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外伝 - 第六章 炎狐と龍姫
六章十節 - 砂糖菓子と覚悟
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不安は消えないし、自分には無理かもしれないとも思う。しかし、他に将来の目標が浮かばないのも事実だ。それなら、がむしゃらにただ一つ見えている光に向かって進むのも良いのだろうか。理想と現実の差に苦しみながら、それでも自分が望む未来のために。
「…………」
しかし、決意を口にする勇気がわかない。辰海は助けを求めるように、自分の部屋を見わたした。大きな一枚板の机、部屋の半分は畳でもう半分は板敷き。板床の方には辰海の背よりも高い本棚が並んでいる。部屋の隅に置かれた小机には愛用の筆記用具が丁寧に並べられ、机の下には勉強や準吏の仕事とは関係ないものが少しだけ納められていた。趣味の横笛や、幼いころ愛用していた玩具などだ。自分の部屋であるにもかかわらず、娯楽品は非常に少ない。多くの時間を勉強に充て、最近は自由時間でさえも勉強をしていた。他に何をすればいいかわからなかったから。やりたいと思えることがなかったから。
「僕には欠けてる部分がたくさんある」
「辰海」
主人の後ろ向きな言葉に、太一はたしなめるような声を上げた。
「でも、少しずつ埋めていけたらなって思うよ」
辰海は太一の言葉を遮るように続けた。
「辰海……!」
今度の太一の声には、希望と喜びがある。
「僕はたぶん、自由に憧れてるんだと思う。与羽みたいな。だから、これからはもっと自由に生きてみようと思うよ。新しい趣味を見つけたり、出歩いたりして。もちろん、与羽や周りに心配や迷惑をかけない範囲でだけど」
「最高じゃないか!」
太一は破顔した。にっこり笑う乳兄弟につられて、辰海の口元も緩む。
「まずは、そうだね……。ずっと気になってたこれを食べてみよう」
辰海は大机の下に隠していた箱を取り出した。与羽が辰海の準吏合格祝いにと贈ってくれたものだ。多少ためらいつつも丈夫な箱を慎重に開けると、中には砂糖菓子が入っていた。
「これは上等な菓子だな」
太一は目を丸くしている。その言葉も無意識に口をついて出たのかもしれない。
「うん。与羽がくれたんだ」
きめの細かい上質な砂糖に、つなぎとしてごく少量のはちみつを混ぜ、型に押し込んで乾燥させた高級菓子。小鳥や雲や花や水紋や――。吉兆を示す風流な模様の菓子が、箱の中に丁寧に並べられていた。日持ちするものを贈ってくれたあたり、与羽は自分の贈り物がすぐに開けられない可能性を考慮していたのかもしれない。
「それは、大事なものじゃないのか?」
「うん。でも、僕一人じゃ開ける勇気が持てなかったから」
辰海は一個ずつ和紙に乗せられたそれを、太一の前に一つ置いた。しかし、太一はそれに手を出そうとはしない。与羽からの大切な贈り物と聞いて、先に辰海が口にするのを待っているようだ。
意を決して、辰海は砂糖菓子を一つつまみ上げた。与羽がくれたものだと思うから緊張するのだ。普通の砂糖菓子だと思えば……。
桜の花の形に固められた砂糖は、指でつまんでいる間は硬かったにもかかわらず、歯が触れただけで簡単に割れる。次の瞬間、雪が解けるように口の中でほわりと崩れた。疲労や不安さえも一緒に解かしてくれそうな、やさしい甘さ。
「これはお茶を淹れてきた方が良いかも……」
辰海に続いて砂糖菓子を口に運んだ太一が、小さくつぶやいて腰をあげた。
「ありがとう」
辰海はそれをほほえんで見送る。一人になる孤独感は、菓子の甘さで癒された。完全に平気とはいかないが、今なら大丈夫だ。
――これから、どうしよう。
自分だけになった室内で、辰海は自身に問いかけた。
与羽のけがが良くなったら、謝って、お礼を言って、たくさん話したい。でも、この恋心は内緒だ。きっと与羽を戸惑わせてしまうし、まだ与羽には全然ふさわしくないと思うから。
あとは、父や中州城主とも話したい。他にも――。辰海の頭に何人かの顔や名前が浮かんだ。過去は取り消せない。だから、これからの行動で示すしかない。
――なれるよ。
