龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  外伝 - 第六章 炎狐と龍姫

六章四節 - 炎狐の本音

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「私は辰海たつみがおってくれて、心から感謝しとる」

 辰海の両手に、与羽ようの日に焼けた小さな手が重ねられた。

「いろんなことを教えてもらって、いっぱい遊んでくれて、自分の勉強時間を削っても私を優先してくれて、本当に嬉しかったし、楽しかった。辰海が試験とか、うまくいかんかったって思うんなら、それはやっぱりわがまま言って連れ回した私のせいなんだと思う。ごめん。反省しとる」

 触れ合った指先から、お互いの温もりが混ざり合う。何度手を払っても、与羽は繰り返し辰海の元へ来てくれる。指の間からたくさんのものがこぼれ落ちていく中で、与羽だけがしがみついて残ってくれる。彼女を信じて、期待しても良いのだろうか。陽だまりのように暖かくてやさしい、大好きな少女を。

「やめてよ」

 辰海は与羽の手を払った。きっと与羽だっていつかいなくなる。辰海が望むものは手に入らない。そういうさだめなのだ。

「辰海」

 与羽を睨もうとした辰海の目に、涙目の幼馴染が見えた。

「大丈夫だって。これから、いっぱい積み上げていこうって。私も協力するから」

「もうやめてよ……」

 与羽につられるように、辰海の目頭も熱くなった。

「父上も太一たいちもみんなも、僕より君を大切にして……。僕がどれだけがんばっても、君はそこにいるだけでたくさんの人に愛してもらえる」

 ――憎い。羨ましい。

「僕だって、当たり前を褒められたいし、もっといろんな人に囲まれて、愛されて、笑いたかった!」

 辰海は自分の感情を与羽に吐きつけた。

「龍の名残なごりがなくても大丈夫だって、みんなに言ってもらいたかった! 毎日勉強しているのを偉いと言ってもらいたかった! 古狐ふるぎつねになんか生まれたくなかったし! 君と会わなければよかった!!」

 心に秘めていたことを吐き出した。これできっと与羽だって失望していなくなる。その方が安心できる。

「うん」

 与羽はうなずいた。その手が再び辰海へと伸びてくる。

「でも、私は辰海と会えてよかった」

 ふわりと抱きしめられた。

「私のわがままな独りよがりだけど、それでも辰海と一緒に成長できて、本当に良かった。幸せだった」

 与羽のぬくもりと言葉に、全身を幸せが駆け巡る。

「繰り返しになるけど、私は辰海の灰色の目、好きじゃよ。毎日勉強しとるのも本当に偉いと思う。辰海ががんばるから、私もがんばらんとって思えた。試験結果も、あれおかしいよな。私は絶対乱兄らんにいや大臣たちが間違えたんだと思っとる」

 ――辰海って、卯龍うりゅうさんや寅治とらじさんと目の色違うんじゃね。お母様の色? めっちゃ良いじゃん! 私はその色好きよ。

 ――辰海、今日も勉強? 毎日毎日良くやるわ。いや、偉いしすごいとは思うけどさ。仕方ないなぁ。今日は私も一緒に勉強する!

 幼い頃から今までのたくさんの思い出。
 そうだ。与羽は、与羽だけはずっと辰海を見てくれていた。そんなやさしくて思いやりのある少女に、自分は何を言っているのだろう。本来なら、父親や他の当事者に言うべきことなのに……。

「やめてよ」

 新たな自分の非に気づいて、辰海はうなった。

「僕にやさしくしないで。みじめになるから」

「惨めなんかじゃないし、たとえそうだとしても惨めな時があっても良いじゃん。完璧に振る舞い続けるのは疲れるじゃろう?」

 与羽は自分を引き剥がそうとする力に抗って、辰海の首にしがみついた。

「何でそこまでするの? 僕が君に嫉妬してるだけの、劣等感ばっかりのどうしようもない奴だってわかったでしょ?」

「それでも、辰海は大切な家族じゃもん!」

 与羽の言葉に、殴られたような衝撃を感じた。きっと与羽は古狐家で養女として育ったことを言っているのだろう。しかし、辰海は自分の欲望が叶って与羽と結ばれる未来を夢見てしまう。

「やめてよ」

 辰海はうなった。実現しない希望に思いをはせるほど虚しいことはない。

「君にとっても、僕は大切な仲間の一人でしかないんでしょ? これが、僕じゃなくてアメやラメでも同じように言うんでしょ?」

 与羽はやさしいが、そのやさしさは辰海に対してだけの特別ではないのだ。だからつらい。だから憎い。だから絶望している。

「それは、……当たり前じゃん。つらそうな友達は放っておけんもん」

「ほらね」

 嘘でも否定してほしかった。与羽の博愛は、やさしいが残酷だ。

「僕も君みたいになれたらって思うよ」

 そうしたら、こんなに愛情に飢えて苦しんで、与羽を傷つけることもなかった。一緒に笑っていられた。

「でも、僕はわがままだから。がんばったのに報われなかったらつらいし、大切にしてる人たちに同じくらい大切にしてもらえないと嫌なんだ」

 ――君に愛し返してもらいたいんだ。それが無理なら。

「中途半端にやさしくするなら、いっそ冷たくしてほしい。僕を一人にしてほしい」

 願いが叶わないのなら、誰にも期待されない、何も期待しない静かな世界で生きたい。

「でも、ひとりの時の辰海はいつも寂しそうじゃん」

「それでも、いつかいなくなっちゃうかもって思いながら一緒にいるより、ずっとマシだ」

 涙があふれ出した。与羽が辰海の隣を離れていく瞬間を思い浮かべてしまったから。大好きで、一緒に生きる未来を夢見て、求め続けても、いつか離れていく。与羽はきっと笑顔で別れていくのだろう。今までの感謝や思い出を語りながら。辰海は、絶対それに笑顔を返せない。

「君と一緒にいるのは、……苦しすぎる」

 震える唇で、なんとかそう絞り出した。

「苦しいなら、それならいっそ、僕を殺してしまおうか。そう思うときがあるんだ」

 辰海は自分の両手を首に当てた。こちらなら、与羽の時と違って強く締め付けることができるかもしれない。
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