92 / 201
第三部 - 一章 雪花舞う
かまくらと薬師凪那[下]
しおりを挟む
「寒さには慣れた?」
「……少しは」
特に今は全身を使って動いているので、ほとんど寒さを感じない。
「早く終わらせて、朝ごはんにしようね」
「そうだね」
比呼はうなずいて、新たな雪に鋤を立てた。あともう少しだ。
その背を、凪はほほをかじかませながらもにっこり笑って見た。長年中州城下町に住んできた人々と比べれば未熟だが、彼の体力と技術は素晴らしい。
除雪は全身を使う重労働であるにもかかわらず、比呼が音を上げることはなかった。ただ、暗い使命から解放されて気が抜けたのか、注意力散漫な時がある。それが、滑って転ぶなどの小さな失敗を生む原因になっているのだろう。
城下町に住む人の中には、比呼の失敗を笑う者もいる。しかし、少し間抜けな方が凪は好きだった。人間らしさを感じるから。完璧な人と一緒にいるのは疲れてしまう。
――この調子なら、きっとすぐに城下町にもなじめるわ。
なんと言っても、与羽が認めた男なのだ。
凪はここよりも寒い北の空の下にいるであろう、妹同然の少女を思い浮かべた。自分を殺そうとした男を許して受け入れ、居場所を与えた姫君。彼女は大雑把なわがまま娘であるにも関わらず、人を見る目はしっかりしている。
敵国出身の雷乱を、自身の護衛として中州に引き入れたのも与羽だった。確かに最初は混乱したものの、その判断が間違っていたと言う者は今では誰もいない。
きっと、比呼の場合もそうだ。
そうでなくては困る。
そもそものきっかけをつくったのは、薪を拾いに入った山で比呼を発見した凪。彼は同情を誘って取り入りやすくするために、山賊に襲われたふりをしたらしい。凪が彼の介抱をしたのは、薬師家で育ち医学に秀でていたこともあったが、一番は彼に同情したからだ。その点で、彼のたくらみは成功していた。与羽や彼女を守る人々の方がやや上手だっただけで――。
本当に比呼が悪いだけの人間であったら、凪は彼に利用された自分を責め続けただろう。
――本当に、良かった。
凪は比呼の華奢な背中を見つめた。
視線を感じたのか、比呼が振り返る。長い黒髪が、白い世界にひるがえった。
「終わったよ!」
その笑顔は緊張が消えて、どんどん魅力的になっている。
「お疲れさま」
凪は中性的な顔に笑みを返した。
「じゃあ、次は庭の雪を端に避けよう。通りに出しても除雪が間に合わないから、春まで庭に溜めておくの」
「了解」
比呼は屋根を滑り降りて、高く降り積もった雪に着地した。もちろん凪は梯子で降りる。
「……比呼って、もしかして与羽に似た気質の人?」
凪が思う以上に、彼はこの冬を楽しんでいるのかもしれない。
「そんな! 与羽に似てるなんて恐れ多い!!」
比呼の否定は予想外に強かった。どうやら彼は与羽に必要以上の畏敬を感じているらしい。
「……でも、好奇心は、強いかも」
小さく付け加えられた言葉に、凪はにっこり笑った。きっと新しい人生を始めたばかりの彼にとって、見えるもの感じるものの多くが新鮮なのだろう。
「よっし、じゃあかまくら作りしよっか!」
「かまくら?」
唐突な提案に、比呼は首をかしげている。
「知ってる?」
「知識として知ってはいるけど……」
「じゃあ、話が早いね。雪を積んで穴を掘るだけ。あ、雪の壁を作っていく方が楽かも」
凪はさっそく道具を持ち換えて、かまくら作成予定地に印をつけ始めた。
「だてに十年与羽に振り回されてきたわけじゃないんだから」
与羽とは、ありとあらゆる遊びをした。あのおてんば姫ほどはうまくできないが、比呼に少しでも多くこの冬の思い出を贈ろう。
「ほら比呼、屋根から落ちた雪をこの線の通りに積んでいって。崩れないようにしっかり固めながらね」
「わ、わかった」
一瞬の驚きののち、比呼の顔に笑顔が浮かんだ。
「いい冬にするぞー」
与羽ならきっとこうするはずだ。凪はこぶしを天に突き上げた。それをきょとんと見つめる比呼。
「ほら、一緒に『おー』ってやるの!」
凪は無理やり比呼の片手を取って、大きく上に挙げた。
「おー!」
「お、おー!」
まだ戸惑いを見せつつも、比呼はわずかに見える頬を寒さと興奮で赤くしている。
この冬くらいは、童心に返って過ごすのも悪くないだろう。楽しい冬はまだまだ続きそうだ。
「……少しは」
特に今は全身を使って動いているので、ほとんど寒さを感じない。
「早く終わらせて、朝ごはんにしようね」
「そうだね」
比呼はうなずいて、新たな雪に鋤を立てた。あともう少しだ。
その背を、凪はほほをかじかませながらもにっこり笑って見た。長年中州城下町に住んできた人々と比べれば未熟だが、彼の体力と技術は素晴らしい。
除雪は全身を使う重労働であるにもかかわらず、比呼が音を上げることはなかった。ただ、暗い使命から解放されて気が抜けたのか、注意力散漫な時がある。それが、滑って転ぶなどの小さな失敗を生む原因になっているのだろう。
城下町に住む人の中には、比呼の失敗を笑う者もいる。しかし、少し間抜けな方が凪は好きだった。人間らしさを感じるから。完璧な人と一緒にいるのは疲れてしまう。
――この調子なら、きっとすぐに城下町にもなじめるわ。
なんと言っても、与羽が認めた男なのだ。
凪はここよりも寒い北の空の下にいるであろう、妹同然の少女を思い浮かべた。自分を殺そうとした男を許して受け入れ、居場所を与えた姫君。彼女は大雑把なわがまま娘であるにも関わらず、人を見る目はしっかりしている。
敵国出身の雷乱を、自身の護衛として中州に引き入れたのも与羽だった。確かに最初は混乱したものの、その判断が間違っていたと言う者は今では誰もいない。
きっと、比呼の場合もそうだ。
そうでなくては困る。
そもそものきっかけをつくったのは、薪を拾いに入った山で比呼を発見した凪。彼は同情を誘って取り入りやすくするために、山賊に襲われたふりをしたらしい。凪が彼の介抱をしたのは、薬師家で育ち医学に秀でていたこともあったが、一番は彼に同情したからだ。その点で、彼のたくらみは成功していた。与羽や彼女を守る人々の方がやや上手だっただけで――。
本当に比呼が悪いだけの人間であったら、凪は彼に利用された自分を責め続けただろう。
――本当に、良かった。
凪は比呼の華奢な背中を見つめた。
視線を感じたのか、比呼が振り返る。長い黒髪が、白い世界にひるがえった。
「終わったよ!」
その笑顔は緊張が消えて、どんどん魅力的になっている。
「お疲れさま」
凪は中性的な顔に笑みを返した。
「じゃあ、次は庭の雪を端に避けよう。通りに出しても除雪が間に合わないから、春まで庭に溜めておくの」
「了解」
比呼は屋根を滑り降りて、高く降り積もった雪に着地した。もちろん凪は梯子で降りる。
「……比呼って、もしかして与羽に似た気質の人?」
