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第二部 - 五章 龍の舞
五章一節 - 龍神の贈り物
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【五章 龍の舞】
翌朝目覚めると、絡柳と希理はすでに天駆の屋敷へ戻ったあとだった。
「あの……、夢見神官。僕、これを持って帰ってしまったみたいで……」
遅めの朝食の席で、辰海は手巾に包まれた水晶を取り出して見せた。親指大の先が尖った柱状の結晶。美しく澄み切っていて、その内側に白い光を溜めている。
「あんた、あんだけ私には持って帰らんようにって言ったのに!」
与羽が少し怒ったように声を荒げる。
「ご、誤解だよ! 笛を泉に置いて、確かに空っぽの手巾をたたんで懐に入れたはずなんです。でも、昨日服を脱いだらこれが包まれてて!」
辰海は慌てて与羽と空に弁明した。
「それならきっと龍神様からの贈り物でしょう。大切に持っていてください。貸していただければ、数日中に装飾品に加工してお返ししますよ」
空はにっこりと笑んだ。
「いいなー。私も欲しかった」
与羽が唇を尖らせる。すっかり無邪気で明るいいつもの与羽だ。
「それなら今から取りに行きますか?」
「いや、やめとく」
しかし、空の提案にはのらない。
「それが正しいのでしょうね」
与羽を試したのだろうか。空は自分で誘っておきながら、そううなずいた。あいかわらず、何を考えているのかよくわからない男だ。
「もうこれ以上問題を起こすのはなしだよ」
大斗もくぎを刺す。
「本当にすみませんでした……」
与羽の無茶の元凶となった辰海は、身を小さくしてうなずいた。
「僕や、与羽のためにいろいろしてくださったみたいで」
彼が協力的でなければ、辰海は今もまだあの石室にいただろう。
「済んだことだから別にいいけど」
温かいかゆをゆっくり口へ運ぶ大斗の顔に不機嫌さはない。
「ああ、でも一つだけ聞かせなよ。お前神域に入った時、何を追いかけてたの?」
その痕跡が一切見つけられなかったことが気になっていた。
「与羽の姿をした幻です」
辰海は正直に答えた。
「あー」
実砂菜が納得したような声をあげる。
「与羽なら、夜にふらりとお出かけしかねないもんね」
「私、そこまで無責任で自分勝手じゃないもん!」
「どうだかねー」
与羽と実砂菜がじゃれあっている。旅の間に何度も見た光景だ。
「幻なら足跡も残らないか……」
大斗はひとりでうなずいた。多少の神秘なら許容できるようになったらしい。
「ほら与羽、食事中だから」
辰海は自分の茶碗を置いて与羽に歩み寄った。
「失礼なこと言ってきたのはミサのほう!」
「それはそうだけど……」
なんとか与羽をなだめようとするが、確かに今回は実砂菜が悪い。
「与羽ってからかいがいがあるから、つい……」
「むぅ~!」
与羽が唇を尖らせて不満を示す。与羽には悪いが、この日常の風景がいとおしい。
「ミサ、謝ってあげて」
与羽の背をなでながら辰海はそう依頼した。
「ごめんごめん」
実砂菜はすぐに謝罪して与羽の頭をなでる。
「別に、いいけど……」
むっとした顔をしながらも許す与羽は、かわいい子どものようだ。胸の内に湧きおこる幸福を隠し切れない。
「何ニヤニヤしとんよ?」
与羽はそんな辰海の様子を鋭く見とがめた。
「君たちを見てると、無事に戻ってこられたんだなって実感できて」
「む……」
笑顔でそんなことを言われると、怒るに怒れない。与羽はふくれっ面で辰海を見て――。その表情を驚きに変えた。
「どうしたの?」
ほほにご飯粒でもつけていただろうか?
