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第二部 - 五章 龍の舞
五章五節 - 武人の舞
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* * *
中州の客人による舞の奉納は、すぐに龍頭天駆中で評判になった。龍の血を継ぐ中州の姫君と官吏たちが、優雅な水龍の舞や立派な殺陣を見せてくれると。
「では、今日もよろしくお願いしますね!」
与羽はそう言って、大斗と絡柳に刀と脇差を渡した。刃は光を反射するように良く磨かれているものの、まったく研がれていない。柄から垂れる長い飾り紐も非実用的だ。与羽が空に頼んだのは、この飾り刀を二組貸してもらうことだった。
「任せなよ」
大斗が不敵に笑んで舞台へ歩いていく。
「お前は舞の準備をしておけ」と絡柳もそれに続いた。
与羽の悪だくみはこれだ。
民衆の前で舞う時は、舞の前に神前試合を行うことにした。舞の奉納だけならば、十分程度で終わってしまう。それは見に来てくれた人々に申し訳ないと思ったのだ。与羽は神のために舞いたいから、という理由で絡柳を説得したが、そこに人がいるなら彼らにも楽しんでもらいたい。神事は神のためのものであると同時に、神と人を繋ぐものでもある。
神や神事により親しみを感じてもらいたい。それが与羽の願いだ。最初は娯楽としてで構わないので、民衆の生活にもっと深く神が感じられるようになれば良い。
舞殿の周りにはたくさんの人が集まっている。噂が人を呼び、与羽たちが市中に下りるたびに参拝者は数を増していた。
境内をびっしりと埋め尽くす人々の前で、大斗と絡柳は臆することなく武器を抜いた。大斗は刀を一本。絡柳は刀と脇差を両手に。大斗は武官第二位。絡柳も上級武官位を持っている。二人の稽古を幾度となく見てきた与羽は、それが見世物に最適だと知っていた。
特に開始の合図もなく大斗が動いた。ゆっくりと重心をずらし、次の瞬間にはすばやく飛び出す。
大斗が振り抜いた刀を絡柳は刀の刃先で器用にそらすと同時に、片手の脇差で胴を突いた。しかし、大斗は全くひるむことなくひらりと横に避ける。突きの勢いのまま絡柳は体を回転させて、円を描くような優雅さで次の攻撃態勢に入った。
手数が多いのは両手に武器を持っている絡柳だ。くるくる身を回しながら、その勢いを乗せた攻撃を繰り出し続ける。彼の扱う剣術は、中州で「風水円舞」と呼ばれているもの。神事の舞が民衆に広まり、世俗化する中で武術に派生していった、女性や小柄な人間でも扱いやすい剣術だ。
「あれだけ風水円舞の型をモノにしとるんなら、舞も舞えるんじゃなかろうか……」
舞台裏から彼の動きを見ている舞行が、目をらんらんと輝かせながら言う。
「私もそう思う」
与羽に剣術を教えてくれたのは絡柳だ。彼女の舞を剣技に落とし込んだ知識があれば、自身の動きを舞に昇華するのも容易だろう。
一方の大斗は、武官家の出身として風水円舞をはじめとするいくつかの流派を身につけていた。彼のなめらかな足さばきは風水円舞のそれだが、筋力と体格に恵まれた彼に水や風を手本とした流れるような攻撃は物足りないらしい。時折、力任せに鋭く切り返し、叩きつける攻撃が絡柳を襲っている。
「大斗先輩は、これが人に見せるための試合だってことを時々忘れるんが玉に瑕……」
絡柳が全てそらしたりかわしたりしてくれるからいいものの、見ている人々が一種ひやりとするような急所狙いの強い攻撃を繰り出す時がある。
大斗も絡柳も攻撃を寸止めする気は全くないようだ。刃が潰されているとはいえ、鋼の棒で殴られれば、皮膚は切れるし、下手をすれば骨が折れる。お互いがお互いの攻撃を全てさばききる深い信頼がなければ、こんなに激しい打ち合いはできない。
繰り返し距離を取り、切り結ぶ。
