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外伝:風水炎舞 -フウスイエンブ-
序章二節 - 自分の世界
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「アメの家、真逆方向じゃん」
アメの住む漏日家は、西に広がる山地帯のふもとにある。一方の中州城は、城下町の東端。
「ラメを送るついでだし、一人になったら馬で帰るから心配しないで」
アメは幼い顔にめいいっぱい明るい笑みを浮かべて自分の胸を叩いた。ちなみに、ラメとは辰海が与羽を任せようとした少女――月日蘭明のあだ名だ。与羽の名前が二文字だからか、この教室内の子どもたちは親しい相手の名前を二文字に縮めて呼び合うことが多い。
「与羽、行こ!」
アメとラメに無理やり立たされ、与羽は連れていかれようとしている。不満そうにしつつも、目に見える抵抗は示さない。どうすればいいのかわからない。彼女の見せる戸惑いはそうとれた。
「たつ、またあとで」
それでも、去り際に与羽は辰海に向かって手を振った。ちゃんとあいさつするようにと、教えられてきたから。
「……うん」
それにうなずいて、辰海は再び教本を開く。隣で元気に笑う与羽がいなくなると、世界は途端に暗くなる。
「古狐、中州を先に帰すとか珍しいな」
与羽の退室で崩れた輪から、何人かの男女がやってきた。与羽がいなくても、辰海の周りには人が集まってくれるのか。嬉しい気づきだ。
「黒耀」
辰海は年相応の明るい笑みを浮かべて、声の主を見上げた。
「仁でいいって言ってんだろ」
黒耀仁は気安く辰海の肩に手を回して、密談の体勢に入る。
「なんだ? 中州とけんかでもしたのかぁ?」
仁は辰海の耳元で小さく尋ねた。辰海の周りに集まった人々も興味津々で身を乗り出している。どうやら辰海目当てではなく、辰海と与羽の関係が気になるようだ。結局彼らの中心は与羽なのか。
「違うよ。たまには一人でいたいなって思っただけ」
辰海は落胆を隠しながら答えた。
「ふーん?」
仁は顎に手を当てて首をかしげている。どうやら、辰海の回答に納得していないらしい。
「ぶちゃけさ、お前中州のことどう思ってんの?」
「どうって?」
辰海は聞き返す。その仕草から、本気で何を問われているのか分からないのだと仁は察した。
「お前、何であの妻大好き親父のそばにいて、こういうことには疎いかなぁ」
ため息混じりに言う。
「つまりよ。お前中州のこと好きなんだろ? って話だよ」
彼らのほとんどは今年で十二歳。その中には、すでに結婚が決まっている者もいる。恋愛話が身近になってきてもおかしくない。
「好きって、どう言う――?」
しかし、辰海のような例外もいた。
「よく考えてみろよ、古狐。好きなんだろ? 中州を名前で呼ぶ男はお前だけだぜ。そういう気持ちがないって思うほうが難しいだろ?」
「そんなことないよ」
そう言いつつ、辰海は本当にそうなのかと自問する。
与羽のことは好きだと思う。ただ、それが友人や兄弟に感じるような愛情なのか、もっと違う意味を持っているものなのか分からない。物心ついた時から、与羽が近くにいるのが当たり前の世界で生きてきた。しかし、先ほどのように彼女を疎ましく思う時もある。
そして、色恋を考えられるほど辰海の精神はまだ大人ではなかった。
「じゃあ、お前中州のこと好きじゃないのか?」
仁にそう問われて、一番に出た感情は拒絶だった。
「そうだよ」
辰海は答えた。与羽のことは好きだが、少し嫌いでもある。物語に描かれているような、きれいで幸せな好意ではない。だから、仁が求める「好き」とは違う。腐れ縁と言う表現が近いだろうか。
「ホントに!?」
仁は目を見開いた。相当意外な答えだったらしい。その反応に、辰海はむっとした。
「いつも一緒にいるからって、そういう目で見ないでくれる? 僕は与羽の付属品じゃない」
自分で言って、すごくしっくりくる表現だと思った。父が与羽を大切にするから、辰海の方が少しだけお兄さんだから、与羽と当たり前に行動してきた。辰海の世界の中心には与羽がいた。しかし、改めて考えると変な話だ。自分の中心には、自分がいるべきではないだろうか。
「僕は、僕だけのものだから」
自分は筆頭文官家「古狐」の次期当主。数ヶ月後の官吏登用試験は、首席で通過する。それは願望ではなく、絶対に実行する必要がある事実。
――そうだ、与羽がいると思ったように行動できない時があるし、いない方が良い。
今与羽を切り離さなければ、彼女の存在はきっと辰海を惑わせる。文官となり、大臣となる辰海の障害になるかもしれない。今のようにあらぬ誤解を生むのも良くない。
不機嫌な顔をして思案を巡らせる辰海とは対照的に、仁はとてもうれしそうだ。
