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第三部 - 二章 三冬尽く
二章五節 - 氷を出ずる
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「春だね」
比呼はため息混じりに呟いた。そこで自分の息が白くならないことに気付いた。
「だから、そう言っただろ?」
どこか得意げに雷乱。
「でも、北側は冬なんだよね」
そう言いながら丘の頂を横切り、反対側を眺める。
「やっぱり……」
こちら側にはまだ雪が残っていた。
「二つの季節を同時に堪能できて、お得じゃねぇか」
春と冬の境目で一喜一憂する比呼の肩を雷乱はバシバシ叩いた。
「雷乱って、前向きだね」
彼の発言は、比呼にとってまったく新しい考え方だ。
「昔、小娘がそう言ったんだよ」
「あぁ、納得」
確かに無邪気な与羽ならそう考えるに違いない。冬が終わる寂しさも、春が来る喜びも、今しか感じられないもの。それならば、全力で楽しむ。与羽ならばきっとそうするのだろう。
比呼は小さく息を吐いて、目の前に広がる冬を楽しんだ。大地に残る雪。城下町の西を通る街道は丁寧に除雪され、雪が小山に積み上げられている。丘の雪が放射状に削れて地面を見せているのは、子どもたちがそりで滑った名残だろう。
丘の陰にある池もまだ凍っていた。氷の上で子どもたちが遊んでいる。くるくる回ったり、競走したり――。
「楽しそうだな」
比呼はつぶやいた。
「半月早く言ってりゃぁ、滑れたのによ。真冬なら大人でも乗れるくらい丈夫だぜ」
「来年、遊ぼう」
その頃には、もっとこの国と町に馴染めているはずだ。
「そうだな。小娘たちも誘おう」
雷乱はうなずいた。
会話をしながら、氷の上で遊ぶ子どもたちを眺めた。まだ弱々しいが、太陽の光は確実に二人の背を暖めてくれている。
しかし、その時――。
凍っているはずの池から小さな飛沫があがった。音はない。遠かったので、聞こえなかったのだ。しかし、人影がひとつ消えるのははっきり見えた。
「おい落ちたぞ!」
雷乱がとっさに叫ぶ。
雷乱も比呼も一瞬で何が起こったか察して、池の方へと丘の斜面を滑り降りはじめた。雪に足を取られるが、体の均衡をなんとか保つ。斜面はなだらかなので、比呼の身体能力を駆使すれば難易度はさほど高くない。
雪の上を滑り、地面を駆けて、池のふちまでたどり着いた。
幼い子どもたちが呆然と並んでいる。
比呼は彼らにけががなさそうなことを目視で確認し、池の中央に視線を向けた。氷に空いた小さな穴。穴の中には子どもがひとり――。
池に落ちたのは、氷を踏み抜いたその一人だけらしい。他の子どもは皆安全な場所へ避難している。
年長者らしき十歳ほどの少年が、池の中へ助けに行こうとする子どもを捕まえながら、仲間たちに人を呼びにいくよう指示を出していた。
「まずいな……」
追いついてきた雷乱が、憎々しげに顔をゆがめる。
「おい、オレが月日の屋敷に人を呼びに行ってくるから――。って、お前何をするつもりだ?」
比呼は上着を脱ぎ、その場に投げ捨てていた。
「早く助けないと!」
それだけ叫んで、そっと凍った池へと足を踏み出す。
「バカ、やめろ」
雷乱は比呼を止めようとしたが、氷の張った池へは踏み出さない。長身で大柄な雷乱が乗れば、氷が割れてしまうかもしれないと思ったのだ。
「雷乱は人を呼んできて」
細身の比呼は慎重に池の中心に歩みながら叫んだ。
「くっそ……」
雷乱は悪態をつきながらも、すばやくきびすを返す。
「いいか? オレが人を呼びに行ってくる。お前たちは間違っても池に近づくんじゃないぞ」
