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第一部 - 終章 羽根の姫
終章二節 - ゆめとうつつ
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暗鬼の監禁生活は長かった。あの日、暗鬼はすぐに人目につかないよう地下牢に移された。それ以降与羽の姿は見ていない。
「お前には三つの選択肢がある」
地下牢に移された日。与羽殺害未遂の現場にいた二刀流の青年――絡柳が暗鬼にそう告げた。彼の後ろには暗い顔をした屈強な男が二人、無言で立っている。彼らが抱える重そうな道具箱や感情のうかがえない闇を帯びた顔から、暗鬼は彼らの正体を察した。拷問吏だ。やさしい人が多いと感じた中州にも、彼らのような手を汚す官吏がいることに暗鬼は少し安心を覚えた。
「一つは、このままお前を華金に引き渡す。二つ目は、華金の暗殺者として中州の法で裁かれその罰を受ける。三つ目は心をすっかり入れ替え中州のために働く、だ」
「三番目を選ぶことは、できるのですか……?」
暗鬼は驚いた。確かに与羽はその選択肢を提示していたが、拷問吏を従えたこの厳しい雰囲気の青年がそれを提案してくるとは思えなかったのだ。
「本来ならあり得ないが、姫の願いだからな。ただ、三番目を選んでも、無条件にお前を解放することはできない。死刑にしないとは言ったが、三番目を選んで国や姫を裏切るようなそぶりがあれば、その時は問答無用で斬り捨てる。時間はないが、よく考えることだ。もし、お前が姫の善意を利用して踏みにじる気でいるのなら、俺も城主も他の官吏も絶対にお前を許さない」
絡柳の言葉は厳しく、威圧感があった。脅しではなく、本気だ。
「はい」
それでも、暗鬼の答えは決まっていた。深く息をついて目を閉じれば、与羽の放つ強烈な光が見える気がした。あの時、彼女の陽だまりのようなあたたかさは、確かに一瞬暗鬼の闇を取り除いてくれた。
「……僕みたいな存在が、彼女を信じてもいいのでしょうか?」
「信じる信じないは、誰かに許しを請うものじゃない。自分で決めて、信じるものだ」
絡柳の答えに、暗鬼はゆっくりと目を開けた。
「僕の望みを聞いていただけるのなら――。こんな血に濡れ、闇にまみれた僕を必要としてもらえるのなら――」
きっと彼女の放つ明るい光を、人は「希望」と呼ぶのだろう。
「……三番目で、お願いします」
「わかった」
重々しく言う暗鬼に、絡柳は深くうなずいた。
「だが、すぐにお前を解放してやることはできない」
「はい」
彼の後ろに立つ拷問吏を見た時から、それはわかりきっていた。口ではなんとでもごまかせるのだ。特に暗鬼のような経験豊富な影の者ならば。彼らはこれからあらゆる手段と長い時間をかけて、暗鬼の本心を引き出そうとするだろう。本当に城主一族や中州に危害を加える気がないのか。華金と完全に縁を切るのか。彼らが答えを確信するまで――。
「覚悟は、できています」
「悪いな」
絡柳は少しだけ語気をやさしくして、後ろに控える二人の男に向かって手を振った。それを合図に彼らは縛られた暗鬼の隣までやってきた。ごとりと重い金属音とともに箱が置かれる。暗鬼はあえてその中身を見なかった。
「いいえ、中州のために必要なことだとわかっていますから」
暗鬼がそうほほえんだところで、目隠しをされた。顎をつかまれ、上向かされた口に液体が流し込まれる。とろりとわずかに粘度を持ったそれは、毒ではないだろうが、まったく無害な飲み物でもないだろう。
「嘘をつかれると困るからな。少し薬で判断力を鈍らせてもらう」
闇の中から絡柳の声がした。自白薬の類か。暗鬼も使ったことがある。相手を夢うつつの催眠状態にして、聞きたいことをしゃべらせる。量や使用頻度によっては、相手を一生まともな思考ができない廃人に仕立てることもできる危険な薬だが、暗鬼はためらわずに流し込まれるまま飲み込んだ。
