龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
上 下
180 / 201
  第四部 - 一章 龍姫、協力者を募る

一章二節 - 門前の護衛官

しおりを挟む
 
  * * *

 一通りの計画を話し終えた与羽と絡柳が月日の屋敷を出た時には、空の大部分が濃紺に染まり、星が淡く瞬いていた。まだ西にかかる雲には茜色が残っているが、それもほどなく消えて夜の世界へと塗りかえられていくだろう。

「城まで予算案を持って行くから送るぞ」

 絡柳は書類を包んだ分厚い荷物を軽く叩いた。

「ありがとうございます。でも――」

 月日家の外門まで来て、与羽は開かれた門の外をうかがった。

「やっぱり」

 つぶやいた彼女の視線の先には大きな人影。中州城に暮らす与羽の護衛官、雷乱だ。
 彼を囲む子どもたちは、今日の務めを終えた小姓だろう。月日家に仕える使用人の子どもたち。見覚えのある顔に与羽はそう判断した。

 どうやら雷乱は彼らに遊ぶようせがまれているらしい。大柄な雷乱を取り囲んで、その体によじのぼろうとしている。雷乱は彼らが登りやすいように身をかがめたり、子どもたちを持ち上げたりして遊び相手をしていた。両腕に二人ずつ子どもをぶら下げてぐるぐる回ると、子どもたちの甲高い悲鳴と笑い声が響いた。

「雷乱」

 与羽は大柄な護衛官が動きを止めた瞬間を見計らって呼びかけた。

「おう?」

 雷乱がゆっくりと振り返る。

「遅かったな」

 彼は与羽の姿を見ると慌てて子どもを下ろし、姿勢を正した。子どもたちはまだ雷乱の体によじのぼろうと、帯や着物の背を引っ張っていたが……。

「ちょっと話し込んでしもうてさ」

 与羽はちらりと絡柳に視線を向けながらそう言い訳をして、護衛官の丸太のように太い腕をねぎらうように叩いた。

「迎えに来てくれて、ありがと」

「お、おう」

 与羽の邪気のない笑顔に雷乱は小さくたじろいだ。夕焼けの残滓(ざんし)で深藍に光る髪に縁取られた与羽の顔は、いつもの明るさを見せつつも、どこか大人びて品がある。彼女は中州の姫君なのだということを改めて思い知らされたのだ。

 しかしそれもほんの数瞬。

「じゃ、帰ろ。絡柳先輩も行きましょう」

 与羽は機敏な動きで絡柳を振り返った。その表情は、いつもの太陽のような明るさだ。

「そうだな」

 絡柳は与羽に並んだ。
 雷乱も急いで帰り支度をしている。子どもたちの相手をする際に危険だからと、最も年長の小姓に大太刀を預けていた。それを受け取って慣れた仕草で背負い、開いた両手を小姓の脇に差し入れる。

「助かったぜ」

 感謝の言葉を述べながら、雷乱は彼の体を頭上高く持ち上げた。

「っわ!」

 少年が驚きに目を丸くした。

「お前とだけは遊べてなかったからな」

 雷乱が他の子どもたちの相手をする間、彼だけは雷乱の武器を大事に預かり一歩引いた場所に控えていたのだ。その埋め合わせをするように、雷乱は少年を頭上高く掲げたままその場で一回転した。城下町でも有数の長身を誇る雷乱の目線よりもさらに高い位置からあたりを見渡せるのだ。楽しくないわけがない。
 しかし、地上に下ろされた小姓は、緩んだ口元を慌てたように引き締め、きっと雷乱を睨み上げた。