不安でいっぱいの心に、ふと与羽の言葉がよぎった。与羽みたいになりたいと言う辰海に、与羽がかけてくれたやさしい言葉。彼女が言うのだから信じたい。きっと信じられるはずだ。
辰海は砂糖菓子をもうひとかけら口に含むと、やさしい甘さに覚悟を新たにした。
「…………」
しかし、決意を口にする勇気がわかない。辰海は助けを求めるように、自分の部屋を見わたした。大きな一枚板の机、部屋の半分は畳でもう半分は板敷き。板床の方には辰海の背よりも高い本棚が並んでいる。部屋の隅に置かれた小机には愛用の筆記用具が丁寧に並べられ、机の下には勉強や準吏の仕事とは関係ないものが少しだけ納められていた。趣味の横笛や、幼いころ愛用していた玩具などだ。自分の部屋であるにもかかわらず、娯楽品は非常に少ない。多くの時間を勉強に充て、最近は自由時間でさえも勉強をしていた。他に何をすればいいかわからなかったから。やりたいと思えることがなかったから。
「僕には欠けてる部分がたくさんある」
「辰海」
主人の後ろ向きな言葉に、太一はたしなめるような声を上げた。
「でも、少しずつ埋めていけたらなって思うよ」
辰海は太一の言葉を遮るように続けた。
「辰海……!」
今度の太一の声には、希望と喜びがある。
「僕はたぶん、自由に憧れてるんだと思う。与羽みたいな。だから、これからはもっと自由に生きてみようと思うよ。新しい趣味を見つけたり、出歩いたりして。もちろん、与羽や周りに心配や迷惑をかけない範囲でだけど」
「最高じゃないか!」
太一は破顔した。にっこり笑う乳兄弟につられて、辰海の口元も緩む。
「まずは、そうだね……。ずっと気になってたこれを食べてみよう」
辰海は大机の下に隠していた箱を取り出した。与羽が辰海の準吏合格祝いにと贈ってくれたものだ。多少ためらいつつも丈夫な箱を慎重に開けると、中には砂糖菓子が入っていた。
「これは上等な菓子だな」
太一は目を丸くしている。その言葉も無意識に口をついて出たのかもしれない。
「うん。与羽がくれたんだ」
きめの細かい上質な砂糖に、つなぎとしてごく少量のはちみつを混ぜ、型に押し込んで乾燥させた高級菓子。小鳥や雲や花や水紋や――。吉兆を示す風流な模様の菓子が、箱の中に丁寧に並べられていた。日持ちするものを贈ってくれたあたり、与羽は自分の贈り物がすぐに開けられない可能性を考慮していたのかもしれない。
「それは、大事なものじゃないのか?」
「うん。でも、僕一人じゃ開ける勇気が持てなかったから」
辰海は一個ずつ和紙に乗せられたそれを、太一の前に一つ置いた。しかし、太一はそれに手を出そうとはしない。与羽からの大切な贈り物と聞いて、先に辰海が口にするのを待っているようだ。
意を決して、辰海は砂糖菓子を一つつまみ上げた。与羽がくれたものだと思うから緊張するのだ。普通の砂糖菓子だと思えば……。
桜の花の形に固められた砂糖は、指でつまんでいる間は硬かったにもかかわらず、歯が触れただけで簡単に割れる。次の瞬間、雪が解けるように口の中でほわりと崩れた。疲労や不安さえも一緒に解かしてくれそうな、やさしい甘さ。
「これはお茶を淹れてきた方が良いかも……」
辰海に続いて砂糖菓子を口に運んだ太一が、小さくつぶやいて腰をあげた。
「ありがとう」
辰海はそれをほほえんで見送る。一人になる孤独感は、菓子の甘さで癒された。完全に平気とはいかないが、今なら大丈夫だ。
――これから、どうしよう。
自分だけになった室内で、辰海は自身に問いかけた。
与羽のけがが良くなったら、謝って、お礼を言って、たくさん話したい。でも、この恋心は内緒だ。きっと与羽を戸惑わせてしまうし、まだ与羽には全然ふさわしくないと思うから。
あとは、父や中州城主とも話したい。他にも――。辰海の頭に何人かの顔や名前が浮かんだ。過去は取り消せない。だから、これからの行動で示すしかない。
――なれるよ。
不安でいっぱいの心に、ふと与羽の言葉がよぎった。与羽みたいになりたいと言う辰海に、与羽がかけてくれたやさしい言葉。彼女が言うのだから信じたい。きっと信じられるはずだ。
辰海は砂糖菓子をもうひとかけら口に含むと、やさしい甘さに覚悟を新たにした。
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