彼らの本気は人々を惹きつける。集まった群衆が息を飲んだり、目を皿のように開くのを、与羽は満足げに眺めた。
中州の客人による舞の奉納は、すぐに龍頭天駆中で評判になった。龍の血を継ぐ中州の姫君と官吏たちが、優雅な水龍の舞や立派な殺陣を見せてくれると。
「では、今日もよろしくお願いしますね!」
与羽はそう言って、大斗と絡柳に刀と脇差を渡した。刃は光を反射するように良く磨かれているものの、まったく研がれていない。柄から垂れる長い飾り紐も非実用的だ。与羽が空に頼んだのは、この飾り刀を二組貸してもらうことだった。
「任せなよ」
大斗が不敵に笑んで舞台へ歩いていく。
「お前は舞の準備をしておけ」と絡柳もそれに続いた。
与羽の悪だくみはこれだ。
民衆の前で舞う時は、舞の前に神前試合を行うことにした。舞の奉納だけならば、十分程度で終わってしまう。それは見に来てくれた人々に申し訳ないと思ったのだ。与羽は神のために舞いたいから、という理由で絡柳を説得したが、そこに人がいるなら彼らにも楽しんでもらいたい。神事は神のためのものであると同時に、神と人を繋ぐものでもある。
神や神事により親しみを感じてもらいたい。それが与羽の願いだ。最初は娯楽としてで構わないので、民衆の生活にもっと深く神が感じられるようになれば良い。
舞殿の周りにはたくさんの人が集まっている。噂が人を呼び、与羽たちが市中に下りるたびに参拝者は数を増していた。
境内をびっしりと埋め尽くす人々の前で、大斗と絡柳は臆することなく武器を抜いた。大斗は刀を一本。絡柳は刀と脇差を両手に。大斗は武官第二位。絡柳も上級武官位を持っている。二人の稽古を幾度となく見てきた与羽は、それが見世物に最適だと知っていた。
特に開始の合図もなく大斗が動いた。ゆっくりと重心をずらし、次の瞬間にはすばやく飛び出す。
大斗が振り抜いた刀を絡柳は刀の刃先で器用にそらすと同時に、片手の脇差で胴を突いた。しかし、大斗は全くひるむことなくひらりと横に避ける。突きの勢いのまま絡柳は体を回転させて、円を描くような優雅さで次の攻撃態勢に入った。
手数が多いのは両手に武器を持っている絡柳だ。くるくる身を回しながら、その勢いを乗せた攻撃を繰り出し続ける。彼の扱う剣術は、中州で「風水円舞」と呼ばれているもの。神事の舞が民衆に広まり、世俗化する中で武術に派生していった、女性や小柄な人間でも扱いやすい剣術だ。
「あれだけ風水円舞の型をモノにしとるんなら、舞も舞えるんじゃなかろうか……」
舞台裏から彼の動きを見ている舞行が、目をらんらんと輝かせながら言う。
「私もそう思う」
与羽に剣術を教えてくれたのは絡柳だ。彼女の舞を剣技に落とし込んだ知識があれば、自身の動きを舞に昇華するのも容易だろう。
一方の大斗は、武官家の出身として風水円舞をはじめとするいくつかの流派を身につけていた。彼のなめらかな足さばきは風水円舞のそれだが、筋力と体格に恵まれた彼に水や風を手本とした流れるような攻撃は物足りないらしい。時折、力任せに鋭く切り返し、叩きつける攻撃が絡柳を襲っている。
「大斗先輩は、これが人に見せるための試合だってことを時々忘れるんが玉に瑕……」
絡柳が全てそらしたりかわしたりしてくれるからいいものの、見ている人々が一種ひやりとするような急所狙いの強い攻撃を繰り出す時がある。
大斗も絡柳も攻撃を寸止めする気は全くないようだ。刃が潰されているとはいえ、鋼の棒で殴られれば、皮膚は切れるし、下手をすれば骨が折れる。お互いがお互いの攻撃を全てさばききる深い信頼がなければ、こんなに激しい打ち合いはできない。
繰り返し距離を取り、切り結ぶ。
彼らの本気は人々を惹きつける。集まった群衆が息を飲んだり、目を皿のように開くのを、与羽は満足げに眺めた。
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