52 / 201
第二部 - 三章 龍の領域
三章十二節 - 龍の血筋
しおりを挟む
「あなたは水月大臣や希理様よりも柔軟な考え方をされているようにお見受けします。与羽姫のためにできる限り古狐文官の痕跡を追ったり、今日のこの外出を許可してくださったり――。神域奥へと続く安全な道があれば、与羽姫がそれをたどって行くのを認めていただけるのではないかと思うのですが、いかがでしょう?」
「昨日はそんなものないって言ってたじゃない」
大斗は空の心中を見透かすように、彼の前髪に隠れた目を睨み据えた。本来であれば、辰海を探しに行ける希望に胸を躍らせる場面なのだが、大斗の放つ一触即発の空気のせいで、与羽は息をひそめて成り行きを見守るしかない。
「状況が変わったんですよ」
空の口元には意味深な笑みが浮かんでいる。
「どういうこと?」
「そうですね……」
空の視線が与羽を向いた。
「どうやら神は与羽姫のお力も借りしたいようなのです」
「え?」
与羽も神域に呼ばれていると言うことだろうか。全くそんな実感はないのだが。
「何を根拠にそう言えるわけ?」
大斗はあいかわらずの喧嘩腰だ。
「わたしが月主様の祝福を受けた月主神官長だから、ですかね……」
空は肩をすくめてみせた。大斗を納得させられる理由はないらしい。
「まずは、わたしの用意した道が安全かどうか、お確かめください。九鬼武官が良いと思われれば、それを辿って行きましょう」
「ダメって言ったら?」
「そうなると、『神のみぞ知る』としか言えません」
空は指先で前髪を分け、赤く光る瞳で大斗を見た。彼の切れ長な目に強い意志は感じられず、ひどく疲れ切って見える。目の下のくまも濃い。
「俺を脅すわけ?」
「わたしは事実を述べているまでです」
大斗の鋭い眼光を正面から受けても、空の姿勢は崩れない。
「ふーん」
仏頂面の大斗の口元に突然笑みが浮かんだ。どうやら空の態度は、彼の興味をひいたらしい。
「そこまで言うならいいよ。確かめさせてもらう」
大斗は横柄にうなずいた。
「ありがとうございます」
空の口元はあいかわらずにこやかだが、生気のない目と合わせて見るとその表情は今までと全く違って見えた。無理やり穏やかで朗らかな神官を装っているような……。
「あなたも少し龍神の血を継いでいるのですね」
言われてみれば、大斗の目もほのかに紫がかって見えるときがある。
「五代とか六代とか、それくらい前にちょっと縁があったってだけの話だよ」
大斗はなんてことないように言った。
「龍の特徴は、天駆領主や中州城主など残る家には長く残りますし、残らない家は一代で消えてしまいます。龍神様に愛された、良い家系にお生まれですね」
空はにこやかに言った。その両目はすでに長い前髪で覆い隠されている。
「言っとくけど、俺はお前たちみたいに信心深くないから」
「信仰のあり方は人それぞれですよ」
二人はそう言葉を交わして、この件にとりあえずの決着をつけたようだ。あとは神殿に到着して、空の言う「道」を確認したあと大斗が何と言うか。
「よかったね、与羽」
実砂菜が小声で与羽をはげました。そう言えば、まだ彼女の腕を抱えたままだった。
「うん……」
小さくうなずいて、与羽は実砂菜から離れた。
少し前に空の背がある。白と黄色の神官装束に身を包み、背筋を伸ばして歩く月主神官長。隠している素顔を見ても、彼のことはわからなくなる一方だ。希理が言っていたのだから、信頼しても大丈夫な男ではあるのだろうが……。
今は彼が頼りだ。不安や緊張や期待や。色々な感情がごちゃ混ぜになった胸に両手を当てて、与羽はその背を追いかけた。
「昨日はそんなものないって言ってたじゃない」
大斗は空の心中を見透かすように、彼の前髪に隠れた目を睨み据えた。本来であれば、辰海を探しに行ける希望に胸を躍らせる場面なのだが、大斗の放つ一触即発の空気のせいで、与羽は息をひそめて成り行きを見守るしかない。
「状況が変わったんですよ」
空の口元には意味深な笑みが浮かんでいる。
「どういうこと?」
「そうですね……」
空の視線が与羽を向いた。
「どうやら神は与羽姫のお力も借りしたいようなのです」
「え?」
与羽も神域に呼ばれていると言うことだろうか。全くそんな実感はないのだが。
「何を根拠にそう言えるわけ?」
大斗はあいかわらずの喧嘩腰だ。
「わたしが月主様の祝福を受けた月主神官長だから、ですかね……」
空は肩をすくめてみせた。大斗を納得させられる理由はないらしい。
「まずは、わたしの用意した道が安全かどうか、お確かめください。九鬼武官が良いと思われれば、それを辿って行きましょう」
「ダメって言ったら?」
「そうなると、『神のみぞ知る』としか言えません」
空は指先で前髪を分け、赤く光る瞳で大斗を見た。彼の切れ長な目に強い意志は感じられず、ひどく疲れ切って見える。目の下のくまも濃い。
「俺を脅すわけ?」
「わたしは事実を述べているまでです」
大斗の鋭い眼光を正面から受けても、空の姿勢は崩れない。
「ふーん」
仏頂面の大斗の口元に突然笑みが浮かんだ。どうやら空の態度は、彼の興味をひいたらしい。
「そこまで言うならいいよ。確かめさせてもらう」
大斗は横柄にうなずいた。
「ありがとうございます」
空の口元はあいかわらずにこやかだが、生気のない目と合わせて見るとその表情は今までと全く違って見えた。無理やり穏やかで朗らかな神官を装っているような……。
「あなたも少し龍神の血を継いでいるのですね」
言われてみれば、大斗の目もほのかに紫がかって見えるときがある。
「五代とか六代とか、それくらい前にちょっと縁があったってだけの話だよ」
大斗はなんてことないように言った。
「龍の特徴は、天駆領主や中州城主など残る家には長く残りますし、残らない家は一代で消えてしまいます。龍神様に愛された、良い家系にお生まれですね」
空はにこやかに言った。その両目はすでに長い前髪で覆い隠されている。
