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第四部 - 一章 龍姫、協力者を募る
一章五節 - 八百屋の協力者
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「大斗先輩いないんですか?」
絡柳と話した数日後、与羽は早朝から城を出て、大通りの中ほどにある八百屋の前まで来ていた。後ろには壁のように雷乱が立っている。先日のように帰りが遅くなることを危惧して、番犬のようについてきたのだ。
「そうなんよ」
自称「八百屋の看板娘」――中年の売り子が答えた。彼女の名前は九鬼数子。中州最上位の武官九鬼北斗の妻で、大斗・千斗兄弟の母親だ。
「おっ、これはこれは小さな姫君」
与羽の良く響く声を聞きつけて、手ぬぐいで汗を拭きながら北斗も出てくる。
「あいかわらず、愛らしい」
中州最強の男は与羽に甘い。右顔面を覆うやけどのせいで怖い印象を与えがちだが、与羽を見る時はどこにでもいるやさしいおじさんの顔になる。
「ありがとうございます」
与羽は照れることなく礼を言った。
「大斗に用か?」
「はい」
「珍しいな」
「ちょっとお手伝いして欲しいことがあって……」
与羽はここに来た理由を正直に告げた。乱舞の休暇のことと、恋愛成就大作戦に彼の親友である大斗の協力が欲しいこと。大斗は自分勝手なところもあるが、その強引さは乱舞の背を押すのに役立つだろう。
気弱になる乱舞を高慢な口調でたしなめる大斗を想像して、与羽は笑みを我慢できなくなった。与羽の説明に聞き入る一家も次第に表情を変えていく。
数子は口角を上げ、口元を両手で押さえて黄色い悲鳴を必死にこらえている。一方で北斗は小さく頭を抱えた。八百屋の陳列を手伝っていた千斗も寄ってきたが、彼の表情は変わらない。いつもの無口で冷静な様子を保っている。
「お前ら――」
与羽の説明を聞き終わったあと、北斗は低くうめいた。
「どうされました?」
計画に不備があっただろうかと不安顔になる与羽の目の前で、北斗は剃り上げた頭をひとなでして、再び姿勢を正した。
「まぁ、卯龍ほど過激にはやらないようだから、よしとしよう。この辺が卯龍と水月大臣の違いだな」
「……何の話ですか?」
「若かりし頃の卯龍が考えた『恋愛成就大作戦』はかなり過激でな……。卯龍が古狐の特権でその記述を歴史書から消してしまったほどだ」
「へ?」
「城主一族が恋愛ごとに奥手なのも、それに対して周りの官吏があれこれ奮闘するのも『お決まり』なのかもな」
「私、その話、詳しく知りたいです!」
今まで全く知らなかった話に、与羽の目が輝いた。恋愛話。しかもそれが自分の父親のものらしいと知れば、興味が湧くのは仕方ない。北斗の丸太のような腕に飛びつきそうな与羽の後ろで、雷乱は大きなため息をついている。
「まぁ、卯龍に直談判だな」
北斗も与羽の手を軽くかわして息をついた。笑いを含んだかすかな震えは、当時の愉快な記憶を思い出したからだろう。
「この話はおしまいだ」
笑みの余韻を消すために、北斗はパンパンと手を叩いた。そうしながら、意味ありげな視線を通りに向けている。
「あ」
彼につられて、与羽も首を巡らせた。
朝の込み合った往来の中に見慣れた人影がある。雷乱ほどではないものの長身で、体は余すところなく鍛えられている。大きな体と強面のせいで、菜の花のたくさん入った籠を抱えて歩く姿が全く似合っていなかった。
与羽の口元に思わず笑みが浮かんだ。
「何がおかしいの?」
農家から預かって来た菜の花を弟に渡しながら、彼は眉間にしわを寄せた。
「大斗先輩、菜の花似合いませんね」
正直に与羽は答えた。
「『つぼみだけで良い』って言った」
