龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
上 下
182 / 201
  第四部 - 一章 龍姫、協力者を募る

一章四節 - 貸本屋計画

しおりを挟む
「俺自身はな。……だが、俺には夢があるんだ」

「夢?」

 与羽ようは道の先を見据えていた目を隣の大臣に向けた。

「才能ある人が、もっと出自に関係なく上級官吏を目指せれば――」

 そこまで呟いて、絡柳らくりゅうは中州の姫君が自分を見ていることに気づいた。彼女はこの国で最も高貴な立場の一人で、彼女の周りにいる人々も恵まれた出身の者がほとんどだ。絡柳の発言は現在特権階級にいる者たちを引きずり下ろそうとしているように受け取られてしまったかもしれない。

「いや、すまない。お前の言う通り、俺は疲れているらしい」

 絡柳は慌てて自分の発言を撤回しようとした。

「……つまり、絡柳先輩は庶民をもっと教育して、その中で見つかった優秀な人材を官吏にできるような仕組みを作りたいってことですか?」

 しかし、与羽は彼の「夢」をまじめに聞いていた。幼いころから城下町を歩き、多くの人と交流してきた与羽にとって、官吏と庶民の違いは「仕事内容の差」くらいの認識なのかもしれない。彼女に「現実」を教えるべきか、「平和な理想」の中に留めるべきか……。

「……そうだな」

 短く考えたあと、絡柳は問題を先送りにすることにした。そういうことは、より彼女に近しい者が対応するだろう。

 ――「あいつ」とか。

 絡柳は姫君の後見人を務める少年の顔を思い浮かべた。彼はきっと、与羽に悩みや不安を植え付けることを良しとしないだろうし。

「具体的な案とかはあるんですか?」

 一方の与羽は、あいかわらずまじめな顔で絡柳の話を聞いている。

「……いや」

 しかたなく、絡柳は言葉を濁してこの話を終わらせることにした。しかし、それを妨げたのは二人の一歩後ろを歩く雷乱らいらんだ。

「はぁ? お前、本屋を作りたいとか言ってたじゃねぇか」

 彼は体格と腕力に恵まれ、面倒見が良い。与羽の護衛官には適任だが、正直者で考え足らずな行動をとるのが玉にきずだった。

「何でお前がそれを知ってるんだ」

 絡柳は苦虫を噛み潰したような顔で雷乱を振り返った。

「なんでって、たまたま耳に入ってきたんだよ。城のやつらは話好きだからな」

 雷乱が言う「城のやつら」とは、中州城に勤める使用人たちのことだろう。彼らは、城主一族と城で働く官吏たちが快適に過ごせるように、あらゆる場所に潜み、あらゆる情報に精通している。中州城内で寝起きしている雷乱にも、その一部が流れ込んでくるに違いない。

「本屋さん?」

 与羽が目を輝かせた。

「正確には貸本屋だ」

 しかたなく、絡柳は自分の中にある計画を話すことにした。

「城下町に一般の人も利用できる書庫――できれば貸本屋をつくりたいんだ。下級官吏や準吏じゅんり、庶民が気軽に情報を得られる場があればと、何年も計画を練っている。まぁ、今の俺では場所も予算も人材も確保できないから、絵に描いた餅のような状況だがな」

「ふむ……」

 与羽は自分のほほを撫でた。彼女が考え事をするときの癖だ。

「私なら、何かお役に立てるかも……? 辰海たつみを頼れば――」

 そして、しばらく思考したあと、そう口を開いた。与羽の幼馴染辰海は、文官筆頭家古狐ふるぎつねの長男。彼の立場と人脈を使えば、絡柳が必要とするものを集められるかもしれない。

「必要ない。これは城主にも言っていない、計画という計画も立っていない希望だ」

「乱兄がお休みしとる時に提案して、通しちゃえばいいのでは?」

 それでも与羽は食い下がる。新たないたずらを発見して、上機嫌だ。

「お前な……」

 絡柳はにやりと意地の悪い笑みを浮かべる姫君を見た。彼女は軽々しく言うが、新規に国の事業を提案して承認されるのは難しいのだ。絡柳が大臣位を持っているとしても、他の大臣が納得して賛同してくれるとは限らない。しかし、与羽や辰海の協力があれば、今まで進められなかった目標に進展がみられるかもしれない。

「いいんじゃねぇか? 小娘はやる気だしよ」

 雷乱も乗り気で絡柳の背を押している。

 それでも絡柳はためらった。自分の計画に他者を、しかも中州の姫君と文官筆頭家の跡取りと言う、庶民とは対極にいるような存在を関わらせたくないと言う矜持プライド。その一方で、彼らの立場を使えば、確かに夢の実現に近づくだろうという確信もある。