「そうか。じゃあ安心しな。俺たちが中州を引き受けてやるよ」
「ありがとう」
与羽と距離を置けるならちょうど良い。辰海は、仁の言葉の意味を深く考えることなくうなずいた。
アメの住む漏日家は、西に広がる山地帯のふもとにある。一方の中州城は、城下町の東端。
「ラメを送るついでだし、一人になったら馬で帰るから心配しないで」
アメは幼い顔にめいいっぱい明るい笑みを浮かべて自分の胸を叩いた。ちなみに、ラメとは辰海が与羽を任せようとした少女――月日蘭明のあだ名だ。与羽の名前が二文字だからか、この教室内の子どもたちは親しい相手の名前を二文字に縮めて呼び合うことが多い。
「与羽、行こ!」
アメとラメに無理やり立たされ、与羽は連れていかれようとしている。不満そうにしつつも、目に見える抵抗は示さない。どうすればいいのかわからない。彼女の見せる戸惑いはそうとれた。
「たつ、またあとで」
それでも、去り際に与羽は辰海に向かって手を振った。ちゃんとあいさつするようにと、教えられてきたから。
「……うん」
それにうなずいて、辰海は再び教本を開く。隣で元気に笑う与羽がいなくなると、世界は途端に暗くなる。
「古狐、中州を先に帰すとか珍しいな」
与羽の退室で崩れた輪から、何人かの男女がやってきた。与羽がいなくても、辰海の周りには人が集まってくれるのか。嬉しい気づきだ。
「黒耀」
辰海は年相応の明るい笑みを浮かべて、声の主を見上げた。
「仁でいいって言ってんだろ」
黒耀仁は気安く辰海の肩に手を回して、密談の体勢に入る。
「なんだ? 中州とけんかでもしたのかぁ?」
仁は辰海の耳元で小さく尋ねた。辰海の周りに集まった人々も興味津々で身を乗り出している。どうやら辰海目当てではなく、辰海と与羽の関係が気になるようだ。結局彼らの中心は与羽なのか。
「違うよ。たまには一人でいたいなって思っただけ」
辰海は落胆を隠しながら答えた。
「ふーん?」
仁は顎に手を当てて首をかしげている。どうやら、辰海の回答に納得していないらしい。
「ぶちゃけさ、お前中州のことどう思ってんの?」
「どうって?」
辰海は聞き返す。その仕草から、本気で何を問われているのか分からないのだと仁は察した。
「お前、何であの妻大好き親父のそばにいて、こういうことには疎いかなぁ」
ため息混じりに言う。
「つまりよ。お前中州のこと好きなんだろ? って話だよ」
彼らのほとんどは今年で十二歳。その中には、すでに結婚が決まっている者もいる。恋愛話が身近になってきてもおかしくない。
「好きって、どう言う――?」
しかし、辰海のような例外もいた。
「よく考えてみろよ、古狐。好きなんだろ? 中州を名前で呼ぶ男はお前だけだぜ。そういう気持ちがないって思うほうが難しいだろ?」
「そんなことないよ」
そう言いつつ、辰海は本当にそうなのかと自問する。
与羽のことは好きだと思う。ただ、それが友人や兄弟に感じるような愛情なのか、もっと違う意味を持っているものなのか分からない。物心ついた時から、与羽が近くにいるのが当たり前の世界で生きてきた。しかし、先ほどのように彼女を疎ましく思う時もある。
そして、色恋を考えられるほど辰海の精神はまだ大人ではなかった。
「じゃあ、お前中州のこと好きじゃないのか?」
仁にそう問われて、一番に出た感情は拒絶だった。
「そうだよ」
辰海は答えた。与羽のことは好きだが、少し嫌いでもある。物語に描かれているような、きれいで幸せな好意ではない。だから、仁が求める「好き」とは違う。腐れ縁と言う表現が近いだろうか。
「ホントに!?」
仁は目を見開いた。相当意外な答えだったらしい。その反応に、辰海はむっとした。
「いつも一緒にいるからって、そういう目で見ないでくれる? 僕は与羽の付属品じゃない」
自分で言って、すごくしっくりくる表現だと思った。父が与羽を大切にするから、辰海の方が少しだけお兄さんだから、与羽と当たり前に行動してきた。辰海の世界の中心には与羽がいた。しかし、改めて考えると変な話だ。自分の中心には、自分がいるべきではないだろうか。
「僕は、僕だけのものだから」
自分は筆頭文官家「古狐」の次期当主。数ヶ月後の官吏登用試験は、首席で通過する。それは願望ではなく、絶対に実行する必要がある事実。
――そうだ、与羽がいると思ったように行動できない時があるし、いない方が良い。
今与羽を切り離さなければ、彼女の存在はきっと辰海を惑わせる。文官となり、大臣となる辰海の障害になるかもしれない。今のようにあらぬ誤解を生むのも良くない。
不機嫌な顔をして思案を巡らせる辰海とは対照的に、仁はとてもうれしそうだ。
「そうか。じゃあ安心しな。俺たちが中州を引き受けてやるよ」
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