龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
上 下
71 / 201
  第二部 - 五章 龍の舞

五章七節 - 領主の依頼

しおりを挟む
「ものすごい人気ですね」

 舞を終えた与羽ようたちをねぎらってくれたのは空だった。

「やはり龍の姫が舞っているからでしょうか……」

「それもあるじゃろうけど、ただ舞自体が物珍しいだけかもしれん。神域に務めとる神官や巫女たちは、あんまり庶民の神殿では舞わんって聞いたし」

 与羽は舞の扇を空に預け、乱れた前髪を整えたあと軽く伸びをした。

「たしかに、官吏や貴族が神事に関わるようになって以降、儀式以外で舞を奉納することはどんどん減ってきたように思います。人の集まる大きな神事の舞手は、神職ではない権力者の娘ばかり。龍頭天駆で神職の者以外が『本物の舞』を目にする機会はめっきり減ってしまいました」

 空は悲しそうにうつむいた。

「私は神職ではないけど……」

「あなたの舞は間違いなく『本物』ですよ。他の皆様も同様です。本気で自分の技術と向き合い、磨いてきたのがわかります。……なるほど、それが人々をきつけているのですね」

「中州では当たり前のことをそんな思案顔で言われてもね」

 そう言ったのは大斗だいとだ。皮肉を言っているようでも、呆れているようでもある。

「皆様のおかげで、民衆は『本物』を知りました。今後、官吏たちがどうするのか。少しわくわくしています。もし、彼らが『本物』を求めるのであれば、その過程で必ず神を深く想う時があるでしょう。それはきっと、希理きり様の求める正しい神事と政治のあり方に繋がると思うのです」

「それなら良かった」

 与羽はうなずいた。当初の希理の依頼からは外れてしまったが、彼の力になれているのなら喜ばしい。

「それで、こちらは水月すいげつ大臣の許可が必要かと保留にしているのですが、一つ特殊な舞の依頼が来ています」

「なんですか?」

 今日の舞を終え、珍しくくつろいだ表情をしていた絡柳らくりゅうが、表情を引き締めた。

「天駆希理様より、大晦日の夜に神域内の風主かざぬし神殿で水龍の舞を奉納していただけないか、との願い状が届きました。天駆の正月神事は元日の夜明け前から行われますので、その前の時間ですね。今までの舞より、幾分形式ばったものになりますが、衣装などの準備は全て希理様がしてくださるそうです。どうされますか?」

「……最後の舞台は、それくらいが丁度いいんだろうな」

 拒否するかと思ったが、絡柳の言葉は承諾にとれた。

「良いんですか?」

 驚きの声を上げたのは与羽だ。

「俺は中州に帰らなければならないから、ずっとこの舞の辞めどきを考えていた。天駆で最も大きい神殿で舞うのなら、最後を飾るにふさわしいだろう? 神事内でないなら、今までやってきたことと変わらない。何かしらの理由をこじつけて拒否するのも無粋ってものだ。官吏たちの不興を買う恐れは――」

 絡柳は辰海たつみを見た。彼の方が与羽の身に降りかかる危険には敏感だろう。

「買うなら、おそらくすでに買っています」

 辰海は肩をすくめている。

 与羽たちはほぼ毎日あちらこちらの神殿を巡っているのだ。とても目立つ。きっとその行動を快く思っていない人もいるだろうが、何かしらの問題が起こりそうな気配はない。

「ただし、俺が中州に戻ったら、お前たちにはすぐ湯治とうじ場に移動してもらう。もともとその予定だったし、天駆領主にも了承済みだ」

「わかりました」

 与羽と辰海がうなずいた。

「では、希理様にはそのようにお伝えしておきます」

「天駆領主に話す際は俺もついて行きます」

 絡柳が空の顔を見上げる。空の長い前髪の隙間からは赤い目が見えた。最近の彼は、前髪が乱れていてもあまり直さなくなった。初めて会った時よりも顔を見せてくれるのは、きっと彼なりの信頼の表れなのだろう。

「わかりました」

 前髪の下で空が目を細めるのが見える。大斗の小言もなく、穏やかな雰囲気だ。

 与羽は最後の舞の舞台となる風主神殿に思いを馳せた。多くの神殿や祭祀場で舞を奉納したが、風主神殿はまだだ。天駆国を創った神を祀る龍神信仰の中心地。

「緊張するね」

 辰海がにっこり笑って話しかけてくる。

「……ちょっとだけ」

 与羽は素直にうなずいた。

 舞台裏から外を窺うと、ゆっくり帰路へつく参拝者の集団が見える。きっと大晦日の風主神殿は今日以上に多くの人が集まり、その中には天駆の上流階級の人々も混ざっているだろう。

「でも、絶対いいものにするつもり」

 これはもともと与羽が望んでいたことなのだ。

「そうだね。僕も君の良さを引き出せるようがんばるよ」

 辰海も大きくうなずいた。

「帰ってまた練習せんと」

 与羽は少し離れたところで空と今後の打ち合わせをしている絡柳を見た。すぐに視線に気づいた絡柳が与羽を見る。

境内けいだいの参拝者が減ってきたので、そろそろ戻りませんか?」

 外を指さして、与羽はそう提案した。
 帰ったら、辰海と舞の練習をして――。絡柳は忙しいかもしれないが、大斗や実砂菜みさなは誘えば手伝ってくれるだろうか。

 絡柳が大股に歩み寄ってきて、外を見る。

「わかった」

 確かに人がまばらになっていることを確認して、うなずいた。

「人がはけてきたから、そろそろ戻るぞ」

 大きな声で、すぐに天駆の屋敷へ戻るための指示をはじめてくれた。

「はい」

 与羽の隣にいた辰海が、足の悪い舞行に手を貸しに行く。大斗は外で待つ護衛隊に声をかけ、彼らに預けていた馬を呼んだ。

 大晦日まではあと片手で数えられるほどしかない。期待と緊張を胸に、与羽も急いで彼らを追いかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり
ファンタジー
 ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。  しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。  王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。    身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。    翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。  パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。  祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。  アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。  「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」    一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。   「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。 ****** 不定期更新になります。  

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。 ※誤字脱字、名前間違い、よくやらかします。ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))9万字弱です。珍しく、ほぼ書き終えていまして、(´艸`*)あとは地の文などを書き足し、手直しするのみ。ですので、話のフラグ、これから等にお答えするのは難しいと思いますが、予想はwelcomeです。もどかしい展開ですが、ヒロイン、ヒロイン側の否定はお許しを…お楽しみください<(_ _)>

異世界複利! 【1000万PV突破感謝致します】 ~日利1%で始める追放生活~

蒼き流星ボトムズ
ファンタジー
クラス転移で異世界に飛ばされた遠市厘(といち りん)が入手したスキルは【複利(日利1%)】だった。 中世レベルの文明度しかない異世界ナーロッパ人からはこのスキルの価値が理解されず、また県内屈指の低偏差値校からの転移であることも幸いして級友にもスキルの正体がバレずに済んでしまう。 役立たずとして追放された厘は、この最強スキルを駆使して異世界無双を開始する。

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)

ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。 流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定! 剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。 せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!? オマケに最後の最後にまたもや神様がミス! 世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に なっちゃって!? 規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。 ……路上生活、そろそろやめたいと思います。 異世界転生わくわくしてたけど ちょっとだけ神様恨みそう。 脱路上生活!がしたかっただけなのに なんで無双してるんだ私???

処理中です...