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外伝 - 第二章 龍姫と薙刀姫
二章三節 - 龍姫と一鬼道場
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与羽が通う一鬼道場は、中州二位の武官家――一鬼家が経営する、歴史ある稽古場だ。城下町はもちろん、中州国中の主要な町村に訓練場を構え、毎年多くの武官を輩出している。
その中でも、城下町の大通り沿いにあるこの場所は、一鬼本家の上級武官たちが師範を務める総本山。数ヶ月前の与羽ならば、自分がこの強者ぞろいの環境に足を踏み入れるなど想像すらできなかっただろう。
「言ったろう? 与羽」
辺りの熱気とは全く違う静かな声が道場に響く。
「お前の筋力は大多数の男に劣るんだから、剣の大ぶりはせずにすばやさと反射神経を生かせ、って」
大斗は竹刀をあわせる与羽を冷静に指導している。彼らのまわりは、中州の姫君に遠慮してか、大斗の出す殺気を避けてか、人が寄り付かない。
「肩の力も抜きな」
一つ一つ与羽の問題点を指摘していく大斗。しかし、彼と向かい合う与羽は竹刀を両手で強く握ったまま微動だにしない。まっすぐ敵意のこもった目で大斗を見据えている。
「そういう目は好きだけどね」
言いながら、大斗はすばやく前に飛び出した。与羽は驚いてのけぞりそうになりつつも竹刀を振るう。
それを大斗は軽く払いのけ、与羽の背後に回り込んだ。与羽が振り返ろうとするが、それよりも早く彼女を抱きとめるように両手首を抑えた。
「重心の運びには細心の注意を払いな。そして何より、怒り任せの剣はダメだよ。正常な判断ができなくなるし、見苦しい」
普段の与羽は素直で教えやすいが、時々感情を荒立てる時がある。道場内に充満する張り詰めた空気に触発されるのか、ここに来る前に嫌なことがあったのか。こうなってしまうと、与羽を落ち着かせるのは至難の技だ。
今は驚きで動きを止めているが、いつ再び抵抗を始めるか――。
「華奈!」
大斗は庭で子どもたちの指導をしている少女を呼んだ。道場主の娘で、主に女性や子どもの指導を行っている上級武官。薙刀を持って優雅に戦う様子から「薙刀姫」の愛称で呼ばれている。歳は大斗とほとんど変わらない十代後半だ。
華奈は大斗とその腕の中にいる与羽を見て顔をしかめたが、それでも門下生である彼の呼びかけに応じて近づいてきた。
「少しの間、与羽の面倒を見てくれる? 休ませて落ち着かせてやって」
大斗は与羽から竹刀を取り上げつつ言った。
「あなたが自分でやればいいでしょ。お気に入りなんだから」
華奈は大斗から十分な間合いを取った場所で立ち止まっている。その声にも、棘が目立つ。幼い頃から一鬼道場で武術を磨いてきた二人は、幼馴染と言っても差し支えない間柄ではあったが、あまり友好的な関係には見えなかった。
「なに? 嫉妬してくれてるの?」
その最たる理由は、大斗の軽薄さだろう。からかうような大斗の口調に、華奈は鼻の頭にまでしわを浮かべた。
「馬鹿なこと言わないで頂戴」
「俺が今与羽の面倒を見たら、いらないケガをさせちゃう。官吏登用試験の警護に関する資料も読まないといけないし」
大斗は華奈に向かって与羽の背を押した。武官の仕事に加え、家業の八百屋と鍛冶屋の手伝い。うまくやりくりして与羽の指導をしているものの、大斗は多忙だった。それは華奈も知っている。
「……一つ『貸し』よ」
「いいよ。今度、肩でも腰でも揉んであげる」
冗談を言うように、大斗は口の端を上げた。
「そんな頼みをすることは、一生ないわ。行きましょ、与羽ちゃん」
冷ややかな声と強い拒絶、仕上げに大斗をひと睨みして、華奈は与羽へと向き直った。大斗に対する態度とは一転、やさしく与羽の肩に手をのせて道場の隅へと導いて行く。
「頼んだよ」
その背にかけられた大斗の声色は、普段よりもあたたかい。しかし、華奈は聞こえていないふりをした。ここで大斗を見ると、負けた気分になるから。
「あんな男、無視よ、無視」
大斗に聞こえない声量でつぶやいた言葉は、与羽に言ったのか、自分に言い聞かせたのか。
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