龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  外伝 - 第五章 武術大会

五章四節 - 謝罪とあやまち

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  * * *

 武術大会がはじまる七日ほど前に、文官登用五次試験の結果が出た。

「一位」漏日天雨もれひてんう
「二位」柊影狼ひいらぎかげろう
「三位」古狐辰海ふるぎつねたつみ

 わかっていたこと。そう、覚悟していたはずだ。

「すみません、父上」

 こうやって父親に謝罪する準備もしていた。しかし、辰海の心は大きな石を飲み込んだように重い。

「気にするな」

 ゆっくりと首を横に振る卯龍うりゅうの表情は固かった。彼が文官準吏になったときの通過順は一位だったはず。祖父も。そう祖父も。古狐の嫡男ちゃくなんは代々最上位の成績で官吏登用試験を突破してきた。

「お前のまじめさと勤勉さは俺以上で、本当に良いと思うんだけどな」

 辰海とよく似た吊り目が、まっすぐこちらを見ている。

「……ありがとうございます」

 憐れむような視線に耐え切れず、辰海はうつ向いた。怒鳴りつけてくれた方が、楽になれただろうに。

「正直に聞かせてくれ、辰海。お前は、官吏になりたくなかったのか?」

「いいえ……。僕は官吏になるために生きてきたので」

 筆頭文官家「古狐」の長男として生まれたのだ。それ以外の選択肢など提示されなかった。

「……そうだよな」

 父親は重々しくうなずいている。

「五次試験の話だが、お前に与羽ようの後見人を任せたいと城主や大臣たちに頼んだのは、俺だ」

「そうですか……」

 あれさえなければ、きっとうまくいったはずなのに……。

「与羽は親友の忘れ形見で、俺にとって何よりも大切な存在なんだ。俺自身よりも、他の誰よりも」

 卯龍は口にしなかったが、つまるところ実の息子である辰海よりも大切ということだ。それは辰海にとって、衝撃的な告白だった。絶望と軽蔑。辰海は声すら出せずに、父を見た。
 辰海の世界の中心に与羽がいるのは、こいつのせいだ。父親がそんな考えだから、辰海は与羽の引き立て役で、出来損ないで……。

「与羽が大切だから、お前には与羽と一緒にいてもらいたかった。俺の一番大切なものを、俺が最も信頼できるお前に任せたかった」

 卯龍は哀愁すら漂う低い声で語り続ける。

「…………」

 辰海は何も言えなかった。父親への憎しみもある。しかし、尊敬する第一位の大臣に信頼されている誇らしさや喜びも――。

「辰海……。俺の独りよがりや弱さが、お前を苦しめてしまっているのなら、本当にすまない。俺ができなかった分、お前には過大な期待を負わせてしまった……。本当に、悪かった」

 いまさらそんなことを言われても、どうにもならない。官吏登用試験の結果は覆らないし、心を黒く染める劣等感が消えるわけでもない。

「いいです。大丈夫です」

 辰海は心にもない許しの言葉を口にした。アメや与羽と話した時もそうだった。心の底に眠る本心を見せられない。これからもあたりさわりのない言葉で飾って、自分を偽って生き続けるのだろう。正直者で明るい与羽とは真逆の存在。しかし、心には与羽のようになりたいという強い願望がある。今の自分を受け入れられたら、自分の内面をさらけ出せたら――。簡単なことのはずなのに、ひどく難しい。

「…………」

 卯龍は無言で辰海の顔を見ている。息子のその場しのぎの嘘に気づいたのだろう。しかし、かける言葉を見つけられないようだ。

「……そうか」

 最終的に、彼はそれだけつぶやいた。

 卯龍と辰海、言葉や立場で飾ってごまかしつつも、根暗な部分が良く似ている。嬉しくない共通点に、辰海は口元をゆがめた。

「俺はお前の気持ちも聞かずに、俺の理想を押し付けすぎた。今からでも、お前の望むことを知りたい。俺を父親失格と罵りたいならそうしてくれ。俺は、自分の家族よりも、死んだ親友を選んだ愚かな男だ」

 ただ、卯龍は辰海よりも自分の内面を見せるのが得意だった。それが辰海を一層苦しめる。

「愚かだって思うなら、改めればいいじゃないですか」

 辰海は低い声で言った。それは辰海自身へもそのまま言い返せる言葉だったが、だからこそ口をついて出たのかもしれない。自分が進めないでいる状況を、父親がどう切り抜けるのか知りたかったのだ。

「辰海、俺たちは『古狐』なんだ」

 卯龍の声は声変わり前の辰海よりもさらに低かった。

「『古狐』はいつの時代も城主に忠誠を誓い、城主のもっとも近くで仕えてきた。『家族を頼む』。それが、俺のあるじの最期の命令だった。俺には、命尽きるまで、いや俺が死んだあともそれを遂行する義務がある」

 卯龍は辰海に謝罪しつつも、親としての誤りを改める気が一切ない。自分が定めた道を進み続ける覚悟があるのだ。
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