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第四部 - 一章 龍姫、協力者を募る
一章二節 - 門前の護衛官
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一通りの計画を話し終えた与羽と絡柳が月日の屋敷を出た時には、空の大部分が濃紺に染まり、星が淡く瞬いていた。まだ西にかかる雲には茜色が残っているが、それもほどなく消えて夜の世界へと塗りかえられていくだろう。
「城まで予算案を持って行くから送るぞ」
絡柳は書類を包んだ分厚い荷物を軽く叩いた。
「ありがとうございます。でも――」
月日家の外門まで来て、与羽は開かれた門の外をうかがった。
「やっぱり」
つぶやいた彼女の視線の先には大きな人影。中州城に暮らす与羽の護衛官、雷乱だ。
彼を囲む子どもたちは、今日の務めを終えた小姓だろう。月日家に仕える使用人の子どもたち。見覚えのある顔に与羽はそう判断した。
どうやら雷乱は彼らに遊ぶようせがまれているらしい。大柄な雷乱を取り囲んで、その体によじのぼろうとしている。雷乱は彼らが登りやすいように身をかがめたり、子どもたちを持ち上げたりして遊び相手をしていた。両腕に二人ずつ子どもをぶら下げてぐるぐる回ると、子どもたちの甲高い悲鳴と笑い声が響いた。
「雷乱」
与羽は大柄な護衛官が動きを止めた瞬間を見計らって呼びかけた。
「おう?」
雷乱がゆっくりと振り返る。
「遅かったな」
彼は与羽の姿を見ると慌てて子どもを下ろし、姿勢を正した。子どもたちはまだ雷乱の体によじのぼろうと、帯や着物の背を引っ張っていたが……。
「ちょっと話し込んでしもうてさ」
与羽はちらりと絡柳に視線を向けながらそう言い訳をして、護衛官の丸太のように太い腕をねぎらうように叩いた。
「迎えに来てくれて、ありがと」
「お、おう」
与羽の邪気のない笑顔に雷乱は小さくたじろいだ。夕焼けの残滓(ざんし)で深藍に光る髪に縁取られた与羽の顔は、いつもの明るさを見せつつも、どこか大人びて品がある。彼女は中州の姫君なのだということを改めて思い知らされたのだ。
しかしそれもほんの数瞬。
「じゃ、帰ろ。絡柳先輩も行きましょう」
与羽は機敏な動きで絡柳を振り返った。その表情は、いつもの太陽のような明るさだ。
「そうだな」
絡柳は与羽に並んだ。
雷乱も急いで帰り支度をしている。子どもたちの相手をする際に危険だからと、最も年長の小姓に大太刀を預けていた。それを受け取って慣れた仕草で背負い、開いた両手を小姓の脇に差し入れる。
「助かったぜ」
感謝の言葉を述べながら、雷乱は彼の体を頭上高く持ち上げた。
「っわ!」
少年が驚きに目を丸くした。
「お前とだけは遊べてなかったからな」
雷乱が他の子どもたちの相手をする間、彼だけは雷乱の武器を大事に預かり一歩引いた場所に控えていたのだ。その埋め合わせをするように、雷乱は少年を頭上高く掲げたままその場で一回転した。城下町でも有数の長身を誇る雷乱の目線よりもさらに高い位置からあたりを見渡せるのだ。楽しくないわけがない。
しかし、地上に下ろされた小姓は、緩んだ口元を慌てたように引き締め、きっと雷乱を睨み上げた。
「わたしは仕事中です。お戯れはおやめください!」
声変わりしていない高い声で、そう文句を言っている。
「そうか悪かったな」
雷乱は全く悪びれる様子もなく、少年の頭を大きな手で撫でていたが……。
「まじめで良い子だな。お前の親戚か?」
「……兄の子だ」
雷乱に聞かれて、絡柳は正直に答えた。
「どうりで似てると思ったぜ」
「やめてやれ。俺は生家から勘当されてるんだ。比べるもんじゃない」
絡柳は普段と変わらない口調で言いつつも、早くこの場を離れたいのか与羽の背を城方向へ小さく押している。
「帰ろう、雷乱」
絡柳の意図を察して、与羽はよく響く声で護衛官を呼んだ。
「……? おう」
雷乱だけは不思議そうな様子で小首を傾げていたが、女主人に従う意思はある。
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
と一緒に遊んでいた子どもたちに声をかけ、与羽の背後についた。
「色々ありがと。月日の皆様によろしく」
それを確認して、与羽は別れのあいさつを口にした。
「はい、お伝えします! お気をつけてお帰りください」
与羽を門まで案内した使用人の少年が、びくりと身を震わせて釣るされたように直立したあと、深々と頭を下げた。決まり文句だが、心のこもった良いあいさつだ。必要以上にかしこまっているのも、初々しく好ましい。雷乱に遊んでもらっていた子どもたちも、自分の立場を思い出したように一礼した。
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