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外伝 - 第三章 龍姫と賢帝の雛
三章一節 - 龍姫の攻防
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【三章 龍姫と賢帝の雛】
初夏。春の田植えや国の予算編成、通りや街道、河岸の補修などで忙しい時期が過ぎたころ、中州の文官・武官登用試験が行われる。
試験の選考内容は六段階。書類による身元確認に始まり、教養試験、官吏に必要な知識や技術を問う筆記試験、実務試験、面談とあらゆる方法で官吏としての適性を審査するのだ。最後に行われる六次選考は無期限の試用期間なので、官吏登用試験を受ける人々の直近の目標は五次選考に合格し「準吏」になることだろう。「準吏」とは中州国における官吏見習いの呼称で、官吏の補佐や簡単な政務を行うことができる。中州の官吏はみな、準吏として知識と経験を積んで官吏になるのだ。
二次選考の結果が出た現在の城下町には、国中から官吏を志す人々が集まっていた。祭りにも似た独特のにぎわいの中、見慣れない老若男女が観光気分で通りを行き交い、普段よりも緊張した面持ちの武官が町中を警戒している。
城下町にある一鬼道場総本部は、各地にある傘下の道場から来た門下生であふれていた。その全員が今年の試験を受けている人々。誰もがみな、真剣な面持ちで武器を突き合わせ、型の確認と強さの追及を行っている。
「邪魔だ、ガキ」
彼らの妨げにならないよう道場の隅に座り込み、瞑想していた与羽はその声と風を切る気配に反応して、すぐさま体をずらした。
次の瞬間、肩のすぐわきに竹刀が振り下ろされる。無駄のないようによけたつもりだったが、少し体勢が崩れた。ほつれていた髪の毛が数本竹刀に引っかかったらしい。
「……ごめんなさい」
頭皮に感じる軽い痛みに顔をしかめつつ、与羽は脇に置いていた竹刀を手に取って場所を移動しようとした。
しかし、今度はその頭の近くを横薙ぎに竹刀が通過する。攻撃を当てる気はないようだが相手の意図が読めない。とっさに身を低くした与羽は、困惑して竹刀をふるった男を見た。
二十歳前後の青年。道場でたまに顔を合わせるが、口をきいたことは数えるほどしかなかったはずだ。商家の次男か三男だったろうか。与羽は彼の名前すら知らなかった。
相手はさらに与羽に向かって竹刀を振り下ろしてくる。手合わせしたいのだろうか? それならばちゃんと声をかけて承諾を得るのが道理だが……。
「あの……」
声をかけようとした与羽のほほを突き出した竹刀がかすめる。
「ちょっと!」
与羽は慌てて青年と距離を取った。批判を込めて厳しい声を出したつもりだったが、青年の謝罪はなく、攻撃の手を緩める気配もない。居心地の悪い圧力は、明確な敵意だ。
与羽は後退した。
そうしながら道場内に視線を走らせる。この異常事態に気づいた者はいないようだ。みな自分の鍛錬に必死らしい。与羽たちを視界に入れたとしても、一瞬の情報だけでは組み手稽古をしているようにしか見えない。大斗や華奈を呼びたいが、見つけられなかった。声を上げれば、誰かが助けてくれるだろうか。道場中に満ちる気合の声にかき消されてしまいそうだが。
「お前、なんで官吏になるでもないのに、こんなところにいるんだ?」
与羽が思考している間に、青年が間合いを詰めてきた。
再び振り下ろされる攻撃を受け流す。竹刀の上を滑らせて相手の剣先をそらすと同時に、滑らかな足取りで再び距離を取る。大斗が教えてくれた「風水円舞」と呼ばれる立ち回りだ。風や水のように、相手の力に逆らわず防御と攻撃を行う剣術。
「それは……、強くなりたいから」
ひたすら防御しながら、与羽は答えた。
そもそものきっかけは大斗に誘われたからだった。竹刀を振ることで、嫌な気持ちを発散できた。しかし今はもっと前向きに、自分を強くしたくてここにいる。
「ここの一生懸命な人たちを見ると、私もがんばらんとって思えるから」
そして、周りの人から頼られるくらい強くなって、みんなを――大切な幼馴染を助けたいから。
「あいまいな目的だな」
不機嫌な声が与羽の努力をあざ笑った。彼だって、今年の試験に臨む「一生懸命がんばっている人」のはずだ。それがなぜこんな攻撃的な行動を取るのか、与羽にはわからなかった。試験の重圧がそうさせるのだろうか。
