24 / 201
第二部 - 一章 龍の故郷
一章三節 - 旅立ち
しおりを挟む* * *
中州城下町は、大きく弧を描くように曲がった月見川と、先人たちが土地を掘り下げて造った中州川に囲まれた半月型の城塞都市だ。
長年の慣習にならって、町を離れる人々の見送りは中州川にかかる橋周辺で行われた。
対岸から見上げると、急な斜面の上――台地状になったところに町があるのがよくわかる。川から町までは南側の低いところで二間(約三.六メートル)、北に行けば約六間(約十一メートル)の高度差がある。一方で、町の対岸は低く均されていた。中州川の水位が上がると、水に沈むようにしてあるのだ。先人たちの努力には頭が下がる。
与羽は稲刈りを終えた茶金の田園が広がる平野を馬上から見渡して、下から見上げる六人に目を戻した。
与羽の兄――乱舞、与羽の護衛官を務める雷乱と比呼。比呼の世話をおおせつかった凪。辰海の父親で最上位の大臣――卯龍。そして大斗の弟の千斗。
比呼は与羽を見て苦笑している。
残念なことに、与羽は旅慣れていない。長距離の移動は初めてなので、実砂菜の馬に同乗させてもらっていた。緊張とできるだけ実砂菜に迷惑をかけたくない気持ちから、馬上で人形のように固まる与羽がおかしかったのだろう。
「いいかー、辰海」
卯龍は息子を見上げていたずらっぽく笑んだ。彼は世間一般では、四十代前半という年齢に不似合いな白髪と、わずかに龍の血が混ざっていることを示す灰桜色の目、さわやかな笑みが特徴の「素敵な大臣」で通っている。
しかし――。
「父上がいないからって、これ幸いと与羽ちゃんにあんなことやこんなことするんじゃないぞ」
彼は親しい相手には冗談を言いまくる、「陽気なおじさま」だった。
「……いや、『あんなことや"こ"』までなら許してやろう」
「しませんから!」
辰海は色白のほほを桜色に染めて叫ぶ。吊り上がった目尻や高い鼻、見目の良い顔立ちなど、よく似た特徴を持つ親子だが、彼の白い肌や目の色は母親譲りだ。
「兄貴は、何もするなよ」
これは大斗の弟、千斗。大斗は、「それは約束できないな」と涼しい顔をした。
「ミサには何もするなよ」
そんな兄に、千斗はさらに念押ししている。彼が馬上の実砂菜を見上げると、彼女は大きく手を振った。手綱から手を放して両手を振るので、彼女の前に座る与羽は慌てて手綱をつかんで、いらだたしげに足踏みする馬をなだめた。
「ミサ、ちょっと、馬を――」
与羽が文句を言うが、「千斗ぉー! 行ってくるねー!」と叫ぶ実砂菜には聞こえていない。実砂菜と千斗は婚約者同士。旅立つ前に伝えたいことがたくさんあるのだろう。
与羽の様子に気づいた雷乱と比呼が駆け寄って馬を落ち着かせてくれなければ、どうなっていたことか。その間も、実砂菜たちは何か言葉を交わしているようだが、それを聞く余裕はない。
「ありがと」
しっかりと手綱を握りなおして、与羽は二人に言った。
「慣れてるから」
比呼は華金王に仕えていた過去を思い出したのか、影のあるはかなげな笑み浮かべている。くだんの華金から来た暗殺者とは彼のことだ。与羽に感化され祖国を裏切ることを決めた彼は、雷乱や千斗に監視されつつも、穏やかに暮らし始めているように見える。
「まだ全然城下に慣れてないのに、一緒におれんでごめんな」
先日まで行われていた尋問の跡を残す痩せた顔に、与羽は謝った。
「大丈夫だよ。凪も雷乱も、みんなやさしいから。気を付けて行ってきてね」
次に比呼が見せた笑みは、先ほどまでよりはいくらか明るく見えた。
「辰海や竜月の馬の方が安全だったんじゃねぇか?」
一方の雷乱は、別れの感傷などないようで馬上で元気に身振り手振りを続ける実砂菜と、落ち着きのない馬を見比べている。
「……それは、正直私も思っとる」
体重、性別、立場などを考慮した結果だったが、もしかすると最悪の選択だったのかもしれない。
「まぁ、別れが済んだら落ち着くじゃろ……」
そう、希望のこもった推測を口にした。
「余裕をもって宿場に着きたいから、そろそろ行くよ」
道の先で大斗が声を張り上げるのが聞こえた。いつの間にか別れのあいさつを終わらせたようで、隊列の先頭に陣取っている。
「だってよ」
雷乱が捕まえていた馬のくつわを放して距離を取った。その隣で比呼と凪が手を振っている。
与羽は首を巡らせて兄を探した。
「乱兄! いってきます!」
「うん! いってらっしゃい!」
お互いに大きく手を振って旅立ちのあいさつをした。かわす言葉は少ないが、この兄妹にはそれだけで十分だった。
「ちょっと与羽! あんまり動かないで!」
馬上で大きく伸びをする与羽の腰を支えながら文句を言うのは実砂菜だ。
「どっちもどっちだったか」
その様子に雷乱がつぶやく。
「そうみたい」
愉快な光景に、比呼もくすくす笑った。
ゆっくりと馬が歩みだす。隊列が整い、順調に進み始めたところで、卯龍と乱舞が踵を返した。もう少しで城の朝議が始まる時間だ。官吏たちの話し合いに参加するため、城に戻らなくてはならない。
城下町へと続く橋を渡り終え、乱舞は最後に振り返った。稲刈り後の金色の大地の上を進む馬の一団が見える。彼らは振り返ることなくゆっくりと北を目指していた。
この澄んだ秋空はあと何日見られるだろうか。暦はすでに冬。西に広がる山々の頂には白いものが見え始めている。
――みんなが天駆に着くまで、天気がもつといいな。
祈りに似た希望を胸に、乱舞は城への道を急いだ。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
異世界を満喫します~愛し子は最強の幼女
かなかな
ファンタジー
異世界に突然やって来たんだけど…私これからどうなるの〜〜!?
もふもふに妖精に…神まで!?
しかも、愛し子‼︎
これは異世界に突然やってきた幼女の話
ゆっくりやってきますー
捨てられ更衣は、皇国の守護神様の花嫁。 〜毎日モフモフ生活は幸せです!〜
伊桜らな
キャラ文芸
皇国の皇帝に嫁いだ身分の低い妃・更衣の咲良(さよ)は、生まれつき耳の聞こえない姫だったがそれを隠して後宮入りしたため大人しくつまらない妃と言われていた。帝のお渡りもなく、このまま寂しく暮らしていくのだと思っていた咲良だったが皇国四神の一人・守護神である西の領主の元へ下賜されることになる。
下賜される当日、迎えにきたのは領主代理人だったがなぜかもふもふの白い虎だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない
丙 あかり
ファンタジー
ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。
しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。
王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。
身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。
翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。
パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。
祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。
アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。
「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」
一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。
「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。
******
不定期更新になります。
魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~
村雨 妖
恋愛
森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。
ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。
半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
※誤字脱字、名前間違い、よくやらかします。ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))9万字弱です。珍しく、ほぼ書き終えていまして、(´艸`*)あとは地の文などを書き足し、手直しするのみ。ですので、話のフラグ、これから等にお答えするのは難しいと思いますが、予想はwelcomeです。もどかしい展開ですが、ヒロイン、ヒロイン側の否定はお許しを…お楽しみください<(_ _)>
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる