龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
上 下
122 / 201
  外伝 - 第二章 龍姫と薙刀姫

二章二節 - 龍姫と行く春

しおりを挟む
「それは……」

 アメはハッとした。与羽ようを案じる一方で、辰海たつみとは距離を置いてしまっていた。アメ自身も辰海を孤立させる一つの要因になっている。

「もちろん」

 アメは自身の動揺を打ち消すように、大きくうなずいた。

「ありがと」

 与羽はすでにアメを見ていなかった。手早く自分の荷物をまとめて、立ち上がる。そう言えば、アメは道場に向かおうとする与羽を呼び止めていたのだった。

「また明日」

 アメは与羽の横顔に別れのあいさつをした。

「じゃ」

 小さくうなずく与羽の顔に表情はない。

「ミサ、千斗せんと、行こう」

 そしてすぐに与羽の顔は見えなくなった。すばやく振り返った彼女は、部屋の後ろに立つ男女に駆け寄っていく。今年の官吏登用試験を受ける吉宮実砂菜よしみや みさなと、すでに下級武官位を持つ九鬼千斗くき せんと。彼らも与羽と同じ道場に通っていると知ったのは最近のことだ。講義後、稽古に向かう彼らと同行するのが最近の与羽の習慣になっていた。

「おー! いこいこー!」
「いいの?」

 陽気で明るい実砂菜と無表情で口数の少ない千斗は、対照的でありながらも仲良く見える。

「うん。早く行かんと、先輩機嫌悪くするし」

 与羽は二人の腕を取って教室を飛び出していった。

「怒らせちゃったかも」

 その背中を見送ったアメは、近づいてきた気配に振り返った。

「怒ってはいなかったと思うよ」

 隣に膝をついたラメの手が、アメの背を撫でる。

「中州はずっと辰海を心配してたけど、僕はそんな中州の心配しかしてなかった」

 アメは反省点を口にした。冷静に状況を分析すれば、助けが必要なのは孤立している辰海の方だ。辰海はまじめなしっかり者だから大丈夫という思い込みがあった。

「与羽って自由に遊んでるように見えて、たぶん周りのいろんなものを気にかけてるんだと思う」

 だから彼女のまわりは居心地が良くて、人が集まってくる。

「他の子たちにも、古狐ふるぎつねくんと話してあげてって頼んでるの見たし」

 感情的になりすぎたり、わがままを言って人を困らせたりもするが、与羽は思いやり深いやさしい少女なのだ。そして、そのやさしさは、この二ヶ月でさらに深まっているように感じた。

 辰海が消えた与羽の隣には、多くの人が入れ替わり立ち替わりやってくる。与羽は以前よりも、深く周りの人々と付き合うようになった。辰海に頼っていたことを他の人に頼んだり、自分で乗り越えたり。注意力と気遣いが増し、自主的に行動するようになってきたのではないだろうか。与羽がいらだちや負の感情を見せるのも、きっと彼女の自立に必要なことだ。

「僕は、何とか仲直りさせてあげたいけど……」

「それは、おいおい。ね。とりあえず、与羽に頼まれたことをがんばってみたら?」

「……うん」

 彼女に流れる城主一族の血がそう思わせるのか。与羽を信じればきっとうまくいく、そんな予感がした。

「また、みんなで一緒に遊ぶために」

「ために……」

 アメとラメ。二人で身を寄せ合って、与羽が出て行った戸口を見た。そこに与羽の名残はなく、庭の柳がかすかな風で枝を揺らすだけだ。何かを招くように。その細い枝で何かをつなぎとめようとするように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう、今更です

ねむたん
恋愛
伯爵令嬢セリーヌ・ド・リヴィエールは、公爵家長男アラン・ド・モントレイユと婚約していたが、成長するにつれて彼の態度は冷たくなり、次第に孤独を感じるようになる。学園生活ではアランが王子フェリクスに付き従い、王子の「真実の愛」とされるリリア・エヴァレットを囲む騒動が広がり、セリーヌはさらに心を痛める。 やがて、リヴィエール伯爵家はアランの態度に業を煮やし、婚約解消を申し出る。

かぐや姫の雲隠れ~平安乙女ゲーム世界で身代わり出仕することとなった女房の話~

川上桃園
恋愛
「わたくしとともに逝ってくれますか?」 「はい。黄泉の国にもお供いたしますよ」 都で評判の美女かぐや姫は、帝に乞われて宮中へ出仕する予定だった……が、出仕直前に行方不明に。 父親はやむなくかぐや姫に仕えていた女房(侍女)松緒を身代わりに送り出す。 前世が現代日本の限界OLだった松緒は、大好きだった姫様の行方を探しつつ、宮中で身代わり任務を遂行しなければならなくなった。ばれたら死。かぐや姫の評判も地に落ちる。 「かぐや姫」となった松緒の元には、乙女ゲームの攻略対象たちが次々とやってくるも、彼女が身代わりだと気づく人物が現われて……。 「そなたは……かぐや姫の『偽物』だな」 「そなたの慕う『姫様』とやらが、そなたが思っていた女と違っていたら、どうする?」 身代わり女房松緒の奮闘記が、はじまる。 史実に基づかない、架空の平安後宮ファンタジーとなっています。 乙女ゲームとしての攻略対象には、帝、東宮、貴公子、苦労人と、サブキャラでピンク髪の陰陽師がいます。

異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)

ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。 流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定! 剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。 せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!? オマケに最後の最後にまたもや神様がミス! 世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に なっちゃって!? 規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。 ……路上生活、そろそろやめたいと思います。 異世界転生わくわくしてたけど ちょっとだけ神様恨みそう。 脱路上生活!がしたかっただけなのに なんで無双してるんだ私???

異世界隠密冒険記

リュース
ファンタジー
ごく普通の人間だと自認している高校生の少年、御影黒斗。 人と違うところといえばほんの少し影が薄いことと、頭の回転が少し速いことくらい。 ある日、唐突に真っ白な空間に飛ばされる。そこにいた老人の管理者が言うには、この空間は世界の狭間であり、元の世界に戻るための路は、すでに閉じているとのこと。 黒斗は老人から色々説明を受けた後、現在開いている路から続いている世界へ旅立つことを決める。 その世界はステータスというものが存在しており、黒斗は自らのステータスを確認するのだが、そこには、とんでもない隠密系の才能が表示されており・・・。 冷静沈着で中性的な容姿を持つ主人公の、バトルあり、恋愛ありの、気ままな異世界隠密生活が、今、始まる。 現在、1日に2回は投稿します。それ以外の投稿は適当に。 改稿を始めました。 以前より読みやすくなっているはずです。 第一部完結しました。第二部完結しました。

異世界を満喫します~愛し子は最強の幼女

かなかな
ファンタジー
異世界に突然やって来たんだけど…私これからどうなるの〜〜!? もふもふに妖精に…神まで!? しかも、愛し子‼︎ これは異世界に突然やってきた幼女の話 ゆっくりやってきますー

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

処理中です...