龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  第二部 - 一章 龍の故郷

一章十節 - 変わり身地司

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与羽よう、言っとくがな。暁月あかつき地司は強いものにはへりくだるし、弱いものにはあたり散らす。その上、過去の失敗を何度もねちねちと蒸し返す、嫌な奴だ」

 笑いながら言う彼の言葉は本気なのか冗談なのかわからない。

「だが、激務過ぎて誰もやりたがらん銀工ぎんく一位をすすんで引き受けてくれとるし、ここ数十年銀工町ぎんくまちが大きくなり続けたんは、こいつのおかげだと思っとる。性格が悪いのを隠しもせんが、表面だけ善人を気取って陰で悪だくみをする奴らに比べたら、良いやつなんかもな。悪いところを悪いと指摘されても受け入れる正直者じゃし。まぁ、改めるつもりはないらしいが。そのせいか、最近の銀工官吏は異様に罵倒と皮肉がうまくなっとる……」

「お褒めの言葉ありがとうございますぅ」と暁月地司は低姿勢でひいらぎ地司の盃に酒を注いだ。

「そう……、なん?」

 あまり褒めているようには聞こえなかったが、少なくとも絡柳らくりゅうと柊地司は暁月地司を信頼しているようだ。

「与羽姫もお酒を飲まれますか?」

 暁月地司は柊地司の隣に座る舞行まいゆきに酌をしたあと、与羽にも酒をすすめてきた。

「いえ、お酒は苦手で――」

 少し緊張しながらも、そう答える。すると暁月地司は少し離れたところから急須を持ってきて、与羽のゆのみにお茶を足してくれた。そのしぐさは丁寧で、与羽の女官がしてくれるのと変わらないほど洗練されている。

「わたくしにも、柊地司ほどではありませんが、城主一族への忠誠心はあるんですよ」

 茶を注ぎながら穏やかな声で言う。柊地司に使っていた猫なで声でも、絡柳を罵倒した不機嫌な声でもない。

 暁月地司は注ぎ終わった急須をわきに置くと、膝をついて深く礼してみせた。はげた額が室内の明かりを反射している。

「与羽姫、不安を抱かせてしまい、誠に申し訳ありませんでした。ここは銀工と銀山の共同統治区域です。今夜は、精いっぱいおもてなしさせていただきますので、城下町にいるときのように気楽にお過ごしください」

 彼の礼は洗練された官吏のそれだ。第一印象よりは良い人、なのだろうか?

「……わ、わかりました。ありがとうございます」

 短時間でコロコロと態度を変える地司に戸惑いつつも、与羽は何とかあたりさわりのない言葉を絞り出した。

「完全に怖がられとるじゃないか!」

 柊地司はまた笑っている。

「まぁ、与羽も他の面々もそのうち慣れるじゃろう」

 席に着く人々を一人一人見回して、手を合わせる。彼らの前には話を妨げないよう慎重に運ばれてきた夕食が並んでいた。

 炊きたての白いごはんに、松茸の吸い物、焼いた川魚には金箔がのっている。中州の銀山では少量ではあるが金も採れるのだ。あとは漬物や和え物などの小鉢がいくつか。

「あとでわたくしが頼んだ料理も届くはずなので、すぐ満腹にはなりませんよう」

 柊地司に習って手を合わせながら暁月地司が言う。全員が両手を合わせたところで、人々の目が上座に向いた。そこには中州の老主人――舞行が座っている。

「普段会わぬ者たちと話すのは楽しいのぅ。では、頂こうか」

 目じりのしわを深くして、そう号令をかける。

「いただきます」

 複数人の声が合わさり、各々がゆっくりと目の前の食事に箸を伸ばした。

「ん、おいしい」
「ほんまにのぅ」
「それは良かった」

 料理の感想や夕方の話の続きをしながら、穏やかに談笑する。

 暁月地司が手配してくれた料理は、海を隔てた外国とつくにの料理をこちら向けに改良した衣揚げだった。鶏肉や山菜、根菜、茸などに小麦粉と卵と出汁を混ぜて作った衣を絡ませ、油で揚げてある。出汁や塩を付けても、そのまま食べてもおいしく、サクサクした軽い歯ごたえの衣と、衣の内側で蒸された熱々の食材の組み合わせが最高だ。
 給仕側に回っている女官の竜月りゅうげつは、この揚げ物に興味津々のようで、「あとで作り方を詳しく聞いておきますね!」と与羽に耳打ちしてくれた。

 食事が終わった後も談笑は続くが、それはいつの間にか舞行、柊地司、暁月地司、絡柳の上級文官組と、与羽、辰海たつみ大斗だいと実砂菜みさなの若者組の二つに分かれていた。何やら専門的で小難しい政治の話をしているらしき大人を尻目に、与羽たちは城下町やこれから向かう天駆あまがけの話に花を咲かせる。

「辰海はこっちでいいん?」

 話の合間にふと思い出して、与羽は尋ねた。

「僕は下級官だから、向こうに混じるなんてできないよ」

 筆頭文官家の出身で、もう五年以上官吏の仕事をしているにもかかわらず、彼はいまだに下級文官どまりだ。

「辰海くんは与羽のお目付け役だから絶対こっちだよねー!」

 与羽と辰海の会話に実砂菜が文字通り飛び込んできた。

「み、ミサ、酔っとる?」

 いきなり背中に飛びつかれて、与羽は驚いた。

「神事でお神酒みき飲むことも多いし、ぜーんぜんへーき!」

 実砂菜はそう答えるが、後ろから強く抱きしめてくるその様子は完全に酔っぱらっている。いや、日ごろから同じようなことをしている気もするが……。

「ミサはうちで飲むときもこんな感じだよ。いつも千斗せんとにべったり。まぁ、良いことなんだろうけどね」

「とか澄まして言いつつ、お義兄にい様うらやましいんでしょ~?」

 酒の勢いなのか、普段からこうなのか。気の短い大斗に挑発的な発言をする実砂菜の度胸には感服する。

「ふふん? 確かに与羽が俺の膝の上に座ってくれたらうれしいかもね」

「先輩も酔ってるんですか?」

 与羽はため息をついた。

 与羽に延ばされた大斗の手は、辰海が叩き落としてくれる。

「酒で一番性格が変わるのは、こいつだと思うけどね」

 大斗は余裕ぶった態度で肩をすくめた。普段ならばおびえた様子で接してくる辰海が、敵意のこもった目で大斗を見ている。しかし、その顔は与羽には全く見えていないらしい。普段より攻撃的だが冷静さは残している。
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