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第三部 - 二章 三冬尽く
二章八節 - 日溜り氷を解く
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しばらく肩に担がれて揺れを感じていると、不意に体が暖かい空間に入った。日のあたる場所に出たらしい。
「おっ?」
何かを見つけた北斗が声を上げるが、やはり比呼には見えない。しかし、推測する必要もなく呟いてくれた。
「雷のガキに水月大臣、あの童顔チビは漏日んとこのか」
雷のガキとは雷乱のことだろう。そして比呼とも面識ある水月絡柳大臣と、後の一人は分からない。
「お前……、九鬼の――、何でここに――?」
合流した雷乱が、息を切らせながら言う。
「もう十分か」
北斗は少年を雷乱に渡したあと、比呼を降ろした。足を地面に叩きつけるような乱暴な降ろし方に、内臓が大きく揺れる。一瞬吐き気を感じたが、文句を言う余裕もなくその場に座り込んでしまった。安心したのかもしれない。
北斗は置いてきた竿を取りに行くようで、きびすを返してもと来た道を引き返していく。
「凪も……呼ぶよう、使いを出したからな」
それを見送る比呼に、雷乱が荒れた息を整えながら教えてくれた。
彼の後ろに立つ二人の男も程度の差はあるが、同様に息が上がっている。特に初対面の少年はひどく汗を流し、しきりに息をついていた。もう一人――絡柳は、数回深く呼吸しただけで落ち着いたのか、今は余裕の表情で額の汗をぬぐうのみだ。そういえば、彼は大臣でありながら上級武官位も持っているのだったか。
「……ありがとう」
比呼は、できるだけ声を震わせないように努力して答えた。
日があたる場所でも、冷えた体は寒気を訴え続けている。それを察してか、絡柳が持って来た薪に火をつけてくれた。
「ひどく目立つことをしたな」
彼は自分の上着を比呼に着せ掛けながら、低く言う。
「すみません……」
比呼は徐々に大きくなる火の近くで身を縮めた。
絡柳と会うのは約三ヶ月ぶり。比呼が牢を出た後に行われた最後の尋問以来だ。彼は、城下町に残りたいと言った比呼と一ヶ月以上も向き合ってくれた。時間と労力をかけて、尋問と洗脳を行いながら、根気強く。彼が許可を出してくれたから、比呼は今ここにいられると言っても過言ではない。
「水月大臣にご迷惑をかけるつもりはなかったのですが……」
「ん? 俺は迷惑だなんて一言も言ってないぞ」
絡柳は首を傾げた。
「良い方向に目立つのなら、お前にとってはよかったんじゃないか? 与羽も鼻が高いだろう」
にやりと笑う様子は、男性らしさが目立って二枚目だ。
「えっと……、ありがとうございます」
「これからも、俺の選択は間違っていなかったと思い続けさせてくれ」
絡柳は比呼にだけ聞こえる小声でささやいた。比呼の素性を晒さないように配慮したのだろう。比呼も彼に倣って、小さく頷くだけの反応に留めることにした。
「……あの、少年の方は」
自分達の話はもう十分だと判断して、比呼は火の向かい側に座る少年を案じた。一緒に遊んでいた子どもたちに囲まれ、大きく震えている。彼の方が長い時間凍った池に浸かっていたのだから、無理もない。
「アメ、そっちはどうだ?」
比呼のために、絡柳は少年の様子を見ている官吏に呼びかけた。
「寒がっていますが、体が温まれば大丈夫です。凍傷もありません」
そんな答えが返ってくる。
「彼は漏日天雨。優秀な上級文官だ。たしか、与羽や辰海君とは学問所の同期だったはずだな。辰海君同様、有名文官家の出身だから、仲良くしておくと良い」
絡柳は比呼のために彼の紹介もしてくれた。
「はじめまして。『アメ』って呼んでください」
比呼は昔の癖で、彼の観察をしていた。
北斗がそう呼んでいたように童顔で、よく日に焼けた肌とも相まって、子どものように見える。背もあまり高くない。与羽たちの同期ということは、十七歳くらいか。明るく優しい面差しで、親しみやすい雰囲気だった。腰に短い刀が一本挿さっているが、実用ではなく官吏としての身だしなみの一環。飾りだろう。その横にある青い拝玉は上級文官の証明。絡柳の腰にも似たようなものがある。
