龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  外伝 - 第一章 龍姫と炎狐

一章四節 - 冷王の誘い

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「それに、華奈かなさんはどうするん?」

「華奈は全く相手にしてくれないよ」

 そのすねた口調に、乱舞らんぶは目を見開いた。気を許した者の前では、大斗だいとは驚くほど感情豊かだ。

「この子と仲良くして、華奈が嫉妬するかどうか見るのも良いんじゃない?」

 しかし、やはり彼は大斗だった。

「……それはやめといた方がいいような――。そんなことに与羽ようを使わんでくれん?」

「そっか。中州の姫君の名前は与羽って言うんだったね。かわいい名前だね、与羽」

「……そんな扇情的な声で呼ばんでくれん?」

 与羽をかばうように、乱舞が二人の間に割って入った。

「別にお前に話しかけてるわけじゃないんだから、問題ないでしょ?」

「大あり」

 乱舞は冷静に指摘して、与羽を振り返った。

「与羽、こいつと話があるから、少しの間辰海たつみ君と遊んどってくれん?」

 いつもの与羽なら、たとえしぶしぶでもこの場を離れてくれるだろう。しかし与羽は、首を横に振った。

「辰海んとこには、行けんの」

 何の感情もこもらない声で言う。つきんと胸が痛んだが、精一杯感情を殺した。

「けんかでもしたの?」

 しかし、乱舞の気づかわしげな声が与羽の心をやさしく揺らす。鼻の奥がツンとするのをこらえて、与羽は首を横に振った。

「与羽……?」

 突然雰囲気を変えた妹に、乱舞は慣れない様子で手を伸ばした。そっと、壊れものを扱うように頭を撫でる。

「どうしたの?」

 やさしい声。それがいっそう与羽の我慢を打ち砕く。

乱兄らんにぃ……」

 なんでもないと言いたかったのに、与羽の目から涙がこぼれた。

 一滴落ちるとまた一滴。

 次から次へとあふれて止まらなくなった。

 考えてみれば、辰海に邪険に扱われるようになって泣きそうなったことは何度もあったが、泣いたことはなかった。我ながらよく今まで我慢できたものだと思う。
 しかし、兄のやさしい声に耐えられなくなってしまった。

「最低だね」

 泣く与羽とそれを困ったように慰める乱舞を見ながら、大斗は冷静に評価した。

「辰海、……古狐ふるぎつねの長男か。『古狐』にふさわしくないな」

 古狐は誰よりも主人に忠実でなくてはならない。

「ひっぱたいてやればいいよ、そんな奴。――おいで、俺がお前を強くしてやる」

 大斗が与羽に向かって大きく一歩踏み出した。大きな手が、まだ涙をぬぐい続けている少女に伸びる。

「な、大斗!」

 乱舞は慌てて大斗を止めようとした。しかし、大斗の方が一枚上手だ。あっという間に乱舞の制止を振り切り、与羽を抱えあげていた。

「道場に連れて行くだけだよ。男にするほど厳しくはしない。――最初のうちはね」

 いきなり抱きあげられた与羽は、驚きに目を見開いている。彼女の目の前には大斗の横顔。鋭い光を放つ濃い紫の目と、この状況を楽しむように吊り上がった口元。多くの人は彼の挑発的な表情を怖いと言うが、あまり人の敵意に触れてこなかった与羽にはさほど強い恐怖を与えなかった。

「『最初のうちは――』って……、大斗!」

「大丈夫。不必要なけがはさせない」

 声を荒げる乱舞に、大斗は澄ました様子で言う。

「そういう問題じゃ――」

 乱舞が繰り返し制止しようとしても、効果はなかった。すばやい身のこなしと巧みな話術でかわされ続けている。

「中州で武術は美徳だよ? 老若男女地位問わず剣の心得があるのはいいことだ」

 次に大斗は与羽を見る。

「与羽だって古狐にいたんなら、少しくらい剣術を習ったでしょ? 古狐は文武両道の家系だ」

 否定してくれと祈る乱舞の目の前で、与羽は浅くうなずいた。まだ涙は止まっていないが、落ち着きを取り戻しつつある。

「いいね」

 賞賛の言葉とともに、大斗の目が光る。それに気づいて、乱舞は片手で額を覆った。もう彼を止められそうにない。

「強くなりたいでしょ?」

 大斗の言葉には、肯定しか認めない強い圧力がこもっている。

 また与羽はうなずいた。さきほどよりも強く。涙でぬれた青紫色の目には、強い光が宿っている。覚悟と、少しのあこがれ。それは、辰海に守られていたころには見せなかった瞳だ。

「ほら、乱舞。この目を見なよ。お前以上に戦士らしい」

 大斗は与羽のわきを両手で抱え上げ、自分の頭よりも高く掲げた。まっすぐ見降ろしてくる与羽に嬉しそうにほほえみかける。

「はじめまして。俺は武官筆頭九鬼くき家長子。九鬼大斗だよ。よろしく」

 いまさらな気もするが、そう自己紹介した。普段の大斗からは考えられないやさしい声だ。与羽の事が相当気に入ったらしい。

「中州……、与羽です。よろしくお願いします」

 与羽も名乗った。そう言えば、自分の学友にも九鬼家出身の少年がいる。無口なのであまり話したことはないが、確か彼の目も大斗と同じ深紫色だった。

「あの……、千斗せんとの――?」

「兄貴さ。あいつがあまり喋らないのは知ってるけど、学問所で俺の話すらしないの?」

「千斗が講義や勉強関係意外で話しとるとこ、見たことない……、です」

「まったく、困った奴だね」

 弟と違って饒舌じょうぜつな大斗は、呆れたように息をついている。

「まぁいいや。早速道場へ行くかい?」

 疑問形で聞きつつも、彼は既に与羽を連れて行く気でいる。大斗は与羽が持っていた勉強道具を乱舞に押し付けると、返事を聞くことなく歩きはじめた。

「待って、大斗!」

「日没までには帰すよ」

 乱舞の静止を意に介さず、大斗は与羽を抱えたまま軽い足取りで立ち去ってしまった。

 追いかけたいが、乱舞は次期城主の身。学ばなければならないことがたくさんある。大斗のことだ、厳しく指導するだろうが、無茶はさせまい。
 沸き起こる不安を心の底に沈めて、乱舞は自分の職務へと戻った。
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