尋問は毎日、時間を問わず行われた。地下牢は全く日が射さず、不定期な食事と尋問に日付や時間の感覚がどんどん狂っていく。薬を飲まされ、夢と現実の境目のようなおぼろげな思考の中でいろいろなことを話したり、聞いたりした。時には痛みや恐怖によって情報を聞き出す拷問も受けた。
自白薬で常に頭がかすみががったような状態なので、自分が何を言って、なにを聞いたかも確かでない。これを乗り越えれば自分を受け入れてくれた強い光の下に行けると言う希望が、彼の心を保たせていた。
夢うつつの世界で、誰かが話してくれた気がする。
与羽はとてもやさしくて、誰にでも手を差し伸べる。そんな彼女が本当に大好きで、自分の命に代えても守りたいと思っている。与羽のお人好しなところは確かに危ういが、その危険は自分が全力で取り除けば済む話だ。彼女がいつまでも理想を唱え続けられるようにするのが自分の使命なのだと。
与羽がどれほどやさしいかと言うと、今回の暗鬼がやったのとは比べ物にならない大怪我を故意に負わせてしまっても許してくれるほど。あの時、与羽に許され、求められなかったら、きっと今この場所に自分はいなかっただろう。
与羽は物心つく前に両親と死別してしまった。彼女にとって城下町の人はみんな親で兄弟なのだと。暗鬼が仲間になれば、与羽はとても喜ぶに違いない。
色々なことを聞いたし、色々なことを話した気がする。
凪は家族全員が医師で、みんなが様々な場所に治療へ出向くので、彼女一人で家に残ることが多いのだそうだ。使用人や治療の手伝いをしてくれる人はいるが、暗鬼が住み込みで手伝うようになって本当に喜んでいたと言う。
しかし、その記憶も徐々に解けていく。薬が、強く効き過ぎている。このままでは頭が狂い、心が死んでしまう。記憶が抜け落ちているので確信はないが、暗鬼はすべてを正直に話してきたはずだ。そのための薬なのだから。いくら暗殺者として鍛えられてきた暗鬼でも、何十日も監禁され疲弊した上に、繰り返し薬づけにされれば、抵抗できない。それでも、信じてもらえないのか。
やはり、敵国の暗殺者では、あの強い光のもとにいることは許されないのだ。
「お前には三つの選択肢がある」
地下牢に移された日。与羽殺害未遂の現場にいた二刀流の青年――絡柳が暗鬼にそう告げた。彼の後ろには暗い顔をした屈強な男が二人、無言で立っている。彼らが抱える重そうな道具箱や感情のうかがえない闇を帯びた顔から、暗鬼は彼らの正体を察した。拷問吏だ。やさしい人が多いと感じた中州にも、彼らのような手を汚す官吏がいることに暗鬼は少し安心を覚えた。
「一つは、このままお前を華金に引き渡す。二つ目は、華金の暗殺者として中州の法で裁かれその罰を受ける。三つ目は心をすっかり入れ替え中州のために働く、だ」
「三番目を選ぶことは、できるのですか……?」
暗鬼は驚いた。確かに与羽はその選択肢を提示していたが、拷問吏を従えたこの厳しい雰囲気の青年がそれを提案してくるとは思えなかったのだ。
「本来ならあり得ないが、姫の願いだからな。ただ、三番目を選んでも、無条件にお前を解放することはできない。死刑にしないとは言ったが、三番目を選んで国や姫を裏切るようなそぶりがあれば、その時は問答無用で斬り捨てる。時間はないが、よく考えることだ。もし、お前が姫の善意を利用して踏みにじる気でいるのなら、俺も城主も他の官吏も絶対にお前を許さない」
絡柳の言葉は厳しく、威圧感があった。脅しではなく、本気だ。
「はい」
それでも、暗鬼の答えは決まっていた。深く息をついて目を閉じれば、与羽の放つ強烈な光が見える気がした。あの時、彼女の陽だまりのようなあたたかさは、確かに一瞬暗鬼の闇を取り除いてくれた。
