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外伝 - 第五章 武術大会
五章一節 - 男神の舞
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【第五章 武術大会】
時は少し戻って、文官登用四次試験中。アメの試験に協力したり、辰海を心配したりしつつも、与羽は自分自身の鍛錬を怠っていなかった。
「あっつ……」
真夏の一鬼道場は、人の熱気で蒸し風呂状態だ。風の通りにくい壁際で素振りをしていた与羽は、滴る汗に耐え切れず動きを止めた。
使い込まれた竹刀を持つ両の手のひらにはまめがたくさんでき、体つきも以前よりしっかりしている。心持ちは……。あの時から変わったのだろうか……?
「試験、大丈夫かなぁ……」
そんな心配ばかりしてしまうあたり、変わっていないのかもしれない。しかし、あの時ほど強い悲しみや寂しさは感じない。与羽の話を聞いて助けてくれる人がいるから。どれだけ辰海が与羽につらく当たっても、できる範囲のことはしたいと思ったから。見返りを求めない自己満足。何年も一緒に過ごしてくれた分の恩返し。それで十分だ。
「ふぅ」
与羽は小さく息をついて、道場内に視線を向けた。
武官登用試験は、文官試験よりも早く五次試験終了を迎えている。一時は道場からあふれそうなほどいた門下生も、今は平常時より少し多いくらいまで落ち着いた。しかし、場内を包み込む気迫は変わらない。秋の初めに行われる武術大会に向けて、多くの武官や武官準吏、そして一般の門下生までもが体力と技術の研鑽に励んでいるのだ。特に、今年武官準吏になった者のやる気はすさまじい。
官吏登用試験五次試験に受かった官吏見習い――通称「準吏」が官吏になるためには、官吏の仕事を手伝いながら自分の能力を示す必要がある。しかし、武官準吏の場合、その長い年月を要する過程を省略できる方法があった。それこそが、毎年行われる武術大会で多くの白星を挙げることだ。
与羽は激しく竹刀を打ち合わせる音につられて、道場の中を見わたした。
華奈が珍しく道場に顔を出している兄と向き合っている。要所だけを守る軽い防具を身に着け、自分の身の丈以上もある薙刀を舞うように振り回す姿は、優雅で美しい。
しかし、与羽の意識を引いたのはこの音ではない。道場の中ほど、広い空間を使って模擬戦を行う少年たち。きっと彼らだろう。大斗と絡柳。すばやく動き回る二人が構えているのは木刀だった。大斗は一本、絡柳は木刀と脇差を両手に。
大斗が打ちかかれば、絡柳はそれを脇差で止め、空いた刀で胴を狙う。しかし大斗はすでに刀を引き、防御しながら距離をとろうとしていた。
道場内で、彼らの周りにだけ人がいないのは、戦いに巻き込まれるのを危惧してか、彼らの気迫に気おされてか……。
引く大斗にすばやく追撃して打ちかかる絡柳と、その攻撃を木刀の芯で受け止めて乱暴に押し返す大斗。絡柳は両手の木刀と素早さを駆使して手数を多く、大斗は持ち前の能力と筋力で重く荒々しい一撃を見舞う。
木刀が欠けて飛び散りそうなほど激しい打ち合いに、与羽は見入っていた。
剣術だけではない。高度な体術。呼吸、視線の動き。流れる髪や滴る汗にさえ息をのんだ。見ているこちらまで緊張し、胸が高鳴る。
華奈の女性らしい蝶が風に乗って舞い踊るような動きも好きだが、自分が憧れているのはこちら――荒々しい男神の舞だと強く感じた。
しかし、小柄で性別も違う与羽が彼らに近づき、同じように舞い狂うことはできないだろう。いや、確実にできない。だからこそ。自分には不可能なことをやってのけるからこそ、この憧れが生まれるのかもしれない。
木刀がかち合い、お互いの技が複雑に絡み合って一連の舞のように流れていく。
大斗の剣技は中州に伝わる剣術――通称風水円舞を参考にしつつも、ほとんど自己流に改変していた。風水円舞は水や風が流れるように滑らかな動作で、相手の動きに逆らわずに攻守を行う。大斗のように体格と筋力がある者が扱うには物足りないのだろう。流れる動作を断ち切って、鋭い切り返しが随所に入る。
逆に絡柳は風水円舞を駆使していた。二刀を扱うとどうしても攻撃が軽くなるが、絡柳の動作から不利は感じられない。
時は少し戻って、文官登用四次試験中。アメの試験に協力したり、辰海を心配したりしつつも、与羽は自分自身の鍛錬を怠っていなかった。
「あっつ……」
真夏の一鬼道場は、人の熱気で蒸し風呂状態だ。風の通りにくい壁際で素振りをしていた与羽は、滴る汗に耐え切れず動きを止めた。
使い込まれた竹刀を持つ両の手のひらにはまめがたくさんでき、体つきも以前よりしっかりしている。心持ちは……。あの時から変わったのだろうか……?
