおやへと向かった。乱舞に合わせて、彼も休日をとっているのだ。

「何やってんの? お前」

 しかし、乱舞を見た大斗は、陳列途中の大根を片手に持ったまま乱舞を睨みつけた。

「『なに』って、せっかくの休みだから、大斗の様子でも……、見ようかと……」

 大斗の冷たい声にひるんだ乱舞の言葉は、だんだんと小さくなる。

「俺は忙しいんだよ。ちなみに、絡柳らくりゅうはこの二日、与羽の補佐をしてるだろうし、一鬼かずき道場に行くのは俺が許さない。それよりも行くべきところがあるだろう?」

「…………」

「紫陽家へ行きなよ」

 乱舞が沈黙していると大斗が確定的に言った。

「けど――」

 反論しようとするが言葉が出ない。

「なに? お前は沙羅に会いたくないの?」

 恋人である乱舞よりも、大斗の方が彼女の名前をうまく発音できているような気がする。乱舞は首をすくめた。

「会いたくないことは、ないけど……」

「じゃあ、行けばいいでしょ?」

 一方の大斗は尊大でそっけない。何も知らない人が彼らの話す様子を見れば、大斗の方が上の立場だと誤解しただろう。

「でも、忙しかったりしたら――」

「あいつは今日から三日休みだよ。与羽と絡柳が漏日もれひ大臣に打診してたからね」

 文官第三位、漏日時砂ときすなは中州で働く官吏の人事を統括する大臣だ。彼の指示一つで全ての官吏の出勤・休暇位なら自由に変えられる。与羽と絡柳は思いつく限り手を回して、この二日の準備をしてきた。

「けど、他の友達と遊ぶ約束とか――」

「与羽か誰かが、沙羅にお前も休みってことを伝えてるよ。与羽と絡柳ならそれくらいの段取りはしてる」

「けど――」

「そうやってるお前を見てると、古狐ふるぎつねを相手にしてるみたいだ」

 大斗が不快そうに顔をしかめた。それは乱舞に心を許している証拠だったが、あまり見たい表情ではない。彼の不快を示す顔は、鳥肌がたつほど冷たいのだ。乱舞は無意識に着物の上から自分の腕をこすった。

「優柔不断で自信不足。そうやってるうちにほかの奴にとられても知らないよ?」

「え、そ、それは――」

「嫌ならとっとと行きな。紫陽家に行く口実が欲しいんなら、これを持っていけばいい」

 大斗はすばやく陳列棚から芋と大根、いくらかの葉物を取って乱舞に押し付けた。

「これを届けな。代金はお前につけとくから」

「何で僕に!?」

「それで紫陽家に行く口実ができれば安いもんだろう?」

 決めつけるような傲慢な口調だ。

「でも――」

「うるさいよ。仕事の邪魔。とっとと消えな」

 だんだん大斗の声にとげが増してくる。これ以上ここにいたら、殴るなり蹴るなりして、無理やり追い払われかねない。

「わ、分かった。ありがとう」

 結局、乱舞は小さな声で礼を言って、しぶしぶその場を離れたることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

鎮西八郎為朝戦国時代二転生ス~阿蘇から始める天下統一~

惟宗正史
歴史・時代
鎮西八郎為朝。幼い頃に吸収に追放されるが、逆に九州を統一し、保元の乱では平清盛にも恐れられた最強の武士が九州の戦国時代に転生!阿蘇大宮司家を乗っ取った為朝が戦国時代を席捲する物語。 毎週土曜日更新!(予定)

俺の家に異世界ファンタジーガチャが来た結果→現実世界で最強に ~極大に増えていくスキルの数が膨大になったので現実世界で無双します~

仮実谷 望
ファンタジー
ガチャを廻したいからそんな理由で謎の異世界ガチャを買った主人公はガチャを廻して自分を鍛えて、最強に至る。現実世界で最強になった主人公は難事件やトラブルを解決する。敵の襲来から世界を守るたった一人の最強が誕生した。そしてガチャの真の仕組みに気付く主人公はさらに仲間と共に最強へと至る物語。ダンジョンに挑戦して仲間たちと共に最強へと至る道。 ガチャを廻しまくり次第に世界最強の人物になっていた。 ガチャ好きすぎて書いてしまった。

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

かぐや姫の雲隠れ~平安乙女ゲーム世界で身代わり出仕することとなった女房の話~

川上桃園
恋愛
「わたくしとともに逝ってくれますか?」 「はい。黄泉の国にもお供いたしますよ」 都で評判の美女かぐや姫は、帝に乞われて宮中へ出仕する予定だった……が、出仕直前に行方不明に。 父親はやむなくかぐや姫に仕えていた女房(侍女)松緒を身代わりに送り出す。 前世が現代日本の限界OLだった松緒は、大好きだった姫様の行方を探しつつ、宮中で身代わり任務を遂行しなければならなくなった。ばれたら死。かぐや姫の評判も地に落ちる。 「かぐや姫」となった松緒の元には、乙女ゲームの攻略対象たちが次々とやってくるも、彼女が身代わりだと気づく人物が現われて……。 「そなたは……かぐや姫の『偽物』だな」 「そなたの慕う『姫様』とやらが、そなたが思っていた女と違っていたら、どうする?」 身代わり女房松緒の奮闘記が、はじまる。 史実に基づかない、架空の平安後宮ファンタジーとなっています。 乙女ゲームとしての攻略対象には、帝、東宮、貴公子、苦労人と、サブキャラでピンク髪の陰陽師がいます。

魔法学校のポンコツ先生は死に戻りの人生を謳歌したい

おのまとぺ
ファンタジー
魔法学校の教師として働いていたコレット・クラインは不慮の事故によって夢半ばで急逝したが、ある朝目覚めると初めて教師として採用された日に戻っていた。 「これは……やり直しのためのチャンスなのかも!」 一度目の人生では出来なかった充実した生活を取り戻すために奔走するコレット。しかし、時同じくして、セレスティア王国内では志を共にする者たちが不穏な動きを見せていた。 捻くれた生徒から、変わり者の教師陣。はたまた自分勝手な王子まで。一筋縄ではいかない人たちに囲まれても、ポンコツ先生は頑張ります!

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

処理中です...