与羽は必死で自分の心に冷静を呼び掛けた。奇襲にはまだ驚いているし、彼の言動には怒りを感じる。それでも、冷静に、呼吸や動きを読むのだ。相手は与羽よりもはるかに背が高く、強い力を持っている。彼に勝てる要素があるとすれば、凪いだ心で行う正確な観察。青年の動きは、いらだちのためか雑で大きく、どこを狙おうとしているか読みやすい。その情報をうまく利用できれば――。
初夏。春の田植えや国の予算編成、通りや街道、河岸の補修などで忙しい時期が過ぎたころ、中州の文官・武官登用試験が行われる。
試験の選考内容は六段階。書類による身元確認に始まり、教養試験、官吏に必要な知識や技術を問う筆記試験、実務試験、面談とあらゆる方法で官吏としての適性を審査するのだ。最後に行われる六次選考は無期限の試用期間なので、官吏登用試験を受ける人々の直近の目標は五次選考に合格し「準吏」になることだろう。「準吏」とは中州国における官吏見習いの呼称で、官吏の補佐や簡単な政務を行うことができる。中州の官吏はみな、準吏として知識と経験を積んで官吏になるのだ。
二次選考の結果が出た現在の城下町には、国中から官吏を志す人々が集まっていた。祭りにも似た独特のにぎわいの中、見慣れない老若男女が観光気分で通りを行き交い、普段よりも緊張した面持ちの武官が町中を警戒している。
城下町にある一鬼道場総本部は、各地にある傘下の道場から来た門下生であふれていた。その全員が今年の試験を受けている人々。誰もがみな、真剣な面持ちで武器を突き合わせ、型の確認と強さの追及を行っている。
「邪魔だ、ガキ」
彼らの妨げにならないよう道場の隅に座り込み、瞑想していた与羽はその声と風を切る気配に反応して、すぐさま体をずらした。
次の瞬間、肩のすぐわきに竹刀が振り下ろされる。無駄のないようによけたつもりだったが、少し体勢が崩れた。ほつれていた髪の毛が数本竹刀に引っかかったらしい。
「……ごめんなさい」
頭皮に感じる軽い痛みに顔をしかめつつ、与羽は脇に置いていた竹刀を手に取って場所を移動しようとした。
しかし、今度はその頭の近くを横薙ぎに竹刀が通過する。攻撃を当てる気はないようだが相手の意図が読めない。とっさに身を低くした与羽は、困惑して竹刀をふるった男を見た。
二十歳前後の青年。道場でたまに顔を合わせるが、口をきいたことは数えるほどしかなかったはずだ。商家の次男か三男だったろうか。与羽は彼の名前すら知らなかった。
相手はさらに与羽に向かって竹刀を振り下ろしてくる。手合わせしたいのだろうか? それならばちゃんと声をかけて承諾を得るのが道理だが……。
「あの……」
声をかけようとした与羽のほほを突き出した竹刀がかすめる。
「ちょっと!」
与羽は慌てて青年と距離を取った。批判を込めて厳しい声を出したつもりだったが、青年の謝罪はなく、攻撃の手を緩める気配もない。居心地の悪い圧力は、明確な敵意だ。
与羽は後退した。
そうしながら道場内に視線を走らせる。この異常事態に気づいた者はいないようだ。みな自分の鍛錬に必死らしい。与羽たちを視界に入れたとしても、一瞬の情報だけでは組み手稽古をしているようにしか見えない。大斗や華奈を呼びたいが、見つけられなかった。声を上げれば、誰かが助けてくれるだろうか。道場中に満ちる気合の声にかき消されてしまいそうだが。
「お前、なんで官吏になるでもないのに、こんなところにいるんだ?」
与羽が思考している間に、青年が間合いを詰めてきた。
再び振り下ろされる攻撃を受け流す。竹刀の上を滑らせて相手の剣先をそらすと同時に、滑らかな足取りで再び距離を取る。大斗が教えてくれた「風水円舞」と呼ばれる立ち回りだ。風や水のように、相手の力に逆らわず防御と攻撃を行う剣術。
「それは……、強くなりたいから」
ひたすら防御しながら、与羽は答えた。
そもそものきっかけは大斗に誘われたからだった。竹刀を振ることで、嫌な気持ちを発散できた。しかし今はもっと前向きに、自分を強くしたくてここにいる。
「ここの一生懸命な人たちを見ると、私もがんばらんとって思えるから」
そして、周りの人から頼られるくらい強くなって、みんなを――大切な幼馴染を助けたいから。
「あいまいな目的だな」
不機嫌な声が与羽の努力をあざ笑った。彼だって、今年の試験に臨む「一生懸命がんばっている人」のはずだ。それがなぜこんな攻撃的な行動を取るのか、与羽にはわからなかった。試験の重圧がそうさせるのだろうか。
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