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第二部 - 六章 龍の涙
六章九節 - 梅の花弁
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四半刻(三十分)ほど、これまでの経緯や空が今日見たものの説明をしたあと、与羽と辰海だけが空とともに月主神殿へ行くことになった。与羽たちは明日の午前に龍頭天駆を離れ、温泉宿に向かうことになる。自分の目で枯れ川の状態を確かめられるのは今しかない。舞行も快く送り出してくれた。
早足で向かった月主神殿の奥には、暖かな湯がたまった滝壺がある。辰海を捜すために何度も通った見慣れた風景だ。そこに流れ込む川の一本。あの時は間違いなく枯れていた川に水が流れていた。
「ほんとじゃん……」
与羽は川の脇にしゃがみ込むと、川底を湿らせる程度の量しかない水に触れた。何を思ったのか、それを自分の口へ運ぶ。
「……しょっぱい」
「え?」
確かに月見川の源流は月主の涙だと言い伝えられている。しかし、本当に涙の味がするものなのだろうか。辰海は慌てて川の水の味を確かめた。
「まぁ、冗談じゃけどね」
辰海が水を付けた自分の指を口に運んだ瞬間、与羽がいたずらっぽく笑んだ。吊り上がった唇の間から、鋭くとがった犬歯が見える。
「な! 与羽!!」
騙された辰海が声を上げた。
「あはははっ」
与羽は自分を捕まえようとする辰海の手を軽い身のこなしでかわしながら、笑いまわっている。
「ふふふっ」
無邪気に駆けまわる二人に、空は笑い声を漏らした。辰海が与羽の腕を捕まえ、「嘘は良くないよ」と文句を言っている。二人の足元には水の戻った小さな川。
空はそこに気になるものを見つけた。大きな落ち葉と一緒に流れてくるもの。
「与羽姫、古狐文官」
空は二人を呼んだ。その指先には、真っ白い花弁が乗っている。
「それは――」
「梅の花びらでしょうか?」
その丸さと大きさから、辰海はそう推測した。石室に梅の花枝を供えたのは半月前だ。そこから落ちて流れてきたにしては、きれいすぎるが……。
「そのようですね」
川上を見ると、一枚、また一枚と白いものがゆっくりと流れてくる。空はそれを丁寧に掬いあげた。そうしていると、さらに花弁が増えてくる。まるで彼の様子を見た誰かが、流しているかのように。不思議な光景だったが、神域で月主を見た辰海にはこれが神によるものだと確信できた。いたずらなのか、何か意味があるのか。
「もしよろしければ、手伝っていただけますか?」
空に頼まれて与羽と辰海も再び川に指を入れた。少し上流まで歩き、集められるだけ梅の花びらを集める。空の開いた手巾の上には、白い花弁が小さな山になっていた。
与羽は落ち葉の間に引っかかった花弁を慎重につまみ上げた。水気を切るために、集めた花弁をてのひらに乗せ――。そこに白いものが降って消えた。
「……雪?」
見上げれば、空はいつの間にか薄灰色の雲に覆われ、ひらりひらりと雪花が舞いはじめていた。
「そうですね。冷え込む前に戻りましょうか」
空は集めた花弁を丁寧に包んだ。与羽と辰海が立ち上がる。体も指先もすっかり冷えてしまった。暗くなる気配はまだないが、すでに夕刻近いはずだ。三人は舞い散る雪に追い立てられるように、急ぎ足で天駆の屋敷まで山道を戻った。
早足で向かった月主神殿の奥には、暖かな湯がたまった滝壺がある。辰海を捜すために何度も通った見慣れた風景だ。そこに流れ込む川の一本。あの時は間違いなく枯れていた川に水が流れていた。
「ほんとじゃん……」
与羽は川の脇にしゃがみ込むと、川底を湿らせる程度の量しかない水に触れた。何を思ったのか、それを自分の口へ運ぶ。
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騙された辰海が声を上げた。
「あはははっ」
与羽は自分を捕まえようとする辰海の手を軽い身のこなしでかわしながら、笑いまわっている。
「ふふふっ」
無邪気に駆けまわる二人に、空は笑い声を漏らした。辰海が与羽の腕を捕まえ、「嘘は良くないよ」と文句を言っている。二人の足元には水の戻った小さな川。
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「それは――」
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その丸さと大きさから、辰海はそう推測した。石室に梅の花枝を供えたのは半月前だ。そこから落ちて流れてきたにしては、きれいすぎるが……。
「そのようですね」
川上を見ると、一枚、また一枚と白いものがゆっくりと流れてくる。空はそれを丁寧に掬いあげた。そうしていると、さらに花弁が増えてくる。まるで彼の様子を見た誰かが、流しているかのように。不思議な光景だったが、神域で月主を見た辰海にはこれが神によるものだと確信できた。いたずらなのか、何か意味があるのか。
「もしよろしければ、手伝っていただけますか?」
空に頼まれて与羽と辰海も再び川に指を入れた。少し上流まで歩き、集められるだけ梅の花びらを集める。空の開いた手巾の上には、白い花弁が小さな山になっていた。
与羽は落ち葉の間に引っかかった花弁を慎重につまみ上げた。水気を切るために、集めた花弁をてのひらに乗せ――。そこに白いものが降って消えた。
「……雪?」
見上げれば、空はいつの間にか薄灰色の雲に覆われ、ひらりひらりと雪花が舞いはじめていた。
「そうですね。冷え込む前に戻りましょうか」
空は集めた花弁を丁寧に包んだ。与羽と辰海が立ち上がる。体も指先もすっかり冷えてしまった。暗くなる気配はまだないが、すでに夕刻近いはずだ。三人は舞い散る雪に追い立てられるように、急ぎ足で天駆の屋敷まで山道を戻った。
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