龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
上 下
79 / 201
  第二部 - 六章 龍の涙

六章八節 - 道引白師

しおりを挟む
  * * *

 翌日。昼前に絡柳らくりゅうは中州に向けて旅立った。与羽ようたちが四日かけて進んだ道のりを、一日半で帰るらしい。中州北部と城下町を何度も往復したことがある絡柳だからこそ可能な荒技だ。
 関所まで一緒に行くと言うことで、今は大斗だいともいない。帰ってくるのはきっと夕方ごろだろう。辰海たつみはすっかり過ごし慣れた広間を見渡した。

 のんびりと読書する与羽と舞行まいゆき実砂菜みさなは昨夜の疲れが出たようで、与羽に甘えながらまどろんでいる。
 絡柳も大斗もいないこの状況で与羽と舞行を守るのは辰海の役目だ。外出せず、静かな元日を過ごしたいところ。

 しかし、この日は珍しく来客があった。舞行と同じくらい年老いた老爺ろうや。彼の名乗った「道引白師みちびき はくし」という名には、覚えがある。

「舞行様、道引元文官が――」

 対応した辰海は、すぐに彼を舞行のいる広間へ通した。

「やあ、舞行」

「おお! 白師!!」

 舞行は足が悪いとは思えないすばやさで立ち上がり、来客に歩み寄った。

「来るのが遅くなって悪かったな。年末はどうにも忙しゅうて――」

 老爺二人は、枯れ枝のような手を握り合って喜んでいる。

「昔、文官十位をやっとった人?」

 与羽は自分の記憶をたどりながら、小さな声で辰海に聞いた。

「うん。舞行様が若いころからずっと文官をしてたんだけど、十年くらい前に官吏をやめて、今は中州や天駆を中心に拠点を変えながら学者や教師をしてるらしい」

 辰海は自分の知識と、先ほど白師自身から聞いた話を与羽に伝えた。舞行の現役時代を支えた有能な官吏のひとりだ。

乱兄らんにぃと絡柳先輩みたいな――?」

「その関係に近いだろうね」

 舞行の場合は同年代にすぐれた人が多く、乱舞らんぶよりも多くの腹心を抱えていたようだが。

 与羽は軽い自己紹介をしたあと、積もる話に花を咲かせる舞行と白師の会話に聞き入った。実砂菜は人見知りするのか、遠慮深いのか、とても静かだ。

 来客があった時は驚いたが、良い訪れだった。このまま、穏やかな一日を――。

「突然すみません」

 しかし、問題は外から駆け込んできた。

「空。焦って珍しい」

 与羽は目を丸くした。空が来ること自体は何も珍しくない。ここ半月、ほとんど毎日顔を合わせてきた。

「来客中でしたか。お騒がせして、申し訳ありません」

 しかし、乱れた前髪を直すことさえせずに、息を荒げて入って来たのは初めてだ。

「ええよええよ。神官か?」

 白師は顔のしわに埋もれそうなほど目を細めて笑った。

月主つきぬし神官長の夢見空ゆめみ そら金位きんいじゃ」

 息を整えている空に代わって、舞行が簡単に彼の紹介をしている。

「お見せしたいものが……、あったのですが、来客中なら、あとにした方が、いいですよね」

 息の合間に言う空。

「いえ、聞きますよ。どうされたんですか?」

 彼に水を差し出しながら辰海が尋ねた。

「実は、あの枯れ川に、水が……!」

 空の答えに与羽と辰海は顔を見合わせた。

「それって――」

 与羽が座ったまま空に這い寄る。

「あの石室から出ていた川ですよね?」

 辰海も身を乗り出した。

「与羽の舞のおかげ?」

 借りてきた猫のように静かだった実砂菜も口を開く。

 若者の会話の裏で、舞行が白師にここに来たばかりの頃起こった不思議な出来事を説明している。

「神域に呼ばれたんか!! その話、詳しく!」

 好奇心に目を輝かせた白師が、空からさらに話を聞こうとしている辰海に詰め寄った。

「話が込み合ってる……」と実砂菜がつぶやくのも無理はない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~

村雨 妖
恋愛
 森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。  ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。  半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。

捨てられ更衣は、皇国の守護神様の花嫁。 〜毎日モフモフ生活は幸せです!〜

伊桜らな
キャラ文芸
皇国の皇帝に嫁いだ身分の低い妃・更衣の咲良(さよ)は、生まれつき耳の聞こえない姫だったがそれを隠して後宮入りしたため大人しくつまらない妃と言われていた。帝のお渡りもなく、このまま寂しく暮らしていくのだと思っていた咲良だったが皇国四神の一人・守護神である西の領主の元へ下賜されることになる。  下賜される当日、迎えにきたのは領主代理人だったがなぜかもふもふの白い虎だった。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。 ※誤字脱字、名前間違い、よくやらかします。ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))9万字弱です。珍しく、ほぼ書き終えていまして、(´艸`*)あとは地の文などを書き足し、手直しするのみ。ですので、話のフラグ、これから等にお答えするのは難しいと思いますが、予想はwelcomeです。もどかしい展開ですが、ヒロイン、ヒロイン側の否定はお許しを…お楽しみください<(_ _)>

領主にならないとダメかなぁ。冒険者が良いんです本当は。

さっちさん
ファンタジー
アズベリー領のミーナはとある事情により両親と旅をしてきた。 しかし、事故で両親を亡くし、実は領主だった両親の意志を幼いながらに受け継ぐため、一人旅を続ける事に。 7歳になると同時に叔父様を通して王都を拠点に領地の事ととある事情の為に学園に通い、知識と情報を得る様に言われた。 ミーナも仕方なく、王都に向かい、コレからの事を叔父と話をしようと動き出したところから始まります。 ★作品を読んでくださった方ありがとうございます。不定期投稿とはなりますが一生懸命進めていく予定です。 皆様応援よろしくお願いします

かぐや姫の雲隠れ~平安乙女ゲーム世界で身代わり出仕することとなった女房の話~

川上桃園
恋愛
「わたくしとともに逝ってくれますか?」 「はい。黄泉の国にもお供いたしますよ」 都で評判の美女かぐや姫は、帝に乞われて宮中へ出仕する予定だった……が、出仕直前に行方不明に。 父親はやむなくかぐや姫に仕えていた女房(侍女)松緒を身代わりに送り出す。 前世が現代日本の限界OLだった松緒は、大好きだった姫様の行方を探しつつ、宮中で身代わり任務を遂行しなければならなくなった。ばれたら死。かぐや姫の評判も地に落ちる。 「かぐや姫」となった松緒の元には、乙女ゲームの攻略対象たちが次々とやってくるも、彼女が身代わりだと気づく人物が現われて……。 「そなたは……かぐや姫の『偽物』だな」 「そなたの慕う『姫様』とやらが、そなたが思っていた女と違っていたら、どうする?」 身代わり女房松緒の奮闘記が、はじまる。 史実に基づかない、架空の平安後宮ファンタジーとなっています。 乙女ゲームとしての攻略対象には、帝、東宮、貴公子、苦労人と、サブキャラでピンク髪の陰陽師がいます。

処理中です...