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第二部 - 四章 龍と龍姫
四章六節 - 炎狐の交渉
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「辰海」
外から与羽に呼ばれて、辰海も石室からはい出した。
「ふうん? 意外と小ぎれいで元気そうじゃない」
そこには腕を組んだ大斗が立っている。
「九鬼先輩……。先輩が与羽をここに連れてきてくださったんですか?」
与羽が一人で飛び出してきたわけではなくて安心した。
「俺だけじゃないけどね」
大斗はそう言って枯れ川の方を指さした。遠くに急ぎ足で歩いてくる実砂菜と空の姿が見える。与羽以外の人々を見ると、急に現実感がわいてきた。
ちゃんと生きている。目の前の与羽は、本物だ。胸に広がる安堵に、辰海の足から力が抜けた。
「なに腰抜かしてんの」
大斗の大きなため息が降ってくる。
「まぁ、思ったより元気そうでよかったけどさ。さぁ、目的は達したんだ。暗くなる前に帰るよ」
「はい」
与羽がうなずいて、辰海の手を取る。立たせようと力を込めて――。
「待って」と辰海に引き戻された。
「辰海?」
危うく辰海の上に倒れこみそうになりながら、与羽は幼馴染の名を呼んだ。彼の顔は石室を振り返っている。
「……ここで、まだやらないといけないことがあるんだ」
「何言ってんの? もう日暮れまであまり時間がない」
大斗の表情が厳しくなった。
「本当に、大切なことなんです」
辰海は大斗をまっすぐ見上げた。大斗が今まで見たことのない、毅然とした表情を浮かべて。
「それは陽が沈んだあとに神域を歩く危険を冒してまでやらないといけないこと?」
大斗は目を細めた。その表情は辰海を脅すようでも、内心を見透かそうとしているようでもある。
「僕はそう確信しています。それに、夜間に神域を歩きたくないなら、ここで一晩明かせばいいじゃないですか」
この場所は辰海が一人で数日間過ごせるほど安全だ。
「絡柳に怒られるよ?」
「それは覚悟の上です。先輩たちもその覚悟があるから、ここまで僕を迎えに来てくださったんでしょう?」
大斗が何を言っても、辰海の姿勢は揺らがなかった。普段の彼が見せない強情さ。
「ふふん?」
こういう人間は、好きだ。
「何をやりたいのか、聞かせてみなよ」
大斗は口の端を釣り上げた。
「舞を――」
辰海はその場に正座して、もう一度石室の方を振り返る。
「この石室の奥で、与羽に舞を奉納してほしいんです。少しの時間で構いません。この場所には、それが必要なんです」
きっとここは、太古の龍神信仰における重要な場所だ。しかし、かつて周辺に暮らしていたであろう人々が去り、神域となり、人が近づかなくなった。辰海の脳裏には、この石室で見た月主の姿が鮮明に残っている。悲しそうに、寂しそうに、涙を見せた白い龍神。
そもそも、月主は悪神と伝説され、信仰する者が少ない。その一方で彼の涙は月見川の源流となり、人々の生活を支えている。嫌われ者でありながら、陰で多くの命を守る神。彼にはきっと、感謝と慰めが必要だ。
「理解できないな……」
大斗がつぶやいた。
「それでもかまいません。僕の信仰の問題ですから」
辰海は大斗の目をまっすぐ見据えた。
「はぁ」
大斗は大きく息をついた。
「……与羽はどうしたい?」
今回は辰海の勝ちとしよう。普段大斗の視線を避けて行動する辰海が強気に求めるのだ。認めてもいいと思った。ただし、最終判断は舞を頼まれた与羽にゆだねる。
「私は、早く帰りたいけど……」
この場所はどうも落ち着かない。
「けど、辰海が大切なことだって思うなら、私は協力する」
しかし、最終的に与羽はうなずいた。長年共に過ごしてきた幼馴染の頼みなのだ。聞き入れないわけがない。
「ありがとう」
辰海は笑みを浮かべた。
「あと、欲を言えば、舞は月が出ている時の方が良くて――」
今日の月の出はもう少しあと。日の入りと同時くらいだろう。それを待てば、明るいうちに月主神殿に帰るのは不可能だ。しかし――。
