龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  第二部 - 三章 龍の領域

三章四節 - 朝日の捜索隊

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「けど、呼ばれたんじゃなくて、迷い込んだんなら――」

 その場合は生存率が下がると、空本人が言っていた。

古狐ふるぎつね文官は夜、勝手に部屋を抜け出していなくなるような無責任な方ではないのでしょう? 人間に誘拐されたり、連れ出されたりした様子もないのなら、神域に呼ばれたとしか考えられません」

「そういえば、門兵は辰海たつみ君を見ていないのか?」

 思い出したように絡柳らくりゅう大斗だいとを見る。

「お前の指示があるまで、おおっぴらにしない方が良いと思ったから聞いてない。ただ、たぶん夜の当番と今いる奴らは違う人だよ」

「そうか。とにかく天駆あまがけ領主に報告するべきだな」

 今はまだ情報不足だ。神域は中州にもあるが、そこに「呼ばれる」なんて話は聞かない。絡柳は神を信じていないわけではなかったが、今起こっていることは非現実的で、理解を超えていた。

「俺は、足跡がどこまで続いてるか調べたいんだけど」

 大斗もできる限り理論的にこの神隠しを分析しようとしている。

夢見ゆめみ神官がいれば、あの門を通れるんでしょ?」

「……わかりました。もしかしたら、どこかの神殿に導かれているかもしれませんしね」

 空は一瞬のためらいを見せたもののうなずいた。不安で落ち着きのない与羽ようの気持ちを汲んだのかもしれない。与羽がはっと顔を上げて、大斗と空を交互に見る。今にも泣き出しそうな不安顔に、少しだけ希望がさしていた。

「もちろん、あなたも来るでしょう?」

 与羽に問いかける空の口元には、笑みが浮かんでいる。色々な感情が混ざってとっさに声を出せない与羽は、何度もこくこくとうなずいて同意を示した。

「では行きましょう。水月すいげつ大臣、恐れ入りますが、希理きり様への報告をお願いいたします」

 丁寧に頭を下げたあと、空はゆっくりと神域の方へ足を向けた。慣れた様子で門に歩み寄っていく。門番は空の顔を見ただけで何も言わずに脇にどけてくれた。さすが最高位の神官長だけある。

 門を抜けた先は、巨大な森だ。普通人里近い山々は薪や食料、肥料などを求める人々の手が入り、木の少ないはげ山になっていることが多い。しかし、神域として長年保護されてきたここには、与羽が今まで見たこともないような大きな木がいくつも生えていた。

「悪いけど、与羽が飛び出さないように見ててくれる?」

 門を出たところで、大斗は空にそう依頼して、与羽たちよりも数歩前に進み出た。ところどころに石が埋められた山道を、足を止めたり、しゃがみこんだりしながら進む。

「わかりそう……?」

 与羽は不安のあまり心の声をそのまま口に出しているようだ。敬語が消えている。

「足跡はいくつかあるけど、ここを通る神官たちは足袋たびをはいてて、古狐は下駄で走ってたみたいだから何とか……」

「走っとったん?」

「そう」

 大斗は足跡の一つを指さして見せた。大きく踏み込んだ形跡がある。歩くだけではこんなに深く長い跡は残らない。

「何をそんなに急いでたんだろうね?」

 足跡の間隔からして、それなりの速度で走っていたはずだ。なにかに追いかけられたのか。もしくは追いかけていたのか。

「待って……」

 大斗は与羽と空を制して、自分だけ少し先に進んだ。そこに残っている足跡を一つ一つ慎重に確かめる。辰海以外に走っている者はない。動物など人以外の痕跡も見つけられなかった。

 どういうことだ。まったく知らない土地で一人で走って、どこへ向かった?

 大斗は立ち上がって思案を巡らせたが、しっくりくる答えは見つからなかった。空の言う通り、神がかった何かを疑うのが最適解なのだろうか。

「……行こう」

 足跡はまだ続いている。

「この先には何があるん?」

 ゆっくり進みながら、与羽は空に尋ねた。

「神殿がいくつかあります。月主つきぬし神殿の本殿と、空主そらぬし様と土主つちぬし様の祭祀場。ただ……、私は今朝、月主神殿からこの道を通ってきましたが、人影は一切見ませんでしたね……」

「どこかで道を外れて山に入ったってこと?」

「……その可能性も考慮する必要がありそうです」

 彼の答えは正直だった。

「神域に呼ばれた人は、何で呼ばれるん?」

 それがわかれば、辰海が消えた理由や行った場所がわかるかもしれない。

「神は意外と単純な理由で人を呼びます。川を塞ぐ倒木を取り除いて欲しがったり、神域内の社が壊れているのを教えてくれたり。虹や珍しい動植物を見せたかったからという無邪気な理由で呼ばれることもありますね。古狐文官が笛を吹いている時に呼ばれたのなら、笛を吹いて欲しくて呼んだのでしょう」

 空の答えはわかりやすかったが、辰海が行った場所を推測する手がかりにはならない。

「辰海が連れていかれそうな場所は?」

「神域は広いので、どこと明確に判断することはできませんが、笛の奉納を求めるのなら、きっと龍神様と縁の深い場所だと思われます」

「…………」

 与羽はほほに手を当てて考えた。神話を思い返す。祖龍が降り立った大地、春花の姫と会った森の中、子を産み育てたのはどの辺りだろう。月主を封じたと言われる洞窟は?

 神話と現実の感覚が一致しない。わからない。
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