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外伝 - 第五章 武術大会
五章七節 - 龍姫の初試合
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そして武術大会がはじまった。
城下町の西に設けられた会場には、緊張した面持ちの参加者をはじめ、観客も集まっている。二日間行われた子どもの部が終わり、今日からは一般の部。一般の部は中州の武官も参加する勝ち抜き戦だが、最初の数日は道場の門下生や武官準吏の戦いが続くらしい。
与羽の試合は初日の早朝からだ。一試合目の相手は自分よりも年下――十歳ほどの少年だった。
「与羽姉ちゃんだ! よろしくお願いします!」
どうやら彼は与羽を見知っているらしい。
「おはよう。よろしくお願いします」
少年の明るい笑みに笑顔とあいさつを返して、与羽は気を引き締めた。初めての試合。自分が緊張しているのがわかる。
与羽は目の端に見える観客や試合風景を意識して追い出した。目の前の相手にだけ集中するのだ。
「構え!」
審判の号令で、少年が木刀を正面に構えるのを見ながら、与羽も短めの木刀を二本構えた。この大会に武器の指定はない。たいていの人は木刀を使うものの、中には先に綿を詰めた袋をつけて殺傷力をそいだ矢と弓を用いたり、武器を持たずに戦う者もいる。
「二刀流ですか?」
興味津々で尋ねてくる少年に、与羽は無言でうなずいた。ほんの半月ほどの期間ではあったが、絡柳に教わった二刀で戦うつもりだ。そう言えば、あれ以降大斗とは会っていない。仕事が忙しかったのか、余裕の表れか……。
「はじめっ!」
審判の合図で、与羽は眉間に力を入れて試合以外の思考を追い出した。
「やああぁぁぁぁぁっ!!」
少年がまっすぐ飛びかかってくる。
そのひたむきさが好ましくて、与羽はほほを緩めそうになった。しかし、頭は冷静だ。右足を引いて半身になり、まっすぐ頭に振り下ろされた木刀をかわす。そして左手に持つ木刀の柄で勢い余った少年の背を押した。
それほど力は込めていない。しかし、勢いよく飛び込んできた少年にとっては、それだけで致命傷だった。バタバタと慌てた足取りで体勢を整えようとするが、その様子は隙だらけで――。
なんとか振り返ろうとした少年のあご先に、与羽は刀の先を突き付けた。勝負ありだ。
少年の目が丸くなり、すぐに笑顔になった。
「与羽姉ちゃん強いです!」
負けたにもかかわらず、少年ははしゃいでいる。
「私なんてまだまだよ」
武器を下ろしてそう答えながら、与羽は何となくあたりに視線を流した。
ほかの試合を行う人々。それを見る人々。与羽たちの試合を見ていたのは、少年の道場仲間らしき子どもの集団と母親と思われる女性、そしてたまたま居合わせたような人が数人。
華奈は違う試合の審判をしているが、大斗や絡柳はまだ来ていない。少し見ていてほしい気もしたが、きっと自分たちが来る時間まで勝ち残っているだろうという信頼のあらわれなのかもしれない。もしくは勝ち残っておけという脅しか。
もしかしたら今日は来ないのかもしれない。あたりで試合しているのは十歳前後の子どもばかり。武官を目指す子どもたちの中には、早いうちから一般の部に参加して、実戦の空気に触れようとする者が多かった。一般の部と聞いて身構えていた与羽だが、彼らが相手ならば身長も筋力も近くて戦いやすいだろう。
二試合目の相手は、同い年くらいの少女。薙刀を構える姿はそれなりにさまになっていたが、動きにあらが目立ちこちらも勝てた。日ごろから大斗や絡柳、華奈や乱舞の稽古を見ているためか。相手の攻撃を見極める目はほかの人よりも肥えているようだ。
そして、夕刻間近に行われた三試合目も、勝利。
この三試合すべて同じ年頃の少年少女と戦った。会場には大人の参加者も現れはじめているが、子どもは子ども同士、若者は若者同士、老人は老人同士で当てられているようだ。さらに勝ち進めば、もっと年上で体も大きい人々と当たるのは目に見えているが……。
「勝ち進んでいるか?」
日没前にもう一試合あると組み合わせ担当の官吏に言われ、木陰で茶と軽食をとって休んでいた与羽は、自分にかけられたらしき声に顔を上げた。
「絡柳先輩。いらっしゃったんですか」
すでに夕刻。今日は大斗も絡柳も来ないと思っていたのだが……。
「試合が入りそうだったからな」
絡柳が試合場に目を向けながら応えた。
「今年初めて武官準吏になったから、他の準吏に比べて少し早く試合がくる」
どうやら武官準吏でいる年月が短い者ほど、早めに試合を組まれる仕組みらしい。
「そうなんですか……」
大斗とも十分渡り合える絡柳は、実力だけで言えばすでに武官級に思えるが……。
二十歳前という若さで、すでに一目置かれる上級文官であり、剣術にもひいで容姿も良い。何か弱点はないだろうかと、与羽はわずかに首を傾げて絡柳を見た。しかし、不思議そうに見返されるだけで、弱点など見あたりはしない。
「で、どうなんだ? 勝ち進んでいるのか?」
「はい。このあともう一試合あります」
「それならいい」
絡柳はほっと息をついた。
「もし負けていたら、俺が大斗に半殺しにされるところだった」
「そうかも」
苦笑しながらもまじめな口調で言う絡柳に、与羽もつられて笑みを浮かべた。
「今まで何試合した?」
「えっと、三試合です」
「そんなにか。良く残ったな」
絡柳は満足そうにうなずいている。
「相手が子どもばかりでしたから」
「お前も子どもだろう」
再び笑う絡柳。試合があるというのに、彼の様子には一切の緊張がうかがえない。
「だが、明日からはもっと年上の門下生や準吏とも当たるようになると思うぞ。お前ならそこら辺の準吏が相手でもなんとか渡り合えるかもしれないが……」
絡柳は言いながら木刀を手に取った。
「少し相手をしてくれるか? 試合の前に体をほぐしておきたい」
「あ、はい!」
与羽は元気に答えて、脇に置いていた木刀を拾い上げた。
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