龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
上 下
64 / 201
  第二部 - 四章 龍と龍姫

四章十一節 - 月光の守り

しおりを挟む
 絡柳らくりゅう与羽よう大斗だいと、空、辰海たつみ実砂菜みさな。それぞれの顔を順番に見ていった。その目は鋭く、にらみつけると言っても過言ではない。

「無事だったから許される、という結果論は好きじゃない。お前たちは万一の時、どうするつもりだったんだ?」

 低められた絡柳の声には、冷静にふるまいつつも隠しきれない怒りがこもっている。

「万一なんて起こりえない。勝算があったよ」

 答える大斗の顔は普段より真面目に見えた。

「それでも万一を想定しろって言うんなら、命でも何でも賭けるさ。姫君ひとり自由にさせてあげられないなんて、九鬼くきの恥だ。お前が家柄を出されるのを嫌うってことは知ってるけど、俺たちは何代も何代も城主一族の無茶に振り回されてきた。正直言って、これくらい想定内だし、なんてことないんだよ」

 庶民出身の絡柳とは違うものを、長年城主一族を守ってきた武官筆頭家出身の大斗は背負っている。

「お前の指示を守らなかったこと、お前を軽んじたこと、お前の顔をつぶしたことなら、いくらでも謝る。本当に、悪かった」

 大斗は足元に刀と脇差を投げ捨て、深々と頭を下げた。

 彼がこれほど本気で謝罪するところを見たのは、与羽も絡柳も初めてだ。大斗は武官筆頭家の長男という立場と武官二位の役職のせいか、横柄で自分勝手なところがある。絡柳は武器と一緒に投げ出された飾り紐を見た。紐の先には武官二位を示す玻璃ガラスぎょくがついている。武器も官位も投げ出した大斗の隣で、与羽や辰海、空、実砂菜も頭を下げた。

 天駆あまがけ領主は口を出す場面ではないと思ったのか、何も言わない。

「……俺は――」

 しばらくして、絡柳は小さく口を開いた。先ほどまでの厳しさは消えている。

「官位こそあるが、弱い立場の人間だ」

 彼には、大斗や辰海と違って後ろ盾となる生家がない。

「中州城主や、九鬼や古狐ふるぎつねが守ってくれるから、こうしてここに立てている」

 どこかの偉い官吏が絡柳を陥れようとすれば、簡単に閑職に追いやられるだろう。絡柳が大臣を務められるのは、城主やほかの大臣が絡柳を信頼し、能力を評価し、守ってくれているからに他ならない。大斗と辰海が絡柳を上官を認めてくれているから、この旅の責任者をしていられる。

 その気になれば、彼らは絡柳に頭を下げる必要など一切ないのだ。九鬼や古狐、城主一族の権力をちらつかせれば、絡柳は黙るほかない。

 しかし、彼らはそれをせずに頭を下げてくれる。絡柳は旅の面々を守る立場でありながら、それ以上に守られている。

「……だから、お前たちが全員無事に戻ってくれて、ありがとう」

 絡柳は大斗にも劣らないほど、深く頭を下げた。どうやら許されたようだ。

「すみませんでした、先輩」

 与羽はもう一度謝罪して彼に跳びついた。

「おい、やめろ」

 絡柳が狼狽うろたえた声をあげる。与羽は安心感から彼の首元を抱きしめた。

 大斗は無言で武器を定位置に戻している。いつもの軽口はないようだ。

「辰海君、悪いが与羽を離してもらっても良いか?」

「……わかりました」

 絡柳の依頼で、辰海は彼にしがみつく与羽を引き剥がした。

「与羽」

 その名を呼んで、彼女の頭と背を撫でる。与羽が大事に持っている梅の花束を潰さないよう、慎重に抱きしめた。

「たつ」

 与羽は辰海の腕の中で安心しきっている。

希理きり様、わたしになにかおとがめはありますか?」

 穏やかな空気が流れはじめた中で、空は自分のあるじに歩み寄った。

「いや、ない」

「あなたはわたしに甘すぎですね」

 天駆領主の答えに、空は肩をすくめた。

「お前は、半ば神の代理人みたいなところがあるだろう?」

 空の目のことを言っているようだ。

「この祝福はそんな大層なものじゃありませんよ。ただただ、人を永遠に神職に縛り付ける呪いです」

 空は低い声で呟いて、その足を月主神殿の方へ向けた。

「今夜はもうおそいですから、皆様を月主神殿へご招待致しましょう。お湯をたくさん沸かしますから、汗と汚れを落としてください。神官装束で良ければ、着替えもあります。食事もすぐに用意させましょう」

 いつもの響く声で全員に呼びかけた。

「お言葉に甘えさせて頂こう」

 絡柳がうなずいて空のあとを追う。与羽たちも責任者である彼に従った。

 ふと振り返れば、月は天高くに登って、白く輝いている。

 神官たちが使う「月の影が守りになりますように」という言葉。結局、それが影である理由は分からずじまいだ。

「月の光が……」

 何かうまいことを言おうと思ったが、思い浮かばない。

「月の光が、見守ってくれますように」

 言葉を切ってしまった与羽の隣で、辰海が呟いた。与羽と同じように月を見上げていた彼は、視線に気づいて与羽を見た。

「変な祈りだったかな?」

 少し恥ずかしがるように力なく笑う。

「いや、すごく良いと思う」

 与羽も使わせてもらうことにしよう。

「月の光が見守ってくれますように」

 そう祈って与羽は再び空のあとを追いかけた。辰海も同様だ。白い光は熱もなく、静かに冷たく辺りを照らし続けている。与羽たちが神殿に入ったあとも、疲れきって眠りに落ちたあとも――。いつまでも、夜を見守り続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~

村雨 妖
恋愛
 森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。  ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。  半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。

捨てられ更衣は、皇国の守護神様の花嫁。 〜毎日モフモフ生活は幸せです!〜

伊桜らな
キャラ文芸
皇国の皇帝に嫁いだ身分の低い妃・更衣の咲良(さよ)は、生まれつき耳の聞こえない姫だったがそれを隠して後宮入りしたため大人しくつまらない妃と言われていた。帝のお渡りもなく、このまま寂しく暮らしていくのだと思っていた咲良だったが皇国四神の一人・守護神である西の領主の元へ下賜されることになる。  下賜される当日、迎えにきたのは領主代理人だったがなぜかもふもふの白い虎だった。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。 ※誤字脱字、名前間違い、よくやらかします。ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))9万字弱です。珍しく、ほぼ書き終えていまして、(´艸`*)あとは地の文などを書き足し、手直しするのみ。ですので、話のフラグ、これから等にお答えするのは難しいと思いますが、予想はwelcomeです。もどかしい展開ですが、ヒロイン、ヒロイン側の否定はお許しを…お楽しみください<(_ _)>

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

異世界を満喫します~愛し子は最強の幼女

かなかな
ファンタジー
異世界に突然やって来たんだけど…私これからどうなるの〜〜!? もふもふに妖精に…神まで!? しかも、愛し子‼︎ これは異世界に突然やってきた幼女の話 ゆっくりやってきますー

処理中です...