「言っとくけど、俺はお前たちみたいに信心深くないから」
「信仰のあり方は人それぞれですよ」
二人はそう言葉を交わして、この件にとりあえずの決着をつけたようだ。あとは神殿に到着して、空の言う「道」を確認したあと大斗が何と言うか。
「よかったね、与羽」
実砂菜が小声で与羽をはげました。そう言えば、まだ彼女の腕を抱えたままだった。
「うん……」
小さくうなずいて、与羽は実砂菜から離れた。
少し前に空の背がある。白と黄色の神官装束に身を包み、背筋を伸ばして歩く月主神官長。隠している素顔を見ても、彼のことはわからなくなる一方だ。希理が言っていたのだから、信頼しても大丈夫な男ではあるのだろうが……。
今は彼が頼りだ。不安や緊張や期待や。色々な感情がごちゃ混ぜになった胸に両手を当てて、与羽はその背を追いかけた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない
丙 あかり
ファンタジー
ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。
しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。
王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。
身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。
翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。
パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。
祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。
アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。
「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」
一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。
「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。
******
不定期更新になります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
公爵令嬢のRe.START
鮨海
ファンタジー
絶大な権力を持ち社交界を牛耳ってきたアドネス公爵家。その一人娘であるフェリシア公爵令嬢は第二王子であるライオルと婚約を結んでいたが、あるとき異世界からの聖女の登場により、フェリシアの生活は一変してしまう。
自分より聖女を優先する家族に婚約者、フェリシアは聖女に嫉妬し傷つきながらも懸命にどうにかこの状況を打破しようとするが、あるとき王子の婚約破棄を聞き、フェリシアは公爵家を出ることを決意した。
捕まってしまわないようにするため、途中王城の宝物庫に入ったフェリシアは運命を変える出会いをする。
契約を交わしたフェリシアによる第二の人生が幕を開ける。
※ファンタジーがメインの作品です
魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~
村雨 妖
恋愛
森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。
ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。
半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
※誤字脱字、名前間違い、よくやらかします。ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))9万字弱です。珍しく、ほぼ書き終えていまして、(´艸`*)あとは地の文などを書き足し、手直しするのみ。ですので、話のフラグ、これから等にお答えするのは難しいと思いますが、予想はwelcomeです。もどかしい展開ですが、ヒロイン、ヒロイン側の否定はお許しを…お楽しみください<(_ _)>
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
かぐや姫の雲隠れ~平安乙女ゲーム世界で身代わり出仕することとなった女房の話~
川上桃園
恋愛
「わたくしとともに逝ってくれますか?」
「はい。黄泉の国にもお供いたしますよ」
都で評判の美女かぐや姫は、帝に乞われて宮中へ出仕する予定だった……が、出仕直前に行方不明に。
父親はやむなくかぐや姫に仕えていた女房(侍女)松緒を身代わりに送り出す。
前世が現代日本の限界OLだった松緒は、大好きだった姫様の行方を探しつつ、宮中で身代わり任務を遂行しなければならなくなった。ばれたら死。かぐや姫の評判も地に落ちる。
「かぐや姫」となった松緒の元には、乙女ゲームの攻略対象たちが次々とやってくるも、彼女が身代わりだと気づく人物が現われて……。
「そなたは……かぐや姫の『偽物』だな」
「そなたの慕う『姫様』とやらが、そなたが思っていた女と違っていたら、どうする?」
身代わり女房松緒の奮闘記が、はじまる。
史実に基づかない、架空の平安後宮ファンタジーとなっています。
乙女ゲームとしての攻略対象には、帝、東宮、貴公子、苦労人と、サブキャラでピンク髪の陰陽師がいます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる