51 / 201
第二部 - 三章 龍の領域
三章十一節 - 月龍の祝福
しおりを挟む* * *
「天駆の神域は、薄い尾根に囲まれた盆地にあるのです」
与羽が舞い明かした翌日。与羽、大斗、実砂菜の三人は空に連れられて神域の山道を歩いていた。辰海を案じて落ち着きのない与羽の息抜きになればと、空が月主神殿に招待してくれたのだ。
天駆の屋敷に残った舞行には、世話係として竜月がついている。荷物運びをしてくれた中州の武官たちもいるので、護衛も問題ない。絡柳はこんな中ではあるものの、天駆の朝議に呼ばれて、朝から不在だった。
「盆地と言ってもその中は起伏があり、複雑です。神域の最奥には天駆で一番高い山『龍山』がそびえています」
大斗が昨日目印に立てた棒を通り過ぎ、緩やかな登りが下り坂に変わってもまだ歩く。
「月主神殿は他の龍神を祭る神殿よりも神域の奥にありまして。昔はどの神殿も同じくらい奥地にありましたが、利便性からより龍頭天駆に近い場所へ移転していきました」
空は歩きながら神域や神殿、天駆神事の歴史を話してくれた。天駆の屋敷から月主神殿までは一里(四キロメートル)ほど、歩いて半刻(一時間)のところにあるそうだ。彼はほとんど毎日、日の出前と日没後にこの山道を歩いて、神殿と龍頭天駆を行き来していると言う。
「あんたは神域に呼ばれたりせんのん?」
夜の神域は危険そうに思えるが。
与羽の問いに、空はくすくすと笑った。何がおかしいのだろうかといぶかしげに見ると、彼は与羽を振り返って自分の前髪をかきあげてみせた。愁いを帯びた、細く切れ長の目が見える。
「きゃー! いい男!!」と実砂菜が口の形だけで言うのもわからなくはない。しかし、与羽が容姿よりも気になったのは、彼の赤く染まった瞳だった。
「龍の血を継いどる、わけじゃないよな……?」
「ええ」
空はすでに前髪を額になでつけ、その目を隠してしまっている。
「これは月主神官がまれに頂く、『祝福』です。かつて、わたしが神域に呼ばれた際、月主様より賜りました」
「それはつまり、神様に会ったことがある、ってこと?」
「そう考えるのが妥当でしょうね」
にわかには信じられないが、彼の目の色が後天的に変わったのだとすれば、確実に人知を超えた何かの影響を受けている。
「中州でも時主様が出たって言われることはあるけど……」
「水主様のご子息の黒い龍神ですね」
空がうなずいた。
中州の神殿で何かしらの行事をする際、時主用に酒を注いでおくといつの間にかなくなっている、という話は有名だ。誰かがいたずらで飲んでいるのか、それとも本当に神が現れて飲んだのか。
ただし、空のように龍神に会ったという話は、聞かない。
「もしかすると、天駆の神官で最も神域に立ち入っているのは、わたしかもしれませんね」
空は口元に笑みを浮かべた。自嘲しているような苦々しい笑みだ。
「それじゃあ、一緒に辰海探しに――」
「……そうですね。彼が呼ばれてしまった一因はわたしにもあるでしょうから」
拒否されると思っていたのに、空はうなずいた。
「ダメだよ。与羽を神域には入らせない」
しかし、大斗がすばやく否を唱える。
「ここや月主神殿も神域内なわけですが、それはよろしいのですか?」
「揚げ足を取るつもり?」
大斗の鋭い目が細く吊り上がった。あたりの空気が一気に張り詰める。与羽は怯えたように、隣を歩く実砂菜の腕をつかんだ。
「ちゃんと道があって人の往来がある場所と、山の中じゃ全然違う。それに、神域に入った奴は迷って帰って来られないって言ったのはお前じゃないの?」
先ほどまでの和やかさとは打って変わり、大斗は不機嫌を隠そうともしない。
「ええ、その通り。つまり、道があれば神域内でも迷わないということですね」
対する空は、あいかわらずにこやかだ。鈍感すぎて殺意や敵意に気づかない人はたまにいるが、彼もそのたぐいだろうか。大斗の眉間にしわが寄った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない
丙 あかり
ファンタジー
ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。
しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。
王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。
身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。
翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。
パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。
祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。
アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。
「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」
一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。
「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。
******
不定期更新になります。
捨てられ更衣は、皇国の守護神様の花嫁。 〜毎日モフモフ生活は幸せです!〜
伊桜らな
キャラ文芸
皇国の皇帝に嫁いだ身分の低い妃・更衣の咲良(さよ)は、生まれつき耳の聞こえない姫だったがそれを隠して後宮入りしたため大人しくつまらない妃と言われていた。帝のお渡りもなく、このまま寂しく暮らしていくのだと思っていた咲良だったが皇国四神の一人・守護神である西の領主の元へ下賜されることになる。
下賜される当日、迎えにきたのは領主代理人だったがなぜかもふもふの白い虎だった。
魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~
村雨 妖
恋愛
森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。
ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。
半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
※誤字脱字、名前間違い、よくやらかします。ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))9万字弱です。珍しく、ほぼ書き終えていまして、(´艸`*)あとは地の文などを書き足し、手直しするのみ。ですので、話のフラグ、これから等にお答えするのは難しいと思いますが、予想はwelcomeです。もどかしい展開ですが、ヒロイン、ヒロイン側の否定はお許しを…お楽しみください<(_ _)>
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)
ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。
流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定!
剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。
せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!?
オマケに最後の最後にまたもや神様がミス!
世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に
なっちゃって!?
規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。
……路上生活、そろそろやめたいと思います。
異世界転生わくわくしてたけど
ちょっとだけ神様恨みそう。
脱路上生活!がしたかっただけなのに
なんで無双してるんだ私???
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる