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第四部 - 一章 龍姫、協力者を募る
一章六節 - 薙刀姫と菜の花
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八百屋が面する大通りを与羽はさらに下っていく。城下町の中央を貫く最も広く、人の多い通りだ。背後には、町よりもわずかに高い所に建つ城の生け垣と天守が見えた。逆方向、前方へとまっすぐ延びる道の先は、城下町の西を流れる人工の川――中州川とそこにかかる中州橋だ。さらに行けば国を南北に縦断する街道と交わり、終点には西の山地に建つ水主神社がある。
「城には帰らねぇのか?」
城に背を向けて歩く女主人に、雷乱は斜め後ろから尋ねた。
「もう少し会いたい人がおって――」
与羽は雷乱を振り返らない。彼女の視線は、大通りを行き来する人々へそそがれていた。多くの人が中州の姫君へ会釈したり手を振ったりするので、それに応えなければならないのだ。与羽はにこやかに手を振りかえし、あいさつを返している。
若い武官は雷乱にも声をかけるが、雷乱は短く返事するだけでそっけない。低い位置にある与羽の頭を常に視界に入れ、あるじから注意を離さないようにしているらしい。中州城下町は平和で与羽に危害を加えようとする者はいないだろうが、万が一ということもある。
しかし、そんなことお構いなしで自由に行動するのが与羽だった。
「お? あれは――?」
「おい」
突然足を止めた与羽に、雷乱は低い声でうなった。
彼女への注意を怠らなかったので、ぶつかることはなかったが、ここは往来が多い中州城下町大通りだ。他の通行人のことを考える必要がある。
与羽は雷乱に促されるまま、素直に道をあけつつ一点を凝視していた。わずかに目を細め、眉間に浅くしわを寄せて。
彼女の視線の先にいたのは、長身の女性だ。
釣り上った目と眉は美人でありつつも、男性的な精悍さを帯びている。身のこなしは、メリハリがあり隙がない。その一方で、淡い橙の地に紅の八重桜が咲き乱れる小振袖と金糸で桜が描かれた帯がとても女性らしく似合っていた。
武官二十一位一鬼華奈。一鬼道場の薙刀師範だ。
優れた武技を修め、武人らしい身のこなしをしているにもかかわらず、可憐な着物を身にまとい華がある。城下町で「かっこいい女性と言えば誰か?」と聞けば、彼女の名前が最も多くあがるに違いない。「薙刀姫」の愛称で知られる彼女は、女性武官だけでなく、町娘からもこうありたいと慕われている。
与羽は長い髪を頭の高い位置で一つに束ねた華奈の頭に、黄色い菜の花が二、三挿されているのを見逃さなかった。そして与羽の頭にも大斗の飾った菜の花が――。
視線を感じて、華奈も与羽に気付いた。ふと与羽の頭にある菜の花を見て、慌てたように自分の髪へと手を伸ばす。
しかし、飾られた菜の花をとるよりも先に、与羽は華奈に駆け寄った。手を振りながら、風が吹き抜けるようななめらかさで、人々の隙間を抜けて行く。
「勘弁してくれよ……」
雷乱がそう言っても、与羽は止まらない。大柄な護衛官は、両腕を挙げてできる限り体を細くしながら、小さな姫君を追いかけた。
「いいですよね、菜の花。私もお堀のまわりに咲いていたのを一輪摘んできちゃいました」
その間にも、与羽は会話をはじめている。彼女の言葉には虚偽が含まれていたが、嘘も方便だ。
「そ、そうね」
華奈は頭の菜の花に伸ばそうとした手を止めて、束ねた髪を軽く梳いた。
「あたしも、稽古場に咲いていたから摘んできたの」
実際は稽古途中で、菜の花の収穫から帰ってきた大斗に出会い、与羽同様無理やり花を飾られたのだろう。ただ、大斗が去ったあとも菜の花を飾り続けている点は、少し不思議だった。彼女は日頃から大斗を嫌うような発言を繰り返していたから。彼からの贈り物など、すぐに捨てていてもおかしくないのに、いまだに飾り続けている。
「そうなんですか」
しかし与羽はそれ以上詮索しなかった。
「じゃぁ、私はこれから行くところがあるので失礼しますね」
「ええ」
与羽の明るい笑みに、華奈も柔らかく笑った。短い会話だけを交わして、再び目的の方向へと歩きだす。
「あの菜の花、大斗か」
少し離れてから雷乱がつぶやいた。
「おそらく」
「あいつ、華奈のことも相当お気に入りだよな」
「うん。私が先輩と知り合った頃からずーっとそう。大斗先輩がもうちょっと真面目で誠実に振る舞えば、うまく行きそうな気もするんじゃけど……」
「難儀しそうだな」
お互いにため息をつき合って、与羽は通りを脇道へと折れた。
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