龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  第三部 - 終章

終章二節 - 似た者同士

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「お前が中州でどう生きたいのか、それを知りたい。このまま薬師くすし家や城下町で町人として暮らすのか、他の生き方を希望するのか――」

 薬師家でずっと暮らせるのなら、幸せだ。人々のけがや病気を治療し、時には与羽ようや仲間たちと語らって――。薬師家ならば、比呼ひこの薬学知識も活かせる。

「…………」

 比呼はそう答えようとして、口を閉じた。本当にそれでいいのだろうか。今も昔も、自分の未来を真剣に考えたことなどなかった。昔はわかり切った将来を改めて考える必要などなかったから。今は新しい世界に慣れるのに必死で――。

「これは俺の勝手な希望だが、お前の能力には素晴らしい使い方があると考えている。昨日、凍った池から子どもを救ったように」

 絡柳らくりゅうは茶菓子を口に運びながら言った。会話以外の行動をすることで、気楽な雰囲気を出そうとしている。瞳に影を落とした比呼にはあまり効いていなかったが。絡柳は比呼が間諜や暗殺者として鍛えた技術をもっと活用することを望んでいるらしい。

華金かきんをさぐる間諜をすればいいですか?」

 比呼の声が低くなった。

 結局、またあの闇に戻ることになりそうだ。憂鬱ではあるが、仕方ないことなのかもしれない。どれだけ光にあこがれても、この体に染みついた闇が消えることはない。比呼は心の底からかつて「暗鬼あんき」と名乗っていた頃の自分を呼び出した。人格を切り替えて使い分けるのだ。今の日溜りのような幸せと、あの殺伐とした記憶を混ぜたくない。

「そこまでは言わないさ。たぶん、お前が華金に戻るのは危険だろう。お前を知る者に見つかるかもしれない」

 絡柳は比呼の表情の変化に何を感じているのだろう。くつろいだ姿勢を貫く彼からはわからない。

「……意外と思いやり深いんですね」

「『意外と』は余計だ」

 冗談を言うような、明るい声での指摘。しかし、比呼のほほはピクリとも動かない。

「……悪い。お前には真面目に話した方が向いているかもしれないな」

 絡柳は自分の茶器に視線を落とした。

「これは城主からの命令でも何でもない。俺個人からの協力依頼だ。お前に無理強いする気はないし、断ってくれても構わない。断る気なら遠慮なく言ってくれ。これ以上余計な話はせずに帰る」

「断りませんよ。僕の能力が国の役に立つのは、わかっていますから」

 比呼は感情を殺して笑みを見せた。

「……ありがとう。またいつ昔のお前のような人間が、乱舞らんぶや与羽を手にかけに来ないとも限らない。俺たちと一緒に、彼らやこの国を守って欲しい」

 少し安堵したような絡柳の言葉に、深く沈めていたはずの心が揺れた。

 ――そうか。僕の能力は、今の幸せを守るために使われるのか。

 心を隔てる壁が高すぎて、失念していた。与羽やナギやこの町の盾になるのなら、闇の中で生きるのも悪くないかもしれない。

「何をすれば良いですか?」

 少し希望が見えた。

「お前のやりたいことで良い。中州の間諜に助言や教育を施してくれれば助かるし、城下町や城に怪しい奴がいないか目を光らせてくれるだけでも違う」

 人を欺いたり、殺したりする必要はないのか。絡柳が提示した例はどれも易しい。

「人を殺すのは一瞬だが、人を守るのは一生だ。お前が続けられる程度で頼む」

「『人を守るのは一生』……。良い言葉ですね」

 今度の比呼の笑みには、感情がこもっていたように思う。

「そうだろう」と絡柳は得意げだ。

「もしかするとこちらから何か頼むことがあるかもしれないが、それまでは今まで通り自由に暮らしてくれ。もし気づいたことがあれば、俺に報告してもらえると助かる」

「わかりました」

 比呼は「暗鬼」の余韻を残したままうなずいた。

「中州は小さい国だが、だからこそささいな不和も見逃せない。中州の伝説に、龍神水主みなぬしが小石ひとつで川の流れを変えた話がある。ちょっとしたきっかけから、国全体がおびやかされるかもしれない。それを防ぐのが俺たちの仕事だ。時には、汚い手も使ってな」

「はい」

「だが、お前の独断で手を汚すのはなしだ。何かあれば、俺も片棒を担いでやらんこともない」

 絡柳は大切なもののためならば、清濁合わせ飲める人間だ。とても現実的で、効率重視。しかし、何よりも――。

「それは、僕の行動の責任を大臣が取ってくださると言うことですか?」

 厳格な雰囲気に反して、その心根は慈愛に満ちている。彼もこのあたたかな国の一員なのだと改めて思った。

「本当に必要だと納得できる場合だけだがな。不適だった場合は……、まぁ、その時だ」

「大丈夫です。大臣の手を煩わせることは極力避けます」

 絡柳の言葉に、比呼はうなずいた。彼はあえて言葉をあいまいにしたが、その瞳にこもる光は、比呼を脅すように鋭くて暗い。裏切ればただでは済まさない。彼の見せる冷たい覚悟は、比呼にそう告げていた。
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