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外伝 - 第二章 龍姫と薙刀姫
二章九節 - 龍姫の決意
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「……私、あいつのために何かするべきかも」
華奈の横から辰海の去った方を見たが、夕方の人混みのせいで彼の姿はもう見えない。
「必要ないって」
「あぶないよ」
二人の学友は与羽のために異を唱えてくれる。それでも。
――私が変われば、あいつも変わるかもしれん。
そのためにもっと強くなるのだ。今度は辰海が与羽を頼れるくらいに。
「華奈さん」
与羽は黙って成り行きを見守っている華奈の顔を見上げた。
「私、辰海の力になりたいんです。どうすればいいと思いますか?」
「…………」
華奈は与羽を見返した。まだ十一歳の彼女には、できるだけつらい思いをさせたくないと思う。しかし、与羽が城主一族の姫君だからと、大切にしすぎるのも間違った接し方なのかもしれない。
「『あんな奴相手にするべきじゃない』って、九鬼大斗なら言うでしょうね。『時間が無駄だし、心もすり減る』」
華奈は慎重に言葉を選んだ。あえて大斗の思考を借りたのは、卑怯なやり方だったかもしれない。しかし、華奈が自分の言葉で叱咤するよりも、その方が与羽の思考を冷静に保てると思った。
「たぶん、あなたが何をやっても凝り固まってしまった人を変えるのは難しいわ。そもそも聞く耳を持ってくれないもの」
「それでも……」
「それでも関わりたいなら、心を強く持ちなさい。自分を信じるの。周りを頼るのも大切よ。でも、彼みたいな人からは距離を取るのが、あたしも賢いと思う。あなたが傷つくところ、見たくないもの」
「私も、辰海が思い詰めてつらい思いをしとるとこ、見たくないんです」
与羽はうつむいた。今日の彼女は下を向いてばかりいる。
「与羽、古狐くんのこと大好きじゃん」
「だって、みんな私のことはこんなに心配してくれるのに、辰海には冷たいじゃん。辰海だってきっと悩むし不安だし、困っとるはずなのに……」
どれだけ邪険に扱われても、与羽だけは辰海の味方でいたいのだ。辰海にはたくさん助けてもらったから。
「私、生まれてからこの間まで、辰海の思いやりややさしさを受け取り続けとったんだと思う。私が気づいとらんかっただけで、ずっと。だから、恩返しせんと……」
「与羽はまじめすぎ」
「辰海はもっとまじめだから」
学友の言葉に与羽は力なく笑った。
「……あなたの力になるかどうかはわからないけど、うちの門下生にずば抜けて精神力の強い人がいるわ」
きっと与羽はどれだけ傷ついても、自分が求める道を進むだろう。「どんな大人になりたいかわからない」と言いつつ、彼女の中には理想の世界があるように思う。そんな小さな姫君のために、華奈は今の自分にできる助言を探し出した。
「水月絡柳、って言う庶民出身の上級文官なんだけど、知ってるかしら? 稽古には仕事が終わった日没後に来るから、道場で会ったことはないかもしれないけれど……」
「名前は聞いたことあります」
与羽は答えた。兄と親しい二十歳手前の青年文官だ。
「機会があったら話してみるといいわ。水月文官にもあなたのこと話しておくから」
「わかりました」
上級文官ならば、文官を目指して努力する辰海との接し方にも助言をもらえるかもしれない。
小さな期待に、与羽は少しだけ顔を上げた。夕焼けに赤く染まった城下町には、長い影が伸びている。その先には宵色に染まりはじめた東の空と中州城。見慣れた風景のはずだが、夜に覆い隠されそうな城は、この先に待つ困難を暗示しているように思えた。
「あとは帰りながら話しましょうか」
「うちらも同じ方向だからついてく!」
「うんうん」
しかし、足がすくみそうになる与羽の手を取って、並んで歩いてくれる人たちがいる。
「……ありがとうございます。ありがとう」
