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外伝 - 第二章 龍姫と薙刀姫
二章七節 - 龍姫の逆鱗
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「大斗先輩は華奈さんと仲良くしたいみたいですけど、華奈さんはそれを嫌がっていて、少し私と辰海の関係に近いのかもしれないと考えたりもするのですが……」
「……それは、どうかしら……?」
華奈は大斗の言動を思い返した。
冗談めかした軽い口調で繰り返し好意を伝えてくる軽薄な男。からかっているのかと思えば、まじめな顔をして――。時々どう接すれば良いのかわからなくなる。
「ひねくれてるあいつと違って、あなたは素直ないい子だもの。正直、あなたに問題があるとは思えないのよね……」
「辰海は私以上にいい子ですよ。すごくまじめで、頭が良くて。私が辰海に我慢や無理をさせてしまったんだと思うんです」
幼馴染を庇う与羽の言葉は強い。その様子から、与羽にとって辰海がとても大切な存在なのだとうかがえた。
「甘え過ぎちゃったのね」
「たぶん……」
与羽はうつむいた。
「やっぱり、あたしたちの問題とあなたたちの問題はまったく違う方向性のものだと思うわ……」
大斗が華奈を想う感情は曲がっていて、与羽が辰海に向ける感情はまっすぐだ。華奈と辰海がそれを拒絶している点は共通しているが、その理由もきっとそれぞれ違う。
華奈は辰海の人となりをもう一度確認しようと、人混みに目を向けた。
遠ざかりつつある辰海と、その隣に連れ添う二人の少女。辰海に気があるのだろうか。彼の腕や肩に触れて気を引きたいようだ。一方の辰海はそれをかわしたり、払いのけたりしている。
――大丈夫かしら?
一見、仲睦まじく戯れる男女に見えなくもないが、少女の手を払う辰海の力は少しずつ強くなっているように感じられた。華奈の目にも彼がいらだっているのがわかる。与羽の言葉を信じるのなら、今の彼は精神が限界を迎えている状況だ。いつ爆発してもおかしくない。
辰海と彼女たちを引き離しに行くべきだろうか。
与羽はどう考えているだろうかと、華奈は隣に座る少女を確認した。彼女も辰海を見ている。小さく開けたままの口にこい焼きを運ぶことも忘れて。華奈は与羽の手から落ちそうになっていたこい焼きをそっと預かった。
大好物を奪われても与羽は反応を示さない。ただただ不安そうに辰海を見守るだけだ。
「与羽ちゃん」
華奈は辰海よりも与羽が心配だった。素直で自分の感情の調整が苦手で、傷つきやすい。そして何よりも、彼女は城主一族直系の姫君だから。すべての官吏は中州城主に忠誠を誓っているが、それはその家族である彼女にも延長されるはずだ。
「どうしたの?」
与羽の調子をうかがうように呼びかけた華奈の目の前で、与羽は突然立ち上がった。華奈の声に応えたわけではないだろう。その目はいまだに人混みの中――おそらく辰海を向いている。
与羽は口を大きく開いた。その横顔に、先ほどまでのためらいはない。
「たつ! なんてことしとんよ!!」
次の瞬間、与羽が叫んだ。先ほどまでの険しい表情を怒りに変えて。
その言葉に、華奈は慌てて辰海に目を戻した。通行人の間から少し驚いた顔で与羽を見ている。その足元にはしりもちをつく少女。彼女を払いのける拍子に転ばせてしまったらしい。
「……なんで君がここにいるわけ?」
辰海の驚きは一瞬。駆け寄ってくる幼馴染を辰海はにらみつけた。
「今日の稽古はおしまい!」
与羽は律儀に彼の問いに答えて、辰海をにらみ返した。辰海の乱暴な行動が与羽の逆鱗に触れたらしい。
「与羽ちゃん!」
一触即発の空気に、華奈は慌てて与羽と辰海に駆け寄った。大通りで問題を起こすわけにはいかない。華奈を見た辰海は、表情を曇らせている。おそらく華奈を知っているのだろう。
「なんであすかを付き飛ばしたん? 危ないし、かわいそうじゃろ!」
一方の与羽は、華奈が隣にいることなどまったく気にせずに辰海に詰め寄っていく。
「……そうだね。悪かったよ」
上級武官の華奈を目の前にして、辰海は謝罪の言葉を口にした。
「私は理由を聞いたんじゃけど!」
与羽は目線をそらした辰海の顔を無理やり見ようと、傷だらけの手で彼の襟首をつかんだ。与羽がひどく怒っているのは、誰の目にも明らかだった。
「君には関係のないことだよ」
一方の辰海は、表面上は冷静さを保っている。与羽の手を払おうとするしぐさも丁寧だ。
「関係ないわけないじゃろ!」
与羽が強く辰海を引き寄せると、二人の視線の高さが同じになった。成長期前の辰海の背は、与羽とさほど変わらない。目の前にある彼女の瞳は、紫色の隙間に青色が混ざってとても綺麗だった。
「ここ、大通りだよ。放してよ」
辰海は与羽から目をそらしながら言った。
「あんた、半月後の官吏登用試験受けるんじゃろ? 今、問題を起こすべきじゃなかろう」
与羽はきつい口調で辰海をたしなめ続けている。
「……悪かったよ、本当に」
この場を早く収めるために、辰海は謝罪を繰り返した。反省を見せれば与羽も満足するだろう。
「辰海、あんたさ――」
しかし、与羽はさらに気を悪くしたようだった。辰海の行動が口先だけのその場しのぎだと見抜いている。しかめられた与羽の顔から辰海はそう判断した。
「与羽、ここは人目があるから」
辰海は困った笑みを浮かべて与羽を見た。数ヶ月前までは、たしかこうやって与羽の悪事を咎めていたはずだ。
「……それは、どうかしら……?」
華奈は大斗の言動を思い返した。
冗談めかした軽い口調で繰り返し好意を伝えてくる軽薄な男。からかっているのかと思えば、まじめな顔をして――。時々どう接すれば良いのかわからなくなる。
「ひねくれてるあいつと違って、あなたは素直ないい子だもの。正直、あなたに問題があるとは思えないのよね……」
「辰海は私以上にいい子ですよ。すごくまじめで、頭が良くて。私が辰海に我慢や無理をさせてしまったんだと思うんです」
幼馴染を庇う与羽の言葉は強い。その様子から、与羽にとって辰海がとても大切な存在なのだとうかがえた。
「甘え過ぎちゃったのね」
「たぶん……」
与羽はうつむいた。
「やっぱり、あたしたちの問題とあなたたちの問題はまったく違う方向性のものだと思うわ……」
大斗が華奈を想う感情は曲がっていて、与羽が辰海に向ける感情はまっすぐだ。華奈と辰海がそれを拒絶している点は共通しているが、その理由もきっとそれぞれ違う。
華奈は辰海の人となりをもう一度確認しようと、人混みに目を向けた。
遠ざかりつつある辰海と、その隣に連れ添う二人の少女。辰海に気があるのだろうか。彼の腕や肩に触れて気を引きたいようだ。一方の辰海はそれをかわしたり、払いのけたりしている。
――大丈夫かしら?