与羽はわずかに口を開けて辰海の顔に見入っている。
「えっと……」
大きな目にまじまじと見つめられて、辰海は緊張で目をそらした。
「こっち来て」
その手を与羽が取る。
「え……?」
与羽に手を引かれるまま、部屋の隅まで歩いた。
「座って」
指示する与羽の眉間には、浅くしわが寄っている。
「どうしたの?」
彼女の言う通りにしているが、その意図がつかめない。辰海はすぐわきの戸を開く与羽を目で追った。外と内を隔てていたものがなくなり、身を切るような冷たい空気が入り込む。辰海は突然の寒気に身を縮めた。
「顔、見せて」
しかし、寒いと思ったのは束の間。与羽の両手が辰海のほほを包み込んだ。促されるがままに顔をあげた辰海の目の前に、与羽の顔がある。
彼女は何をする気なのだろう? 辰海は、青紫色の宝石のような与羽の目を見て、ふっくらと厚みのある唇を見て。期待と緊張に、目を伏せた。
「顔見せてって言っとるじゃろ」
少し語気を強くした与羽の声が降ってくる。辰海は意を決して顔をあげた。朝日を背に、膝立ちした与羽の顔が目の前にある。
与羽はじっと辰海の顔に見入っている。いや、目を見ているのだろうか。辰海は与羽の目を見返した。まつげで陰になっている部分は紫。明るい部分は薄い青。光の加減で色を変える与羽の瞳は本当にきれいだ。
翌朝目覚めると、絡柳と希理はすでに天駆の屋敷へ戻ったあとだった。
「あの……、夢見神官。僕、これを持って帰ってしまったみたいで……」
遅めの朝食の席で、辰海は手巾に包まれた水晶を取り出して見せた。親指大の先が尖った柱状の結晶。美しく澄み切っていて、その内側に白い光を溜めている。
「あんた、あんだけ私には持って帰らんようにって言ったのに!」
与羽が少し怒ったように声を荒げる。
「ご、誤解だよ! 笛を泉に置いて、確かに空っぽの手巾をたたんで懐に入れたはずなんです。でも、昨日服を脱いだらこれが包まれてて!」
辰海は慌てて与羽と空に弁明した。
「それならきっと龍神様からの贈り物でしょう。大切に持っていてください。貸していただければ、数日中に装飾品に加工してお返ししますよ」
空はにっこりと笑んだ。
「いいなー。私も欲しかった」
与羽が唇を尖らせる。すっかり無邪気で明るいいつもの与羽だ。
「それなら今から取りに行きますか?」
「いや、やめとく」
しかし、空の提案にはのらない。
「それが正しいのでしょうね」
与羽を試したのだろうか。空は自分で誘っておきながら、そううなずいた。あいかわらず、何を考えているのかよくわからない男だ。
「もうこれ以上問題を起こすのはなしだよ」
大斗もくぎを刺す。
「本当にすみませんでした……」
与羽の無茶の元凶となった辰海は、身を小さくしてうなずいた。
「僕や、与羽のためにいろいろしてくださったみたいで」
彼が協力的でなければ、辰海は今もまだあの石室にいただろう。
「済んだことだから別にいいけど」
温かいかゆをゆっくり口へ運ぶ大斗の顔に不機嫌さはない。
「ああ、でも一つだけ聞かせなよ。お前神域に入った時、何を追いかけてたの?」
その痕跡が一切見つけられなかったことが気になっていた。
「与羽の姿をした幻です」
辰海は正直に答えた。
「あー」
実砂菜が納得したような声をあげる。
「与羽なら、夜にふらりとお出かけしかねないもんね」
「私、そこまで無責任で自分勝手じゃないもん!」
「どうだかねー」
与羽と実砂菜がじゃれあっている。旅の間に何度も見た光景だ。
「幻なら足跡も残らないか……」
大斗はひとりでうなずいた。多少の神秘なら許容できるようになったらしい。
「ほら与羽、食事中だから」
辰海は自分の茶碗を置いて与羽に歩み寄った。
「失礼なこと言ってきたのはミサのほう!」
「それはそうだけど……」
なんとか与羽をなだめようとするが、確かに今回は実砂菜が悪い。
「与羽ってからかいがいがあるから、つい……」
「むぅ~!」
与羽が唇を尖らせて不満を示す。与羽には悪いが、この日常の風景がいとおしい。
「ミサ、謝ってあげて」
与羽の背をなでながら辰海はそう依頼した。
「ごめんごめん」
実砂菜はすぐに謝罪して与羽の頭をなでる。
「別に、いいけど……」
むっとした顔をしながらも許す与羽は、かわいい子どものようだ。胸の内に湧きおこる幸福を隠し切れない。
「何ニヤニヤしとんよ?」
与羽はそんな辰海の様子を鋭く見とがめた。
「君たちを見てると、無事に戻ってこられたんだなって実感できて」
「む……」
笑顔でそんなことを言われると、怒るに怒れない。与羽はふくれっ面で辰海を見て――。その表情を驚きに変えた。
「どうしたの?」
ほほにご飯粒でもつけていただろうか?
与羽はわずかに口を開けて辰海の顔に見入っている。
「えっと……」
大きな目にまじまじと見つめられて、辰海は緊張で目をそらした。
「こっち来て」
その手を与羽が取る。
「え……?」
与羽に手を引かれるまま、部屋の隅まで歩いた。
「座って」
指示する与羽の眉間には、浅くしわが寄っている。
「どうしたの?」
彼女の言う通りにしているが、その意図がつかめない。辰海はすぐわきの戸を開く与羽を目で追った。外と内を隔てていたものがなくなり、身を切るような冷たい空気が入り込む。辰海は突然の寒気に身を縮めた。
「顔、見せて」
しかし、寒いと思ったのは束の間。与羽の両手が辰海のほほを包み込んだ。促されるがままに顔をあげた辰海の目の前に、与羽の顔がある。
彼女は何をする気なのだろう? 辰海は、青紫色の宝石のような与羽の目を見て、ふっくらと厚みのある唇を見て。期待と緊張に、目を伏せた。
「顔見せてって言っとるじゃろ」
少し語気を強くした与羽の声が降ってくる。辰海は意を決して顔をあげた。朝日を背に、膝立ちした与羽の顔が目の前にある。
与羽はじっと辰海の顔に見入っている。いや、目を見ているのだろうか。辰海は与羽の目を見返した。まつげで陰になっている部分は紫。明るい部分は薄い青。光の加減で色を変える与羽の瞳は本当にきれいだ。
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