「えっと、比呼です」
比呼も名乗った。寒さで声が震えている。炎と乾いた着物のおかげで少しずつ熱を取り戻しつつあるが、本調子には程遠い。
「よろしくお願いします」
アメはにっこり笑った。童顔と笑顔が相まって、とても愛嬌がある。
「おっ?」
何かを見つけた北斗が声を上げるが、やはり比呼には見えない。しかし、推測する必要もなく呟いてくれた。
「雷のガキに水月大臣、あの童顔チビは漏日んとこのか」
雷のガキとは雷乱のことだろう。そして比呼とも面識ある水月絡柳大臣と、後の一人は分からない。
「お前……、九鬼の――、何でここに――?」
合流した雷乱が、息を切らせながら言う。
「もう十分か」
北斗は少年を雷乱に渡したあと、比呼を降ろした。足を地面に叩きつけるような乱暴な降ろし方に、内臓が大きく揺れる。一瞬吐き気を感じたが、文句を言う余裕もなくその場に座り込んでしまった。安心したのかもしれない。
北斗は置いてきた竿を取りに行くようで、きびすを返してもと来た道を引き返していく。
「凪も……呼ぶよう、使いを出したからな」
それを見送る比呼に、雷乱が荒れた息を整えながら教えてくれた。
彼の後ろに立つ二人の男も程度の差はあるが、同様に息が上がっている。特に初対面の少年はひどく汗を流し、しきりに息をついていた。もう一人――絡柳は、数回深く呼吸しただけで落ち着いたのか、今は余裕の表情で額の汗をぬぐうのみだ。そういえば、彼は大臣でありながら上級武官位も持っているのだったか。
「……ありがとう」
比呼は、できるだけ声を震わせないように努力して答えた。
日があたる場所でも、冷えた体は寒気を訴え続けている。それを察してか、絡柳が持って来た薪に火をつけてくれた。
「ひどく目立つことをしたな」
彼は自分の上着を比呼に着せ掛けながら、低く言う。
「すみません……」
比呼は徐々に大きくなる火の近くで身を縮めた。
絡柳と会うのは約三ヶ月ぶり。比呼が牢を出た後に行われた最後の尋問以来だ。彼は、城下町に残りたいと言った比呼と一ヶ月以上も向き合ってくれた。時間と労力をかけて、尋問と洗脳を行いながら、根気強く。彼が許可を出してくれたから、比呼は今ここにいられると言っても過言ではない。
「水月大臣にご迷惑をかけるつもりはなかったのですが……」
「ん? 俺は迷惑だなんて一言も言ってないぞ」
絡柳は首を傾げた。
「良い方向に目立つのなら、お前にとってはよかったんじゃないか? 与羽も鼻が高いだろう」
にやりと笑う様子は、男性らしさが目立って二枚目だ。
「えっと……、ありがとうございます」
「これからも、俺の選択は間違っていなかったと思い続けさせてくれ」
絡柳は比呼にだけ聞こえる小声でささやいた。比呼の素性を晒さないように配慮したのだろう。比呼も彼に倣って、小さく頷くだけの反応に留めることにした。
「……あの、少年の方は」
自分達の話はもう十分だと判断して、比呼は火の向かい側に座る少年を案じた。一緒に遊んでいた子どもたちに囲まれ、大きく震えている。彼の方が長い時間凍った池に浸かっていたのだから、無理もない。
「アメ、そっちはどうだ?」
比呼のために、絡柳は少年の様子を見ている官吏に呼びかけた。
「寒がっていますが、体が温まれば大丈夫です。凍傷もありません」
そんな答えが返ってくる。
「彼は漏日天雨。優秀な上級文官だ。たしか、与羽や辰海君とは学問所の同期だったはずだな。辰海君同様、有名文官家の出身だから、仲良くしておくと良い」
絡柳は比呼のために彼の紹介もしてくれた。
「はじめまして。『アメ』って呼んでください」
比呼は昔の癖で、彼の観察をしていた。
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「えっと、比呼です」
比呼も名乗った。寒さで声が震えている。炎と乾いた着物のおかげで少しずつ熱を取り戻しつつあるが、本調子には程遠い。
「よろしくお願いします」
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