「好きにしなよ」
大斗は大きなため息とともに、もう一度うなずいた。
外から与羽に呼ばれて、辰海も石室からはい出した。
「ふうん? 意外と小ぎれいで元気そうじゃない」
そこには腕を組んだ大斗が立っている。
「九鬼先輩……。先輩が与羽をここに連れてきてくださったんですか?」
与羽が一人で飛び出してきたわけではなくて安心した。
「俺だけじゃないけどね」
大斗はそう言って枯れ川の方を指さした。遠くに急ぎ足で歩いてくる実砂菜と空の姿が見える。与羽以外の人々を見ると、急に現実感がわいてきた。
ちゃんと生きている。目の前の与羽は、本物だ。胸に広がる安堵に、辰海の足から力が抜けた。
「なに腰抜かしてんの」
大斗の大きなため息が降ってくる。
「まぁ、思ったより元気そうでよかったけどさ。さぁ、目的は達したんだ。暗くなる前に帰るよ」
「はい」
与羽がうなずいて、辰海の手を取る。立たせようと力を込めて――。
「待って」と辰海に引き戻された。
「辰海?」
危うく辰海の上に倒れこみそうになりながら、与羽は幼馴染の名を呼んだ。彼の顔は石室を振り返っている。
「……ここで、まだやらないといけないことがあるんだ」
「何言ってんの? もう日暮れまであまり時間がない」
大斗の表情が厳しくなった。
「本当に、大切なことなんです」
辰海は大斗をまっすぐ見上げた。大斗が今まで見たことのない、毅然とした表情を浮かべて。
「それは陽が沈んだあとに神域を歩く危険を冒してまでやらないといけないこと?」
大斗は目を細めた。その表情は辰海を脅すようでも、内心を見透かそうとしているようでもある。
「僕はそう確信しています。それに、夜間に神域を歩きたくないなら、ここで一晩明かせばいいじゃないですか」
この場所は辰海が一人で数日間過ごせるほど安全だ。
「絡柳に怒られるよ?」
「それは覚悟の上です。先輩たちもその覚悟があるから、ここまで僕を迎えに来てくださったんでしょう?」
大斗が何を言っても、辰海の姿勢は揺らがなかった。普段の彼が見せない強情さ。
「ふふん?」
こういう人間は、好きだ。
「何をやりたいのか、聞かせてみなよ」
大斗は口の端を釣り上げた。
「舞を――」
辰海はその場に正座して、もう一度石室の方を振り返る。
「この石室の奥で、与羽に舞を奉納してほしいんです。少しの時間で構いません。この場所には、それが必要なんです」
きっとここは、太古の龍神信仰における重要な場所だ。しかし、かつて周辺に暮らしていたであろう人々が去り、神域となり、人が近づかなくなった。辰海の脳裏には、この石室で見た月主の姿が鮮明に残っている。悲しそうに、寂しそうに、涙を見せた白い龍神。
そもそも、月主は悪神と伝説され、信仰する者が少ない。その一方で彼の涙は月見川の源流となり、人々の生活を支えている。嫌われ者でありながら、陰で多くの命を守る神。彼にはきっと、感謝と慰めが必要だ。
「理解できないな……」
大斗がつぶやいた。
「それでもかまいません。僕の信仰の問題ですから」
辰海は大斗の目をまっすぐ見据えた。
「はぁ」
大斗は大きく息をついた。
「……与羽はどうしたい?」
今回は辰海の勝ちとしよう。普段大斗の視線を避けて行動する辰海が強気に求めるのだ。認めてもいいと思った。ただし、最終判断は舞を頼まれた与羽にゆだねる。
「私は、早く帰りたいけど……」
この場所はどうも落ち着かない。
「けど、辰海が大切なことだって思うなら、私は協力する」
しかし、最終的に与羽はうなずいた。長年共に過ごしてきた幼馴染の頼みなのだ。聞き入れないわけがない。
「ありがとう」
辰海は笑みを浮かべた。
「あと、欲を言えば、舞は月が出ている時の方が良くて――」
今日の月の出はもう少しあと。日の入りと同時くらいだろう。それを待てば、明るいうちに月主神殿に帰るのは不可能だ。しかし――。
「好きにしなよ」
大斗は大きなため息とともに、もう一度うなずいた。
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