龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
上 下
38 / 201
  第二部 - 二章 龍の額

二章五節 - 中州の提案

しおりを挟む
「申し訳ありませんが、希理きり様。お返事まで少しお時間をいただけませんか?」

 絡柳らくりゅうは柔らかな物腰で提案した。

「それはもちろんだ」

 希理が深くうなずく。

古狐ふるぎつね殿の言う通り、俺の依頼は俺が思っていたよりも大きな危険をはらんでいるようだ。湯治とうじのために天駆あまがけにいらっしゃった老主人や中州の皆様を、不必要に長く龍頭天駆に引き留めるつもりはない。多少は天駆の官吏を交えて、中州の人々と良い話ができればと思っているが、湯治場に向かいたい場合は明日にでも護衛と案内の用意をする」

「それほど急ぐつもりはありません。天駆の皆様とお話したいのはこちらも同じです。わたしは銀工ぎんくの上級文官でもありますから、天駆の皆様とは是非ともたくさんお話ししたいのです」

 絡柳は天駆領主の手前、一人称を普段よりもかしこまったものに変えている。もともと、龍頭天駆には、年の瀬まで滞在して、いくつかの話し合いを行う予定だった。それを変更する気はない。

「銀工九位だそうだな。水月すいげつ大臣がとても優秀な方だと言うのは、良く聞いている。もし、天駆の官吏たちが俺を介さずに中州や銀工に対して、何かしらの要求や交渉を持ちかけてきたら、気兼ねなく俺に報告してくれ。うちの官吏は、……少し成果を急ぎすぎる」

 希理はあえて遠回しな表現を使ったが、要は自身の力を誇示するために中州を利用する官吏がいたら教えてほしいと言うことだ。

「わかりました」

「この場所は、ほとんど人が立ち寄らない屋敷内でも特に安全な場所で、出入りの使用人も減らしてあるが、不満があれば言ってくれ。さらに人の少ない場所が良ければ、月主つきぬし神殿を使えるよう準備してある」

 希理はそう言って、月主神殿の主である空を見た。

「空は俺がもっとも信頼する男の一人だ。安心して頼ってくれていい」

 希理と空の関係は、乱舞らんぶ大斗だいとや絡柳を重用するのに似ている。官吏ではなく、神官を腹心にしているところが、龍神信仰の盛んな天駆らしい。

「絡柳、希理殿はわしらのことをよく考えてくれとるようじゃ」

「そうですね」

 老主人に言われて、絡柳はうなずいた。

「そう言って頂けると、ありがたい。水月大臣はじめ、中州の人々が天駆の官吏と合う場合は、必ず俺も同席するので、その点も安心してくれ」

「感謝致します」

 絡柳はもう一度うなずいた。

「舞の件の返事はいつでも構わないし、断ってくれてももちろん構わない。話を聞いてくれてありがとう。それだけでも、少し肩の荷が下りた気分だ」

 希理の見せた笑顔は確かに晴れやかだった。

「わしらは希理殿の味方じゃよ」

 舞行まいゆきもしわだらけの顔を一層くしゃくしゃにして、笑顔を返す。

「舞手を受けるか否かはもう少し考えさせて頂きますが、共に悩んで解決策を探すことならできます」

 そう請け負ったのは絡柳だ。

「ありがたい。本当に、ありがたい」

 希理は何度も感謝の言葉を繰り返した。立派な体格からは予想もつかない、腰の低い人だと与羽ようは思った。

「心より、感謝申し上げます」と彼の後ろで夢見空ゆめみ そら神官も深々と頭を下げている。

 もしかすると、与羽の兄も同じようにたくさんの人に頭を下げ、協力を乞いながら国を導いているのだろうか。国を平安に納めるのは、与羽が想像するよりとても大変なことなのかもしれない。

 希理はさらに何度か感謝の言葉と、今後の予定を告げたあと退出の意思を示した。ここに到着したばかりの与羽たちに負担をかけたくないらしい。

「俺は屋敷の本殿にいる。何かあれば、土間に控える使用人に言って欲しい」

 その口調は、初めて会った時よりも少しやわらかい印象を受けた。

「この宿坊しゅくぼうを出ていただいて、外壁沿いに森方向へ進むと門があります。わたしはそのわきにある小部屋で書き物をしておりますので、何なりとお申し付けくださいませ。森の中は神域となっておりますので、不用意に立ち入られませぬよう」

 一方の空は変わらない。口元に穏やかな笑みを浮かべ、美しい声で流れるように話す。

「天駆に来たばかりだというのに、いきなり不躾な頼みごとをして本当に悪かった。ぜひ、ゆっくりとくつろいでくれ」

風主かざぬしの吐息に守られますように」

 希理と空が口々に言って、出ていくのを頭を下げて見送った。あまり長くは話せなかったが、天駆領主が良い人であることはわかった。だからこそ、彼の力になれればと思うのだが――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり
ファンタジー
 ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。  しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。  王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。    身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。    翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。  パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。  祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。  アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。  「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」    一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。   「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。 ****** 不定期更新になります。  

公爵令嬢のRe.START

鮨海
ファンタジー
絶大な権力を持ち社交界を牛耳ってきたアドネス公爵家。その一人娘であるフェリシア公爵令嬢は第二王子であるライオルと婚約を結んでいたが、あるとき異世界からの聖女の登場により、フェリシアの生活は一変してしまう。 自分より聖女を優先する家族に婚約者、フェリシアは聖女に嫉妬し傷つきながらも懸命にどうにかこの状況を打破しようとするが、あるとき王子の婚約破棄を聞き、フェリシアは公爵家を出ることを決意した。 捕まってしまわないようにするため、途中王城の宝物庫に入ったフェリシアは運命を変える出会いをする。 契約を交わしたフェリシアによる第二の人生が幕を開ける。 ※ファンタジーがメインの作品です

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~

村雨 妖
恋愛
 森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。  ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。  半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。

恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。 ※誤字脱字、名前間違い、よくやらかします。ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))9万字弱です。珍しく、ほぼ書き終えていまして、(´艸`*)あとは地の文などを書き足し、手直しするのみ。ですので、話のフラグ、これから等にお答えするのは難しいと思いますが、予想はwelcomeです。もどかしい展開ですが、ヒロイン、ヒロイン側の否定はお許しを…お楽しみください<(_ _)>

かぐや姫の雲隠れ~平安乙女ゲーム世界で身代わり出仕することとなった女房の話~

川上桃園
恋愛
「わたくしとともに逝ってくれますか?」 「はい。黄泉の国にもお供いたしますよ」 都で評判の美女かぐや姫は、帝に乞われて宮中へ出仕する予定だった……が、出仕直前に行方不明に。 父親はやむなくかぐや姫に仕えていた女房(侍女)松緒を身代わりに送り出す。 前世が現代日本の限界OLだった松緒は、大好きだった姫様の行方を探しつつ、宮中で身代わり任務を遂行しなければならなくなった。ばれたら死。かぐや姫の評判も地に落ちる。 「かぐや姫」となった松緒の元には、乙女ゲームの攻略対象たちが次々とやってくるも、彼女が身代わりだと気づく人物が現われて……。 「そなたは……かぐや姫の『偽物』だな」 「そなたの慕う『姫様』とやらが、そなたが思っていた女と違っていたら、どうする?」 身代わり女房松緒の奮闘記が、はじまる。 史実に基づかない、架空の平安後宮ファンタジーとなっています。 乙女ゲームとしての攻略対象には、帝、東宮、貴公子、苦労人と、サブキャラでピンク髪の陰陽師がいます。

処理中です...