龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  第二部 - 三章 龍の領域

三章五節 - 龍姫の祈り

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「面倒だな……」

 さらにしばらく進んで、大斗だいとが止まった。厳しい顔で巨木の生える森を睨み据えている。

「先輩、もしかして……」

 不安そうに尋ねる与羽ようの前で、大斗は一歩二歩と森に踏み込んだ。

「あまり奥へは――」

 その背に空が警告する。

「わかってるよ。お前は与羽をしっかり捕まえてて」

 大斗はさらに数歩進んで身を低くすると、降り積もった落ち葉に触れたり、地面に目を凝らしたりした。

「先輩」

 大斗を追って、与羽もゆっくりと山道を外れた。腕と帯の背を空につかまれているが、ある程度は進ませてくれるらしい。足の下に降り積もった落ち葉は分厚く、足首まで埋まった。その下にもまだ葉や腐葉土が幾層にも積もっているようで、驚くほど柔らかい。与羽は足を取られないように気を付けて、さらに進んだ。

 遠く前方に見える大斗は、先ほどから同じ場所に膝をついている。

「先輩!」

 与羽が呼びかけると、大斗はゆっくりと立ち上がって戻ってきた。

「……これ以上は追えない。落ち葉が分厚くて地面まで跡が残ってないし、風で葉の位置が変わってる」

 与羽や大斗の歩いた跡は、落ち葉がかき分けられ筋になっていたが、辰海たつみの痕跡は確かに見えない。

「けど、踏んで破れた落ち葉とか、山道の土がついとる葉を追えば――」

 それでも与羽は食い下がった。大斗ならば与羽には見つけられない小さなしるしを追いかけられるのではないかと。

「確度が低い。無理に追ったら、戻れなくなりそうだ。この先には?」

 大斗は辰海が進んでいったと思われる方向をまっすぐ指差して空に尋ねた。

「…………」

 空はしばらく無言だった。巨木の間を見透かすように、長い前髪の下で目を細めているのがわかる。

「この先にあって、古狐ふるぎつね文官が呼ばれそうな場所は……、龍山りゅうざん

 おごそかにそう呟く。

 すっと空が指さした先には、葉を落とした枝を透かして大きな山の影が見えた。天駆に向かう途中にも見た、巨大な山。いまだに熱を持った活火山で、与羽たちが旅の目的地にしていたのも、龍山の麓に湧き出す温泉地だった。

「そこまで行けるの?」

「……いえ。安全の保証は致しかねます」

「それなら良かった。与羽が変な気を起こさなくて済む」

 大斗の表情には少し疲労が見える。仏頂面で手近にあった長い枝を一本拾ってくると、力いっぱい地面に突き立て目印にした。

「一回戻ろう」

 与羽をまっすぐ見据えてそう言った。

「でも――」

「戻るよ」

 大斗は繰り返した。与羽の肩を痛いほどにつかむと、無理やり山道まで連れ戻した。そのあとも、天駆の屋敷の方へ乱暴に押して歩く。自分よりはるかに背が高く、体格のいい大斗の腕力に抗えないのが悔しい。

「辰海が――」

「あいつなら無事だよ」

 大斗は言葉少なくそう請け負った。辰海が大切な与羽を置いて、永遠に消えるなんてありえない。何がなんでも与羽の元へ戻ろうとするはずだ。その点だけは信頼できる。

「けど――」

 与羽の両目には涙が溜まっていた。

「お前のその弱虫じみた顔、嫌いだな」

 いま言うべきことではないとわかっているのだが、口をついて出てしまった。

「チッ」

 これは自分に対する舌打ちだが、与羽は勘違いしたかもしれない。

「お前の方が俺より古狐を知ってるはずだ。お前が信じてやらなくてどうするの? あいつは勝手にいなくなるような無責任なやつ?」

「……違う」

 与羽の小さな答えが返って来た。

「あいつがどこかに行って、帰ってこないなんてことあった?」

「……ない」

「俺は、あいつは見かけよりはたくましくてしたたかな奴だと思ってるし、そのうち帰ってくると思うんだけど、お前はどう?」

「帰って来るかもしれんけど……」

 与羽も辰海を信じているのだ。何もできずに待つしかない自分が不甲斐なくてもどかしいだけ。

「もし、お前が無理をして古狐を捜しに行って、迷っちゃったら? 自力で戻って来た古狐が、お前がいないことを知ったらどうなるか考えてみなよ」

 きっと自分を深く責めて、今の与羽以上に取り乱すだろう。その先は――。与羽はあえてそれ以上の想像をしなかった。それは与羽には負いきれないほど重いものだったから。

「……わかりました」

 納得するしかない。自分のためにも、辰海のためにも。

「でも、ちょっとだけ待ってください」

 与羽はそう頼んで振り返った。まっすぐ梢の先にある龍山を見据えて膝をつく。与羽を抑えていた空の手が離れた。

 ――龍神様、どうか辰海を無事に帰してください。

 祈りを込めて指を組み合わせた与羽の隣で、空も同じように膝をついてくれた。その後ろで大斗が大きく息をつく。彼は与羽や神官の空ほど信心深くないし、神に祈ることもしない。それでも、与羽の肩を掴んでいた手を離すと、腰の刀を鞘ごと抜き取り、それを胸に当てて首を垂れた。中州の武官がよく見せる敬礼の一つだ。

 ――与羽。

 祈る与羽の脳裏に辰海の呼び声が聞こえた気がした。「心配いらないよ」と言うようにほほえむ彼の顔が脳裏をよぎる。幻だとしても、今はそれにすがるしかない。

 ――どうか、無事で。

 強く強く、そう祈った。
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