大斗が何か言い返そうと口を開きかけたものの、それよりも早く千斗が話しかける。菜の花を束にまとめる手を止めることなく兄をちらりと睨んだ。菜の花は、まだ花が咲く前のつぼみを食べるのが普通だ。花が咲いてしまったものは必要ない。つぼみのものだけを選び取る手間が増えて、千斗はいらだたしげにしていた。
「俺が聞いたのは『つぼみ』の一言だったけど?」
しかし、大斗は悪びれる様子もなく肩をすくめた。兄に対しても千斗の無口は変わらないらしい。
「それに、花はこうやって使うんだよ」
大斗は籠の中に残された黄色い花をとり、与羽の髪に挿した。不機嫌そうな顔をしつつも、与羽は抵抗しない。与羽の護衛官を務める雷乱も、
「ちったぁ自重しろよ」
と呆れたように言うだけで止めなかった。
「お前も婚約者に甘えてないで、もうちょっと積極性を見せたら?」
大斗の軽口は弟を向いている。千斗は眉間にしわを寄せつつも、何も言い返さなかった。
「ふふん?」
弟の反応を楽しむように声を漏らしたあと、大斗は再び与羽を見た。
「それで? 与羽。何の用?」
彼の切り替えは、さすがと言うほかなかった。軽薄な態度から一転。与羽が出勤前の大斗を訪ねてきたのには、ちゃんと理由があると理解している。
与羽は絡柳や九鬼家の面々に話した計画をもう一度詳らかに語った。兄に休日を贈ること。その間に恋人と関係を深められれば良いという希望。兄がいない間は与羽が城主代理として政務に就くこと。与羽の説明を、大斗は茶々を入れることなく聞いていた。その口元に淡く楽しそうな笑みを浮かべて。
「ふうん。いいんじゃない。俺は何をすればいい?」
すべて聞き終わったあとも、大斗の笑みは崩れない。いつもの人を脅すような挑発的なものではなく、成り行きを楽しんでいるような邪気の薄い笑顔だった。
「いつも通り家業や官吏のお仕事をしていてください。でも、乱兄が弱腰になっていたら、背中を押してあげて欲しいんです。私や絡柳先輩は政務から離れられないと思うので」
依頼する与羽の表情も態度もまじめだった。これはいたずらだが、兄の人生がかかっている重大な作戦だ。本気で取り組む必要がある。
「くれぐれも本人には気づかれないようにお願いしますね」
ただ、最後にそう付け足すときには、いたずら好きな笑みを隠せなかったが。
「では、私はこれで」
言うべきことは伝えきった。浅く会釈すると、与羽はゆっくりと踵を返そうとした。
「待ちなよ。少しくらいのんびりして行ったらどう?」
そこに大斗の手が伸ばされる。与羽はもっとすばやく離脱するべきだったと後悔したが、もう遅い。
しかし、与羽の手首をつかもうとした大斗の手は、彼女の手の甲をかすめただけだった。それでも、与羽の手には小さな痛みが残る。幼いころから竹刀を振ってきた彼の手は、皮が厚く硬くなり、目の細かいやすりのようになっているのだ。
「悪ぃな。姫様は忙しいらしい」
与羽の前には、いつのまにか雷乱が立っていた。彼がすばやく大斗の腕を抑えてくれたおかげで、与羽は大斗に掴まれずに済んだらしい。
「お前はいつでも忠実だね」
大斗はからかうように言って、無理やり雷乱の手を振りほどいた。雷乱はまだ警戒して与羽を背後にかばう位置から動かない。
「ふぅ」
一方の大斗は、既に雷乱から距離をとり、掴まれていた二の腕をさすっている。
「何かあったら、いつでも言いな。協力するよ」
そう、雷乱の背後に隠されたままの与羽を見ずに告げる。
「はい、よろしくお願いします」
自分の大きな体でかたくなに女主人を隠そうとする雷乱を手で制し、与羽はにこやかに笑うと、軽く頭を下げた。
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