周りに集まっていた子どもたちに厳しく言って、雷乱は駆け出した。
比呼はため息混じりに呟いた。そこで自分の息が白くならないことに気付いた。
「だから、そう言っただろ?」
どこか得意げに雷乱。
「でも、北側は冬なんだよね」
そう言いながら丘の頂を横切り、反対側を眺める。
「やっぱり……」
こちら側にはまだ雪が残っていた。
「二つの季節を同時に堪能できて、お得じゃねぇか」
春と冬の境目で一喜一憂する比呼の肩を雷乱はバシバシ叩いた。
「雷乱って、前向きだね」
彼の発言は、比呼にとってまったく新しい考え方だ。
「昔、小娘がそう言ったんだよ」
「あぁ、納得」
確かに無邪気な与羽ならそう考えるに違いない。冬が終わる寂しさも、春が来る喜びも、今しか感じられないもの。それならば、全力で楽しむ。与羽ならばきっとそうするのだろう。
比呼は小さく息を吐いて、目の前に広がる冬を楽しんだ。大地に残る雪。城下町の西を通る街道は丁寧に除雪され、雪が小山に積み上げられている。丘の雪が放射状に削れて地面を見せているのは、子どもたちがそりで滑った名残だろう。
丘の陰にある池もまだ凍っていた。氷の上で子どもたちが遊んでいる。くるくる回ったり、競走したり――。
「楽しそうだな」
比呼はつぶやいた。
「半月早く言ってりゃぁ、滑れたのによ。真冬なら大人でも乗れるくらい丈夫だぜ」
「来年、遊ぼう」
その頃には、もっとこの国と町に馴染めているはずだ。
「そうだな。小娘たちも誘おう」
雷乱はうなずいた。
会話をしながら、氷の上で遊ぶ子どもたちを眺めた。まだ弱々しいが、太陽の光は確実に二人の背を暖めてくれている。
しかし、その時――。
凍っているはずの池から小さな飛沫があがった。音はない。遠かったので、聞こえなかったのだ。しかし、人影がひとつ消えるのははっきり見えた。
「おい落ちたぞ!」
雷乱がとっさに叫ぶ。
雷乱も比呼も一瞬で何が起こったか察して、池の方へと丘の斜面を滑り降りはじめた。雪に足を取られるが、体の均衡をなんとか保つ。斜面はなだらかなので、比呼の身体能力を駆使すれば難易度はさほど高くない。
雪の上を滑り、地面を駆けて、池のふちまでたどり着いた。
幼い子どもたちが呆然と並んでいる。
比呼は彼らにけががなさそうなことを目視で確認し、池の中央に視線を向けた。氷に空いた小さな穴。穴の中には子どもがひとり――。
池に落ちたのは、氷を踏み抜いたその一人だけらしい。他の子どもは皆安全な場所へ避難している。
年長者らしき十歳ほどの少年が、池の中へ助けに行こうとする子どもを捕まえながら、仲間たちに人を呼びにいくよう指示を出していた。
「まずいな……」
追いついてきた雷乱が、憎々しげに顔をゆがめる。
「おい、オレが月日の屋敷に人を呼びに行ってくるから――。って、お前何をするつもりだ?」
比呼は上着を脱ぎ、その場に投げ捨てていた。
「早く助けないと!」
それだけ叫んで、そっと凍った池へと足を踏み出す。
「バカ、やめろ」
雷乱は比呼を止めようとしたが、氷の張った池へは踏み出さない。長身で大柄な雷乱が乗れば、氷が割れてしまうかもしれないと思ったのだ。
「雷乱は人を呼んできて」
細身の比呼は慎重に池の中心に歩みながら叫んだ。
「くっそ……」
雷乱は悪態をつきながらも、すばやくきびすを返す。
「いいか? オレが人を呼びに行ってくる。お前たちは間違っても池に近づくんじゃないぞ」
周りに集まっていた子どもたちに厳しく言って、雷乱は駆け出した。
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