与羽は感謝の言葉を口にした。またいつか、辰海とも手を繋いで帰れるように。明るい理想を胸に、与羽は一歩踏み出した。
華奈の横から辰海の去った方を見たが、夕方の人混みのせいで彼の姿はもう見えない。
「必要ないって」
「あぶないよ」
二人の学友は与羽のために異を唱えてくれる。それでも。
――私が変われば、あいつも変わるかもしれん。
そのためにもっと強くなるのだ。今度は辰海が与羽を頼れるくらいに。
「華奈さん」
与羽は黙って成り行きを見守っている華奈の顔を見上げた。
「私、辰海の力になりたいんです。どうすればいいと思いますか?」
「…………」
華奈は与羽を見返した。まだ十一歳の彼女には、できるだけつらい思いをさせたくないと思う。しかし、与羽が城主一族の姫君だからと、大切にしすぎるのも間違った接し方なのかもしれない。
「『あんな奴相手にするべきじゃない』って、九鬼大斗なら言うでしょうね。『時間が無駄だし、心もすり減る』」
華奈は慎重に言葉を選んだ。あえて大斗の思考を借りたのは、卑怯なやり方だったかもしれない。しかし、華奈が自分の言葉で叱咤するよりも、その方が与羽の思考を冷静に保てると思った。
「たぶん、あなたが何をやっても凝り固まってしまった人を変えるのは難しいわ。そもそも聞く耳を持ってくれないもの」
「それでも……」
「それでも関わりたいなら、心を強く持ちなさい。自分を信じるの。周りを頼るのも大切よ。でも、彼みたいな人からは距離を取るのが、あたしも賢いと思う。あなたが傷つくところ、見たくないもの」
「私も、辰海が思い詰めてつらい思いをしとるとこ、見たくないんです」
与羽はうつむいた。今日の彼女は下を向いてばかりいる。
「与羽、古狐くんのこと大好きじゃん」
「だって、みんな私のことはこんなに心配してくれるのに、辰海には冷たいじゃん。辰海だってきっと悩むし不安だし、困っとるはずなのに……」
どれだけ邪険に扱われても、与羽だけは辰海の味方でいたいのだ。辰海にはたくさん助けてもらったから。
「私、生まれてからこの間まで、辰海の思いやりややさしさを受け取り続けとったんだと思う。私が気づいとらんかっただけで、ずっと。だから、恩返しせんと……」
「与羽はまじめすぎ」
「辰海はもっとまじめだから」
学友の言葉に与羽は力なく笑った。
「……あなたの力になるかどうかはわからないけど、うちの門下生にずば抜けて精神力の強い人がいるわ」
きっと与羽はどれだけ傷ついても、自分が求める道を進むだろう。「どんな大人になりたいかわからない」と言いつつ、彼女の中には理想の世界があるように思う。そんな小さな姫君のために、華奈は今の自分にできる助言を探し出した。
「水月絡柳、って言う庶民出身の上級文官なんだけど、知ってるかしら? 稽古には仕事が終わった日没後に来るから、道場で会ったことはないかもしれないけれど……」
「名前は聞いたことあります」
与羽は答えた。兄と親しい二十歳手前の青年文官だ。
「機会があったら話してみるといいわ。水月文官にもあなたのこと話しておくから」
「わかりました」
上級文官ならば、文官を目指して努力する辰海との接し方にも助言をもらえるかもしれない。
小さな期待に、与羽は少しだけ顔を上げた。夕焼けに赤く染まった城下町には、長い影が伸びている。その先には宵色に染まりはじめた東の空と中州城。見慣れた風景のはずだが、夜に覆い隠されそうな城は、この先に待つ困難を暗示しているように思えた。
「あとは帰りながら話しましょうか」
「うちらも同じ方向だからついてく!」
「うんうん」
しかし、足がすくみそうになる与羽の手を取って、並んで歩いてくれる人たちがいる。
「……ありがとうございます。ありがとう」
与羽は感謝の言葉を口にした。またいつか、辰海とも手を繋いで帰れるように。明るい理想を胸に、与羽は一歩踏み出した。
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