凪が思う以上に、彼はこの冬を楽しんでいるのかもしれない。
「そんな! 与羽に似てるなんて恐れ多い!!」
比呼の否定は予想外に強かった。どうやら彼は与羽に必要以上の畏敬を感じているらしい。
「……でも、好奇心は、強いかも」
小さく付け加えられた言葉に、凪はにっこり笑った。きっと新しい人生を始めたばかりの彼にとって、見えるもの感じるものの多くが新鮮なのだろう。
「よっし、じゃあかまくら作りしよっか!」
「かまくら?」
唐突な提案に、比呼は首をかしげている。
「知ってる?」
「知識として知ってはいるけど……」
「じゃあ、話が早いね。雪を積んで穴を掘るだけ。あ、雪の壁を作っていく方が楽かも」
凪はさっそく道具を持ち換えて、かまくら作成予定地に印をつけ始めた。
「だてに十年与羽に振り回されてきたわけじゃないんだから」
与羽とは、ありとあらゆる遊びをした。あのおてんば姫ほどはうまくできないが、比呼に少しでも多くこの冬の思い出を贈ろう。
「ほら比呼、屋根から落ちた雪をこの線の通りに積んでいって。崩れないようにしっかり固めながらね」
「わ、わかった」
一瞬の驚きののち、比呼の顔に笑顔が浮かんだ。
「いい冬にするぞー」
与羽ならきっとこうするはずだ。凪はこぶしを天に突き上げた。それをきょとんと見つめる比呼。
「ほら、一緒に『おー』ってやるの!」
凪は無理やり比呼の片手を取って、大きく上に挙げた。
「おー!」
「お、おー!」
まだ戸惑いを見せつつも、比呼はわずかに見える頬を寒さと興奮で赤くしている。
この冬くらいは、童心に返って過ごすのも悪くないだろう。楽しい冬はまだまだ続きそうだ。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。
生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います
登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」
「え? いいんですか?」
聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。
聖女となった者が皇太子の妻となる。
そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。
皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。
私の一番嫌いなタイプだった。
ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。
そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。
やった!
これで最悪な責務から解放された!
隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。
そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。
異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています
ふじま美耶
ファンタジー
ある日突然、異世界トリップしてしまった ちょっとオタクな私、神崎美鈴、22歳。気付けば見知らぬ原っぱにいたけれど、その一方でステイタス画面は見えるし、魔法も使えるしで、なんだかRPGっぽい!? そこで私はゲームの知識を駆使して、魔法世界にちゃっかり順応。かっこいい騎士さん達と出会い、魔法で異世界人を治療して、「黒の癒し手」って呼ばれるように。一応日本に戻る方法は探してるけど……どうなることやら? ゲームの知識で魔法世界を生き抜く異色のファンタジー!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】聖騎士は、悪と噂される魔術師と敵対しているのに、癒されているのはおかしい。
朝日みらい
恋愛
ヘルズ村は暗い雲に覆われ、不気味な森に囲まれた荒涼とした土地です。村には恐ろしい闇魔法を操る魔術師オルティスが住んでおり、村人たちは彼を恐れています。村の中心には神父オズワルドがいる教会があり、彼もまた何かを隠しているようです。
ある日、王都の大司教から聖剣の乙女アテナ・フォートネットが派遣され、村を救うためにやって来ます。アテナはかつて婚約を破棄された過去を持ち、自らの力で生きることを決意した勇敢な少女です。
アテナは魔人をおびき出すために森を歩き、魔人と戦いますが、負傷してしまいます。その時、オルティスが現れ――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
鎮西八郎為朝戦国時代二転生ス~阿蘇から始める天下統一~
惟宗正史
歴史・時代
鎮西八郎為朝。幼い頃に吸収に追放されるが、逆に九州を統一し、保元の乱では平清盛にも恐れられた最強の武士が九州の戦国時代に転生!阿蘇大宮司家を乗っ取った為朝が戦国時代を席捲する物語。 毎週土曜日更新!(予定)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!
結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)
でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない!
何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ…………
……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ?
え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い…
え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back…
ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子?
無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布!
って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない!
イヤー!!!!!助けてお兄ー様!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる