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第一部 - 終章 羽根の姫
終章三節 - 朝日と影だったもの
しおりを挟む与羽が助けに来てくれないか。
だまして利用することになってしまった凪は元気にしているか。
薬草を盗んで申し訳なかったなぁ。
それでも中州は命にかかわる傷を負わせる拷問はしてこないから、良心的でやさしい。
あたたかな国だ。
与羽に会えてよかった。
人生をやり直せるなら、華金王の影なんかやらずに平凡で貧しくてもいいから、一瞬でも幸せな生活をしたい。
物心ついたときから暗殺術を仕込まれ、影として生きることを求められた暗鬼に、それ以外の生活を見せてくれた与羽には感謝しかない。
凪が作ってくれた料理はどんな宮廷料理よりもおいしかったなぁ。
正常な思考が難しくなっているせいで、色々な思い出や感情が脈絡なくあふれてくる。
初めて人を殺した時の感触と感情。
慣らすためにと毒を盛られた時の苦しみ。
致命傷寸前の刀傷を受けた焼けるような、狂いそうな痛み。
数多の追手から身を隠し、なんとか逃げ延びた日のこと。
華金王の不機嫌そうな低い声。
嫌だ。この世界にはいたくない。
以前は当たり前だった生活。しかし、暗鬼はもっと明るい世界があることを知ってしまった。
過去の記憶に蓋をした。この記憶は、もういらない。
――与羽。凪。
あたたかかった二人を思い出す。光に手を伸ばす。
生まれ変われるなら、君たちのそばに――。
やり直せるなら、一緒に――。
「凪……」
「なあに?」
高くやさしい声が聞こえる。
「君を利用して、ごめん。本当に……」
暗鬼はうわごとのようにつぶやいた。気にしてないよ、と言うように笑顔で首を横に振る凪が見えた気がした。
もはや何をされたのかさえ思い出せない時間が続く。
「与羽……」
現実の感覚が消え失せた夢の世界で、何度うわごとのようにその名前を呼んだだろうか。しかし、返事が返ってくることは無い。
「凪」
暗鬼は次にその名前を呼んだ。
「なあに?」
こちらは時々返事が返ってくる。与羽よりも凪と過ごした時間の方が多かったため、彼女の方が幻を見やすいのかもしれない。
暗鬼のほほがあたたかなもので撫でられた気がして、自然と笑みが浮かんだ。額から目にかけて、冷たいものが乗っている。次に感じたのは、体を覆う柔らかな綿と布の感触。火のはぜる音。
夢うつつの空間から、次第に現実世界の感覚が戻ってきた。そう思った瞬間、暗鬼ははっと目を覚ました。
体を起こすと、額に乗っていた手拭いが落ちた。どれくらい寝ていたのか全く思い出せない。何か夢を見ていたようだが、今となってはその内容も不確かだ。誰かが部屋を出ていく音にそちらを見ると、そこには暗い顔をした中年の男が立っていた。見たことある気もするが、それも思い出せない。
目の前で手をひらひらふられ、そちらを見ると垂れ目のやさしい面差しをした女性が座っていた。
「凪、さん。僕は……」
夢で何度も見た姿にそう呼びかける。
「凪でいいよ。凪って呼んでたじゃない? 忘れちゃったの?」
凪はぼんやりした暗鬼を再び寝かしつけながら言う。
「そうだった、……っけ?」
思い出せない。
「長い間寝てたから、もう少し意識がはっきりするまで休んでて。おかゆを作るけど、ユリ、おかゆに何をのせてほしい?」
「ひこ……」
「え?」
「ヒコって、名前な気がする……。本当の名前……」
ユリと言う名前も、暗鬼と言う名前も、今はものすごく違和感がある。
「そっか。ヒコ、よろしくね」
凪がにっこりほほ笑む。
「うん」
暗鬼もそれに淡く笑んで返した。
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