「……そうだな。わかった」

 結局、絡柳は自分の自尊心よりも、計画の遂行を優先した。胸中に黒くて重い気持ちがないと言えば嘘になる。しかし、自分が耐えることで夢が叶うのならば、耐える価値はあるのではないか。

「明日、俺がまとめた資料を持って古狐に行くと辰海君に伝えておいてくれ。そこから先は任せる」

「分かりました。全力で準備しておきます。古狐は中州の歴史や記録に強い家ですから、貸本屋との関連性も強そうですし、きっとうまくやりますよ」

 力強くうなずく与羽の言う通りだろう。

「期限は二十日以内だ。その後は俺が確認して修正する」

 絡柳は厳しい上司の雰囲気を纏って、そう指示を出した。辰海は城主に奏上するのにふさわしい程度まで、計画を洗練させられるだろうか。辰海にはまだ経験が不足している。しかし、彼の持つ古狐家の力ならば、絡柳のできないことをたやすく攻略できるのかもしれない。期待とわずかな嫉妬を胸に、絡柳は口の端を釣り上げた。

「古狐の若様の能力、見てやるよ」

 強い自分を装って、絡柳は挑発的にそう言い切った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】聖騎士は、悪と噂される魔術師と敵対しているのに、癒されているのはおかしい。

朝日みらい
恋愛
ヘルズ村は暗い雲に覆われ、不気味な森に囲まれた荒涼とした土地です。村には恐ろしい闇魔法を操る魔術師オルティスが住んでおり、村人たちは彼を恐れています。村の中心には神父オズワルドがいる教会があり、彼もまた何かを隠しているようです。 ある日、王都の大司教から聖剣の乙女アテナ・フォートネットが派遣され、村を救うためにやって来ます。アテナはかつて婚約を破棄された過去を持ち、自らの力で生きることを決意した勇敢な少女です。 アテナは魔人をおびき出すために森を歩き、魔人と戦いますが、負傷してしまいます。その時、オルティスが現れ――

離婚したので冒険者に復帰しようと思います。

黒蜜きな粉
ファンタジー
元冒険者のアラサー女のライラが、離婚をして冒険者に復帰する話。 ライラはかつてはそれなりに高い評価を受けていた冒険者。 というのも、この世界ではレアな能力である精霊術を扱える精霊術師なのだ。 そんなものだから復職なんて余裕だと自信満々に思っていたら、休職期間が長すぎて冒険者登録試験を受けなおし。 周囲から過去の人、BBA扱いの前途多難なライラの新生活が始まる。 2022/10/31 第15回ファンタジー小説大賞、奨励賞をいただきました。 応援ありがとうございました!

捨てられ更衣は、皇国の守護神様の花嫁。 〜毎日モフモフ生活は幸せです!〜

伊桜らな
キャラ文芸
皇国の皇帝に嫁いだ身分の低い妃・更衣の咲良(さよ)は、生まれつき耳の聞こえない姫だったがそれを隠して後宮入りしたため大人しくつまらない妃と言われていた。帝のお渡りもなく、このまま寂しく暮らしていくのだと思っていた咲良だったが皇国四神の一人・守護神である西の領主の元へ下賜されることになる。  下賜される当日、迎えにきたのは領主代理人だったがなぜかもふもふの白い虎だった。

愛しくない、あなた

野村にれ
恋愛
結婚式を八日後に控えたアイルーンは、婚約者に番が見付かり、 結婚式はおろか、婚約も白紙になった。 行き場のなくした思いを抱えたまま、 今度はアイルーンが竜帝国のディオエル皇帝の番だと言われ、 妃になって欲しいと願われることに。 周りは落ち込むアイルーンを愛してくれる人が見付かった、 これが運命だったのだと喜んでいたが、 竜帝国にアイルーンの居場所などなかった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり
ファンタジー
 ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。  しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。  王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。    身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。    翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。  パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。  祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。  アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。  「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」    一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。   「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。 ****** 不定期更新になります。  

恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。 ※誤字脱字、名前間違い、よくやらかします。ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))9万字弱です。珍しく、ほぼ書き終えていまして、(´艸`*)あとは地の文などを書き足し、手直しするのみ。ですので、話のフラグ、これから等にお答えするのは難しいと思いますが、予想はwelcomeです。もどかしい展開ですが、ヒロイン、ヒロイン側の否定はお許しを…お楽しみください<(_ _)>

処理中です...