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外伝 - 第二章 龍姫と薙刀姫
二章二節 - 龍姫と行く春
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「それは……」
アメはハッとした。与羽を案じる一方で、辰海とは距離を置いてしまっていた。アメ自身も辰海を孤立させる一つの要因になっている。
「もちろん」
アメは自身の動揺を打ち消すように、大きくうなずいた。
「ありがと」
与羽はすでにアメを見ていなかった。手早く自分の荷物をまとめて、立ち上がる。そう言えば、アメは道場に向かおうとする与羽を呼び止めていたのだった。
「また明日」
アメは与羽の横顔に別れのあいさつをした。
「じゃ」
小さくうなずく与羽の顔に表情はない。
「ミサ、千斗、行こう」
そしてすぐに与羽の顔は見えなくなった。すばやく振り返った彼女は、部屋の後ろに立つ男女に駆け寄っていく。今年の官吏登用試験を受ける吉宮実砂菜と、すでに下級武官位を持つ九鬼千斗。彼らも与羽と同じ道場に通っていると知ったのは最近のことだ。講義後、稽古に向かう彼らと同行するのが最近の与羽の習慣になっていた。
「おー! いこいこー!」
「いいの?」
陽気で明るい実砂菜と無表情で口数の少ない千斗は、対照的でありながらも仲良く見える。
「うん。早く行かんと、先輩機嫌悪くするし」
与羽は二人の腕を取って教室を飛び出していった。
「怒らせちゃったかも」
その背中を見送ったアメは、近づいてきた気配に振り返った。
「怒ってはいなかったと思うよ」
隣に膝をついたラメの手が、アメの背を撫でる。
「中州はずっと辰海を心配してたけど、僕はそんな中州の心配しかしてなかった」
アメは反省点を口にした。冷静に状況を分析すれば、助けが必要なのは孤立している辰海の方だ。辰海はまじめなしっかり者だから大丈夫という思い込みがあった。
「与羽って自由に遊んでるように見えて、たぶん周りのいろんなものを気にかけてるんだと思う」
だから彼女のまわりは居心地が良くて、人が集まってくる。
「他の子たちにも、古狐くんと話してあげてって頼んでるの見たし」
感情的になりすぎたり、わがままを言って人を困らせたりもするが、与羽は思いやり深いやさしい少女なのだ。そして、そのやさしさは、この二ヶ月でさらに深まっているように感じた。
辰海が消えた与羽の隣には、多くの人が入れ替わり立ち替わりやってくる。与羽は以前よりも、深く周りの人々と付き合うようになった。辰海に頼っていたことを他の人に頼んだり、自分で乗り越えたり。注意力と気遣いが増し、自主的に行動するようになってきたのではないだろうか。与羽がいらだちや負の感情を見せるのも、きっと彼女の自立に必要なことだ。
「僕は、何とか仲直りさせてあげたいけど……」
「それは、おいおい。ね。とりあえず、与羽に頼まれたことをがんばってみたら?」
「……うん」
彼女に流れる城主一族の血がそう思わせるのか。与羽を信じればきっとうまくいく、そんな予感がした。
「また、みんなで一緒に遊ぶために」
「ために……」
アメとラメ。二人で身を寄せ合って、与羽が出て行った戸口を見た。そこに与羽の名残はなく、庭の柳がかすかな風で枝を揺らすだけだ。何かを招くように。その細い枝で何かをつなぎとめようとするように。
アメはハッとした。与羽を案じる一方で、辰海とは距離を置いてしまっていた。アメ自身も辰海を孤立させる一つの要因になっている。
「もちろん」
アメは自身の動揺を打ち消すように、大きくうなずいた。
「ありがと」
与羽はすでにアメを見ていなかった。手早く自分の荷物をまとめて、立ち上がる。そう言えば、アメは道場に向かおうとする与羽を呼び止めていたのだった。
「また明日」
アメは与羽の横顔に別れのあいさつをした。
「じゃ」
小さくうなずく与羽の顔に表情はない。
「ミサ、千斗、行こう」
そしてすぐに与羽の顔は見えなくなった。すばやく振り返った彼女は、部屋の後ろに立つ男女に駆け寄っていく。今年の官吏登用試験を受ける吉宮実砂菜と、すでに下級武官位を持つ九鬼千斗。彼らも与羽と同じ道場に通っていると知ったのは最近のことだ。講義後、稽古に向かう彼らと同行するのが最近の与羽の習慣になっていた。
「おー! いこいこー!」
「いいの?」
陽気で明るい実砂菜と無表情で口数の少ない千斗は、対照的でありながらも仲良く見える。
「うん。早く行かんと、先輩機嫌悪くするし」
与羽は二人の腕を取って教室を飛び出していった。
「怒らせちゃったかも」
その背中を見送ったアメは、近づいてきた気配に振り返った。
「怒ってはいなかったと思うよ」
隣に膝をついたラメの手が、アメの背を撫でる。
「中州はずっと辰海を心配してたけど、僕はそんな中州の心配しかしてなかった」
アメは反省点を口にした。冷静に状況を分析すれば、助けが必要なのは孤立している辰海の方だ。辰海はまじめなしっかり者だから大丈夫という思い込みがあった。
「与羽って自由に遊んでるように見えて、たぶん周りのいろんなものを気にかけてるんだと思う」
だから彼女のまわりは居心地が良くて、人が集まってくる。
「他の子たちにも、古狐くんと話してあげてって頼んでるの見たし」
感情的になりすぎたり、わがままを言って人を困らせたりもするが、与羽は思いやり深いやさしい少女なのだ。そして、そのやさしさは、この二ヶ月でさらに深まっているように感じた。
辰海が消えた与羽の隣には、多くの人が入れ替わり立ち替わりやってくる。与羽は以前よりも、深く周りの人々と付き合うようになった。辰海に頼っていたことを他の人に頼んだり、自分で乗り越えたり。注意力と気遣いが増し、自主的に行動するようになってきたのではないだろうか。与羽がいらだちや負の感情を見せるのも、きっと彼女の自立に必要なことだ。
「僕は、何とか仲直りさせてあげたいけど……」
「それは、おいおい。ね。とりあえず、与羽に頼まれたことをがんばってみたら?」
「……うん」
彼女に流れる城主一族の血がそう思わせるのか。与羽を信じればきっとうまくいく、そんな予感がした。
「また、みんなで一緒に遊ぶために」
「ために……」
アメとラメ。二人で身を寄せ合って、与羽が出て行った戸口を見た。そこに与羽の名残はなく、庭の柳がかすかな風で枝を揺らすだけだ。何かを招くように。その細い枝で何かをつなぎとめようとするように。
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