一見、仲睦まじく戯れる男女に見えなくもないが、少女の手を払う辰海の力は少しずつ強くなっているように感じられた。華奈の目にも彼がいらだっているのがわかる。与羽の言葉を信じるのなら、今の彼は精神が限界を迎えている状況だ。いつ爆発してもおかしくない。
辰海と彼女たちを引き離しに行くべきだろうか。
与羽はどう考えているだろうかと、華奈は隣に座る少女を確認した。彼女も辰海を見ている。小さく開けたままの口にこい焼きを運ぶことも忘れて。華奈は与羽の手から落ちそうになっていたこい焼きをそっと預かった。
大好物を奪われても与羽は反応を示さない。ただただ不安そうに辰海を見守るだけだ。
「与羽ちゃん」
華奈は辰海よりも与羽が心配だった。素直で自分の感情の調整が苦手で、傷つきやすい。そして何よりも、彼女は城主一族直系の姫君だから。すべての官吏は中州城主に忠誠を誓っているが、それはその家族である彼女にも延長されるはずだ。
「どうしたの?」
与羽の調子をうかがうように呼びかけた華奈の目の前で、与羽は突然立ち上がった。華奈の声に応えたわけではないだろう。その目はいまだに人混みの中――おそらく辰海を向いている。
与羽は口を大きく開いた。その横顔に、先ほどまでのためらいはない。
「たつ! なんてことしとんよ!!」
次の瞬間、与羽が叫んだ。先ほどまでの険しい表情を怒りに変えて。
その言葉に、華奈は慌てて辰海に目を戻した。通行人の間から少し驚いた顔で与羽を見ている。その足元にはしりもちをつく少女。彼女を払いのける拍子に転ばせてしまったらしい。
「……なんで君がここにいるわけ?」
辰海の驚きは一瞬。駆け寄ってくる幼馴染を辰海はにらみつけた。
「今日の稽古はおしまい!」
与羽は律儀に彼の問いに答えて、辰海をにらみ返した。辰海の乱暴な行動が与羽の逆鱗に触れたらしい。
「与羽ちゃん!」
一触即発の空気に、華奈は慌てて与羽と辰海に駆け寄った。大通りで問題を起こすわけにはいかない。華奈を見た辰海は、表情を曇らせている。おそらく華奈を知っているのだろう。
「なんであすかを付き飛ばしたん? 危ないし、かわいそうじゃろ!」
一方の与羽は、華奈が隣にいることなどまったく気にせずに辰海に詰め寄っていく。
「……そうだね。悪かったよ」
上級武官の華奈を目の前にして、辰海は謝罪の言葉を口にした。
「私は理由を聞いたんじゃけど!」
与羽は目線をそらした辰海の顔を無理やり見ようと、傷だらけの手で彼の襟首をつかんだ。与羽がひどく怒っているのは、誰の目にも明らかだった。
「君には関係のないことだよ」
一方の辰海は、表面上は冷静さを保っている。与羽の手を払おうとするしぐさも丁寧だ。
「関係ないわけないじゃろ!」
与羽が強く辰海を引き寄せると、二人の視線の高さが同じになった。成長期前の辰海の背は、与羽とさほど変わらない。目の前にある彼女の瞳は、紫色の隙間に青色が混ざってとても綺麗だった。
「ここ、大通りだよ。放してよ」
辰海は与羽から目をそらしながら言った。
「あんた、半月後の官吏登用試験受けるんじゃろ? 今、問題を起こすべきじゃなかろう」
与羽はきつい口調で辰海をたしなめ続けている。
「……悪かったよ、本当に」
この場を早く収めるために、辰海は謝罪を繰り返した。反省を見せれば与羽も満足するだろう。
「辰海、あんたさ――」
しかし、与羽はさらに気を悪くしたようだった。辰海の行動が口先だけのその場しのぎだと見抜いている。しかめられた与羽の顔から辰海はそう判断した。
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