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外伝 - 第一章 龍姫と炎狐
一章三節 - 龍姫と中州城
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与羽は普段、城に隣接する古狐の屋敷で暮らしている。官吏が出入りする城よりも静かで落ち着いているからと、古狐家の現家長――卯龍が部屋を与えてくれたのだ。静かで日当たりが良く、古狐夫婦も使用人も与羽を非常にかわいがってくれる。城に住む兄や祖父と会う機会は減ってしまうが、与羽は古狐での暮らしに何の不安もなかった。
つい先日までは――。
まだ辰海は帰っていないだろうが、屋敷にいれば必ず顔を合わせる瞬間がある。それを考えると憂鬱だった。なぜ突然避けられるようになったのだろう。確かにわがままを言いすぎていたかもしれない。辰海に頼りすぎだったかもしれない。それは反省しなくてはならない点だ。
与羽が悪いところを直せば、また以前のように仲良くしてくれるのだろうか。
考え事をする与羽はまっすぐ帰宅せず、少し城の敷地内を歩くことにした。そうしている間に、この状況を抜けだす妙案が浮かぶかもしれないと。
城に入るための橋を渡り、左に折れて中庭方向へ。あそこならば座れる庭石や目を楽しませる草花がある。心を休めるにはちょうど良い。
しかし、少しも進まないうちに、与羽は足を止めた。庭の方から会話が聞こえる。聞き覚えのある声は、いつもやさしく話しかけてくれる兄――乱舞のものだ。今は声変わり中でかすれているが、良く聞くと彼特有の穏やかな響きが聞き取れた。
話し相手は誰だろう。大臣など身分の高い人と話しているのならば、邪魔しない方が良い。場合によっては引き返そうと与羽は乱舞と話す相手の声に耳を傾けた。
低みのある男の声。聞き覚えはないが、口調は気安く乱舞も砕けた様子で話している。彼の友人だろうか。
与羽は庭を覗き込んだ。
乱舞が縁側に腰かけ、そのはす向かいに長身の少年が腰に手を当て立っている。帯刀しているということは武官なのだろう。城内では武官位を持つ者と城主一族、特別に許可を得た者以外、武器の所持が禁止されている。
「乱兄……?」
与羽は知らない人がいることもあり、控え目に呼びかけた。
「へぇ? その子が妹?」
乱舞がこちらを見るよりも早く、少年武官が声を上げた。次の瞬間、大股で与羽の目の前までやって来る。
「!」
彼の俊敏な動きと大きな体に圧倒されて、与羽は思わずあとずさった。やはり知らない人だ。しかし、日の光を浴びて濃い紫に見える瞳の色から、城主一族と縁のある人物だと察せる。
「遠目では見たことあったけど、かわいいな」
少年の手が与羽へ伸びた。硬い指が無遠慮に与羽のほほに触れる。
「あ、ありがとうございます」
あどけなさの残るぷっくりしたほほを突かれながらも、与羽は自分を褒める言葉に礼を言った。
「珍しいね。大斗が他人に興味を持つなんて」
そう感想を述べる乱舞は、いつもの穏やかな笑顔を保ちつつも、少年の腕を掴んで与羽から引き剥がそうとしている。
「お前の妹なら他人じゃないでしょ? この子、結構胆がすわってるね。気の強い奴は好きだよ」
大斗は乱舞に促されて与羽から手を離した。しかし、彼女への干渉は終わっていない。与羽に触れるのはやめたものの、膝をついて与羽と顔の高さを合わせてくる。すぐ目の前に寄せられた顔に与羽は軽く身をのけぞらせた。
「逃げないの?」
彼の口からそんな問いが発された。
「逃げるって、どうしてですか?」
与羽には、その質問の意図がわからない。
「ふふっ、そっか……」
大斗は自分の強面をきょとんと見つめ返す与羽を、満足そうに眺めた。口の端が、機嫌良く釣り上がっている。
「乱舞、この子嫁にもらって良い?」
そんなことを口走るほど、小さな姫君が気に入ったらしい。
「……手順というものを踏んでくれる?」
問いかけられた乱舞は呆れ調子だ。
「与羽は君の名前すら知らん。自己紹介をしたら、少しずつ仲良くなって、与羽がその気になったらもう一度来てよ」
事務的な口調だった。
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