「試験、大丈夫かなぁ……」
そんな心配ばかりしてしまうあたり、変わっていないのかもしれない。しかし、あの時ほど強い悲しみや寂しさは感じない。与羽の話を聞いて助けてくれる人がいるから。どれだけ辰海が与羽につらく当たっても、できる範囲のことはしたいと思ったから。見返りを求めない自己満足。何年も一緒に過ごしてくれた分の恩返し。それで十分だ。
「ふぅ」
与羽は小さく息をついて、道場内に視線を向けた。
武官登用試験は、文官試験よりも早く五次試験終了を迎えている。一時は道場からあふれそうなほどいた門下生も、今は平常時より少し多いくらいまで落ち着いた。しかし、場内を包み込む気迫は変わらない。秋の初めに行われる武術大会に向けて、多くの武官や武官準吏、そして一般の門下生までもが体力と技術の研鑽に励んでいるのだ。特に、今年武官準吏になった者のやる気はすさまじい。
官吏登用試験五次試験に受かった官吏見習い――通称「準吏」が官吏になるためには、官吏の仕事を手伝いながら自分の能力を示す必要がある。しかし、武官準吏の場合、その長い年月を要する過程を省略できる方法があった。それこそが、毎年行われる武術大会で多くの白星を挙げることだ。
与羽は激しく竹刀を打ち合わせる音につられて、道場の中を見わたした。
華奈が珍しく道場に顔を出している兄と向き合っている。要所だけを守る軽い防具を身に着け、自分の身の丈以上もある薙刀を舞うように振り回す姿は、優雅で美しい。
しかし、与羽の意識を引いたのはこの音ではない。道場の中ほど、広い空間を使って模擬戦を行う少年たち。きっと彼らだろう。大斗と絡柳。すばやく動き回る二人が構えているのは木刀だった。大斗は一本、絡柳は木刀と脇差を両手に。
大斗が打ちかかれば、絡柳はそれを脇差で止め、空いた刀で胴を狙う。しかし大斗はすでに刀を引き、防御しながら距離をとろうとしていた。
道場内で、彼らの周りにだけ人がいないのは、戦いに巻き込まれるのを危惧してか、彼らの気迫に気おされてか……。
引く大斗にすばやく追撃して打ちかかる絡柳と、その攻撃を木刀の芯で受け止めて乱暴に押し返す大斗。絡柳は両手の木刀と素早さを駆使して手数を多く、大斗は持ち前の能力と筋力で重く荒々しい一撃を見舞う。
木刀が欠けて飛び散りそうなほど激しい打ち合いに、与羽は見入っていた。
剣術だけではない。高度な体術。呼吸、視線の動き。流れる髪や滴る汗にさえ息をのんだ。見ているこちらまで緊張し、胸が高鳴る。
華奈の女性らしい蝶が風に乗って舞い踊るような動きも好きだが、自分が憧れているのはこちら――荒々しい男神の舞だと強く感じた。
しかし、小柄で性別も違う与羽が彼らに近づき、同じように舞い狂うことはできないだろう。いや、確実にできない。だからこそ。自分には不可能なことをやってのけるからこそ、この憧れが生まれるのかもしれない。
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逆に絡柳は風水円舞を駆使していた。二刀を扱うとどうしても攻撃が軽くなるが、絡柳の動作から不利は感じられない。
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