「わたしは仕事中です。お戯れはおやめください!」

 声変わりしていない高い声で、そう文句を言っている。

「そうか悪かったな」

 雷乱は全く悪びれる様子もなく、少年の頭を大きな手で撫でていたが……。

「まじめで良い子だな。お前の親戚か?」

「……兄の子だ」

 雷乱に聞かれて、絡柳は正直に答えた。

「どうりで似てると思ったぜ」

「やめてやれ。俺は生家から勘当されてるんだ。比べるもんじゃない」

 絡柳は普段と変わらない口調で言いつつも、早くこの場を離れたいのか与羽の背を城方向へ小さく押している。

「帰ろう、雷乱」

 絡柳の意図を察して、与羽はよく響く声で護衛官を呼んだ。

「……? おう」

 雷乱だけは不思議そうな様子で小首を傾げていたが、女主人に従う意思はある。

「じゃあな、気をつけて帰れよ」

と一緒に遊んでいた子どもたちに声をかけ、与羽の背後についた。

「色々ありがと。月日の皆様によろしく」

 それを確認して、与羽は別れのあいさつを口にした。

「はい、お伝えします! お気をつけてお帰りください」

 与羽を門まで案内した使用人の少年が、びくりと身を震わせて釣るされたように直立したあと、深々と頭を下げた。決まり文句だが、心のこもった良いあいさつだ。必要以上にかしこまっているのも、初々しく好ましい。雷乱に遊んでもらっていた子どもたちも、自分の立場を思い出したように一礼した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】聖騎士は、悪と噂される魔術師と敵対しているのに、癒されているのはおかしい。

朝日みらい
恋愛
ヘルズ村は暗い雲に覆われ、不気味な森に囲まれた荒涼とした土地です。村には恐ろしい闇魔法を操る魔術師オルティスが住んでおり、村人たちは彼を恐れています。村の中心には神父オズワルドがいる教会があり、彼もまた何かを隠しているようです。 ある日、王都の大司教から聖剣の乙女アテナ・フォートネットが派遣され、村を救うためにやって来ます。アテナはかつて婚約を破棄された過去を持ち、自らの力で生きることを決意した勇敢な少女です。 アテナは魔人をおびき出すために森を歩き、魔人と戦いますが、負傷してしまいます。その時、オルティスが現れ――

離婚したので冒険者に復帰しようと思います。

黒蜜きな粉
ファンタジー
元冒険者のアラサー女のライラが、離婚をして冒険者に復帰する話。 ライラはかつてはそれなりに高い評価を受けていた冒険者。 というのも、この世界ではレアな能力である精霊術を扱える精霊術師なのだ。 そんなものだから復職なんて余裕だと自信満々に思っていたら、休職期間が長すぎて冒険者登録試験を受けなおし。 周囲から過去の人、BBA扱いの前途多難なライラの新生活が始まる。 2022/10/31 第15回ファンタジー小説大賞、奨励賞をいただきました。 応援ありがとうございました!

捨てられ更衣は、皇国の守護神様の花嫁。 〜毎日モフモフ生活は幸せです!〜

伊桜らな
キャラ文芸
皇国の皇帝に嫁いだ身分の低い妃・更衣の咲良(さよ)は、生まれつき耳の聞こえない姫だったがそれを隠して後宮入りしたため大人しくつまらない妃と言われていた。帝のお渡りもなく、このまま寂しく暮らしていくのだと思っていた咲良だったが皇国四神の一人・守護神である西の領主の元へ下賜されることになる。  下賜される当日、迎えにきたのは領主代理人だったがなぜかもふもふの白い虎だった。

愛しくない、あなた

野村にれ
恋愛
結婚式を八日後に控えたアイルーンは、婚約者に番が見付かり、 結婚式はおろか、婚約も白紙になった。 行き場のなくした思いを抱えたまま、 今度はアイルーンが竜帝国のディオエル皇帝の番だと言われ、 妃になって欲しいと願われることに。 周りは落ち込むアイルーンを愛してくれる人が見付かった、 これが運命だったのだと喜んでいたが、 竜帝国にアイルーンの居場所などなかった。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり
ファンタジー
 ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。  しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。  王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。    身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。    翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。  パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。  祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。  アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。  「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」    一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。   「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。 ****** 不定期更新になります。  

恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。 ※誤字脱字、名前間違い、よくやらかします。ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))9万字弱です。珍しく、ほぼ書き終えていまして、(´艸`*)あとは地の文などを書き足し、手直しするのみ。ですので、話のフラグ、これから等にお答えするのは難しいと思いますが、予想はwelcomeです。もどかしい展開ですが、ヒロイン、ヒロイン側の否定はお許しを…お楽しみください<(_ _)>

処理中です...