龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

文字の大きさ
上 下
33 / 201
  第二部 - 一章 龍の故郷

一章十二節 - 炎孤の放心

しおりを挟む
水月すいげつ大臣もやります? 与羽ように『好き』って言って困らせる遊び」

「はぁ」

 絡柳らくりゅうは再度あきれたようにため息をついて、与羽の隣に膝をつく。その頭に手を置き、

「お前の素直で賢いところ、好きだぞ」

 顔の横でそう言った。

「!!」

 予想外の出来事に、与羽は身を固くしている。

「水月大臣! もっと冗談めかした感じで言ってもらわなきゃ!」

 自分で振ったにもかかわらず、実砂菜みさなは文句を言う。緊張でがちがちになっている与羽の肩をやさしく撫でるのも忘れない。

「そんなこと言われても、与羽に好感を持っているのは事実だしな……」

「大臣、天然なんですか? ばかばか! 仕事だけ人間!! 女の敵!! 何しに来たんです!?」

「……空気を悪くすることを言ったのなら悪かった。時間も遅くなってきたから、明日の龍頭天駆りゅうとうあまがけ入りのために休んでいいぞと言いに来たんだが……」

 絡柳は実砂菜がなぜ怒っているのか、いまいちわかっていない様子だ。

「ミサ、言いすぎだ。謝りな」

 大斗だいとは冷静に指摘して、辰海たつみに歩み寄った。

「表情、取り繕いなよ」

 彼にそう助言を与えた。辰海は嫌いだが、こいつがあの照れ屋な鈍感娘をどうおとすのかには、興味がある。

 辰海は我を忘れていたようで、はっとして弱々しい笑みを浮かべた。

「……ひどい顔してましたか?」

「まーね」

 大斗はもう辰海を見ていなかった。
 実砂菜は与羽から離れ、絡柳に対して丁寧な謝罪をしている。取り残された与羽はまだ落ち着かないようで、部屋の隅にいた竜月りゅうげつが駆けよるところだった。

「お部屋の準備はできてますので、お休みになられますかぁ? あと、あたしもご主人様のこと大好きですよ!」

 そんなことを言っていた。竜月はことあるごとに、与羽に「好き」と言っているので、彼女の発言は与羽の癒しになるだろう。

「まさか絡柳に譲ってやる気はないだろう?」

 人々の意識がこちらを向いていないことを確認して、大斗はそう尋ねた。彼の返答によっては、本気で辰海のことが嫌いになるかもしれない。

「少なくとも、与羽を思う気持ちはだれにも負けないと自負していますよ」

 辰海は見慣れた困った笑みを浮かべている。大斗にからかわれたり、挑発されたりした時は常にこうだ。

「萎えるな……」

 大斗はため息交じりにつぶやいた。

「なんでいつもそうやって、ギリギリ及第点を攻めるわけ?」

 辰海が無能でないのは知っている。彼ならば正解ど真ん中を突けるはずなのに、なぜかいつも間違わない程度に外す。

「それが与羽のためだから、ですかね」

 彼の返答は理解できない。やはり的の端を狙っている。的の端を正確に狙えるということは、その気になれば中央を射抜くのも可能ということだ。できるのにあえてそれをやらない辰海にはやはり嫌悪を感じる。

「もうお前は寝なよ」

 そう突き放した。与羽が退室のあいさつをするために、祖父や地司に歩み寄るのが見えたので、そちらへ向かって押し出してやる。わざと力を込めて乱暴にしたが、辰海は文句の一つも言わない。

 ――本当に張り合いがない。

 大斗は小さく息をついて、実砂菜と絡柳の方へ向かった。すでに和解したようで、実砂菜が「女心とは!」と語っている。

「水月大臣は顔ヨシ地位ヨシの素敵な殿方なんだから、安易に『好き』とか言っちゃだめですよ! ころっとおちちゃうかもしれないんですから!」

「安易に言っているつもりはないんだが……」

「じゃあ、本気なんですか!? 本気で与羽のこと――!」

「ミサ、その辺にしときな」

 大斗は実砂菜の言葉を遮った。彼女の素直な物言いは好きだが、それが欠点になる時もある。

「絡柳、ミサの言葉は話半分か、それ以下で聞いた方が身のためだよ」

 絡柳にはそう助言しておく。理屈屋の絡柳と感情と勢い任せに話す実砂菜は、相性が悪いかもしれない。

「そ、そうか?」

「すべての人間がいつも意味のあることを話してるわけじゃないんだよ」

 明日の実砂菜は今日交わされた雑談の内容を半分も覚えていないだろう。自分が発した言葉さえ忘れているかもしれない。「楽しかった」という思い出さえ残れば、彼女は満足なのだ。

「あぁ。情報伝達ではなく、娯楽としての会話か」

 納得したように絡柳がうなずいた。

「お義兄様、水月大臣ってやっぱり天然なの?」

 実砂菜が小さな声でそんなことを聞いてくる。

「……かもね」

 大斗は肩の力を抜いた。会話の仲裁など、本来自分の仕事ではない。口角が下がり、目が細くなる。ひどく機嫌が悪そうな顔をしている自覚はあったが、この二人がそれにおびえることはないだろう。

「疲れた。俺たちも休まない?」

 どうやら向こうで話している舞行と地司たちも、お開きにするようだ。暁月地司が例の低姿勢で今日の会を感謝する言葉が聞こえる。

「そうだな」

 絡柳は大きく伸びをした。彼もそれなりに疲労を感じているらしい。

「絡柳、さっきは悪かったなぁ。また余裕があれば銀工町によってくれ。他の方々もお達者でぇ~」

 暁月地司が機嫌良く言って退室していく。

「月の影が守りになりますように」

 その背に実砂菜が神官流のあいさつをしているのが印象的だった。

 近くの執務室でもう少しおしゃべりに興じると言う舞行と柊地司を見送って、絡柳、大斗、実砂菜の三人はそれぞれあてられた部屋で休むことにした。少ない湯で汗と汚れを落とし、思い思いに明日の天駆入りに備える。実砂菜は同室の与羽を起こさないよう、静かに布団にもぐりこんだ。大斗は絡柳と同室なので、仕事をしようとした絡柳を布団に押し込んでから休む。

 今宵の月はすでに沈もうとしているらしく、寒さを防ぐために閉めた雨戸の隙間から漏れる光の帯は薄い。これが朝日に変わる前に起きなければ。明日の昼には到着する龍頭天駆までの行程を脳内で反芻しながら、静かに目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

転生貴族の異世界無双生活

guju
ファンタジー
神の手違いで死んでしまったと、突如知らされる主人公。 彼は、神から貰った力で生きていくものの、そうそう幸せは続かない。 その世界でできる色々な出来事が、主人公をどう変えて行くのか! ハーレム弱めです。

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

女子力の高い僕は異世界でお菓子屋さんになりました

初昔 茶ノ介
ファンタジー
昔から低身長、童顔、お料理上手、家がお菓子屋さん、etc.と女子力満載の高校2年の冬樹 幸(ふゆき ゆき)は男子なのに周りからのヒロインのような扱いに日々悩んでいた。 ある日、学校の帰りに道に悩んでいるおばあさんを助けると、そのおばあさんはただのおばあさんではなく女神様だった。 冗談半分で言ったことを叶えると言い出し、目が覚めた先は見覚えのない森の中で…。 のんびり書いていきたいと思います。 よければ感想等お願いします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

処理中です...