龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
上 下
109 / 201
  第三部 - 終章

終章一節 - 久方の面談

しおりを挟む
【終章】


 翌日、薬師くすし家に珍しい来客があった。

水月すいげつ大臣、お茶けは甘いものでも大丈夫ですか?」

「ああ、お構いなく」

 丁寧なナギの問いかけに、いつもの堅苦しい調子で答えるのは水月絡柳らくりゅう文官第五位。家紋のない略式の正装をした彼は、官吏の仕事の一環としてここを訪れたらしい。

「あたしはお菓子は甘いものでいいかって聞いてるんです!」

 茶菓子を断ろうとした絡柳に、凪は語気を強めた。

「あ、ああ。大丈夫だ。……ありがとう」

「絡柳くんは水月大臣になっても、自分のことばっかり」

 絡柳の返答に凪は小声で文句を言いながら、すでに準備していた茶と茶菓子を並べている。客間の机の上に置かれたのは二人分だけだ。絡柳は比呼ひこに内密な相談があるらしい。

「患者さんや奉公人が近づかないよう目を光らせておきますので、ごゆっくりお話しください。――比呼、何かあったらすぐに呼んでね」

「う、うん」

 何事もないと思うが、比呼は彼女の気遣いにうなずいた。

「……凪那なぎなさんとは学問所の同期なんだ。彼女の方が一つ下だが」

 きびきび動く凪の背を見送りながら、絡柳が教えてくれる。彼は比呼と同じ二十代半ば。髪が長い点をはじめ、比呼とは似たところが多いかもしれない。

「なんだ?」

 観察するような比呼の視線に気づいて、絡柳が顎を上げた。その口元には挑発的な笑みが浮かんでいる。

「いえ、なんでも……」

 比呼は慌ててうつむいた。

居候いそうろうとはいえ、お前ももうここの家人だろう。もう少し堂々としてもいいんじゃないか?」

「でも、水月大臣は大臣ですし、僕は、……罪人ですし」

 歳や背格好、髪の長さが近くても、立場は雲泥の差だ。

「元、だろう。まさかお前、俺がまた尋問しに来たとでも思っているのか?」

 絡柳は言いながら姿勢を崩した。脇に置いていた刀を部屋の隅に転がし、足を投げ出して手を後ろにつく。その姿はくつろいでいるように見えた。

「名目は、『昨日、子どもを救うために池に飛び込んだ件で詳しい話を聞きに来た』だが、本音はお前個人と話してみたくなったんだ。半分は仕事だが、半分は趣味や興味の類だと思ってくれて良い」

「はい」

 一体どんな話をするつもりだろうか。思案を巡らせる比呼は、絡柳ほどくつろげない。

「だが、本題の前に、一応『体調はどうだ』と聞いておこう」

「まったく問題ありません」

 比呼は答えた。体の震えも凍傷もなく、至って平常通りだ。

「それならよかった」

「僕に何かあれば、水月大臣が与羽ように怒られるんでしたよね?」

 真面目で厳しい雰囲気を纏う彼が中州の姫君に叱られるところを想像して、比呼は緊張しながらも少し笑いそうになった。できることならば見てみたい。

「根拠はないが、そんな予感はしている……」

 絡柳は片手で短い前髪をかき乱した。

「それで、本題というのは――?」

 この話はもう十分だろう。絡柳が多忙であることは知っていたので、比呼は早めに彼が来た理由を尋ねた。

「冬の間の暮らしぶりを千斗せんとから聞いた」

「はい」

 何か問題ある行動をしていただろうか。一抹の不安が比呼の胸をよぎる。

「少しは城下町での暮らしに慣れてきたのではないかと思うが、どうだ?」

 絡柳は手を前髪にあてたまま、片目だけで比呼を見た。

「そうですね。少しずつですが……」

 少しずつ比呼に気を許す人々が増えてきたように感じる。絡柳は小さくうなずいた。

「あと半月もしない間に与羽が帰ってくる。それまでに、お前の今後を決めておきたかったんだ。与羽が関わるとお前の意思よりもあいつの気持ちが優先されそうだったからな」

「今後……、というのは」

 比呼は慎重に尋ねた。それはつまり、今とは違う何かを求めているということだ。

「そんな不安そうな顔をするな」

 絡柳は淡い笑みを浮かべている。あいかわらず厳しい雰囲気を纏っているが、目元は穏やかでやさしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり
ファンタジー
 ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。  しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。  王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。    身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。    翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。  パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。  祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。  アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。  「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」    一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。   「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。 ****** 不定期更新になります。  

捨てられ更衣は、皇国の守護神様の花嫁。 〜毎日モフモフ生活は幸せです!〜

伊桜らな
キャラ文芸
皇国の皇帝に嫁いだ身分の低い妃・更衣の咲良(さよ)は、生まれつき耳の聞こえない姫だったがそれを隠して後宮入りしたため大人しくつまらない妃と言われていた。帝のお渡りもなく、このまま寂しく暮らしていくのだと思っていた咲良だったが皇国四神の一人・守護神である西の領主の元へ下賜されることになる。  下賜される当日、迎えにきたのは領主代理人だったがなぜかもふもふの白い虎だった。

魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~

村雨 妖
恋愛
 森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。  ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。  半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。 ※誤字脱字、名前間違い、よくやらかします。ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))9万字弱です。珍しく、ほぼ書き終えていまして、(´艸`*)あとは地の文などを書き足し、手直しするのみ。ですので、話のフラグ、これから等にお答えするのは難しいと思いますが、予想はwelcomeです。もどかしい展開ですが、ヒロイン、ヒロイン側の否定はお許しを…お楽しみください<(_ _)>

異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)

ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。 流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定! 剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。 せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!? オマケに最後の最後にまたもや神様がミス! 世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に なっちゃって!? 規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。 ……路上生活、そろそろやめたいと思います。 異世界転生わくわくしてたけど ちょっとだけ神様恨みそう。 脱路上生活!がしたかっただけなのに なんで無双してるんだ私???

処理中です...