「……僕みたいな存在が、彼女を信じてもいいのでしょうか?」
「信じる信じないは、誰かに許しを請うものじゃない。自分で決めて、信じるものだ」
絡柳の答えに、暗鬼はゆっくりと目を開けた。
「僕の望みを聞いていただけるのなら――。こんな血に濡れ、闇にまみれた僕を必要としてもらえるのなら――」
きっと彼女の放つ明るい光を、人は「希望」と呼ぶのだろう。
「……三番目で、お願いします」
「わかった」
重々しく言う暗鬼に、絡柳は深くうなずいた。
「だが、すぐにお前を解放してやることはできない」
「はい」
彼の後ろに立つ拷問吏を見た時から、それはわかりきっていた。口ではなんとでもごまかせるのだ。特に暗鬼のような経験豊富な影の者ならば。彼らはこれからあらゆる手段と長い時間をかけて、暗鬼の本心を引き出そうとするだろう。本当に城主一族や中州に危害を加える気がないのか。華金と完全に縁を切るのか。彼らが答えを確信するまで――。
「覚悟は、できています」
「悪いな」
絡柳は少しだけ語気をやさしくして、後ろに控える二人の男に向かって手を振った。それを合図に彼らは縛られた暗鬼の隣までやってきた。ごとりと重い金属音とともに箱が置かれる。暗鬼はあえてその中身を見なかった。
「いいえ、中州のために必要なことだとわかっていますから」
暗鬼がそうほほえんだところで、目隠しをされた。顎をつかまれ、上向かされた口に液体が流し込まれる。とろりとわずかに粘度を持ったそれは、毒ではないだろうが、まったく無害な飲み物でもないだろう。
「嘘をつかれると困るからな。少し薬で判断力を鈍らせてもらう」
闇の中から絡柳の声がした。自白薬の類か。暗鬼も使ったことがある。相手を夢うつつの催眠状態にして、聞きたいことをしゃべらせる。量や使用頻度によっては、相手を一生まともな思考ができない廃人に仕立てることもできる危険な薬だが、暗鬼はためらわずに流し込まれるまま飲み込んだ。
尋問は毎日、時間を問わず行われた。地下牢は全く日が射さず、不定期な食事と尋問に日付や時間の感覚がどんどん狂っていく。薬を飲まされ、夢と現実の境目のようなおぼろげな思考の中でいろいろなことを話したり、聞いたりした。時には痛みや恐怖によって情報を聞き出す拷問も受けた。
自白薬で常に頭がかすみががったような状態なので、自分が何を言って、なにを聞いたかも確かでない。これを乗り越えれば自分を受け入れてくれた強い光の下に行けると言う希望が、彼の心を保たせていた。
夢うつつの世界で、誰かが話してくれた気がする。
与羽はとてもやさしくて、誰にでも手を差し伸べる。そんな彼女が本当に大好きで、自分の命に代えても守りたいと思っている。与羽のお人好しなところは確かに危ういが、その危険は自分が全力で取り除けば済む話だ。彼女がいつまでも理想を唱え続けられるようにするのが自分の使命なのだと。
与羽がどれほどやさしいかと言うと、今回の暗鬼がやったのとは比べ物にならない大怪我を故意に負わせてしまっても許してくれるほど。あの時、与羽に許され、求められなかったら、きっと今この場所に自分はいなかっただろう。
与羽は物心つく前に両親と死別してしまった。彼女にとって城下町の人はみんな親で兄弟なのだと。暗鬼が仲間になれば、与羽はとても喜ぶに違いない。
色々なことを聞いたし、色々なことを話した気がする。
凪は家族全員が医師で、みんなが様々な場所に治療へ出向くので、彼女一人で家に残ることが多いのだそうだ。使用人や治療の手伝いをしてくれる人はいるが、暗鬼が住み込みで手伝うようになって本当に喜んでいたと言う。
しかし、その記憶も徐々に解けていく。薬が、強く効き過ぎている。このままでは頭が狂い、心が死んでしまう。記憶が抜け落ちているので確信はないが、暗鬼はすべてを正直に話してきたはずだ。そのための薬なのだから。いくら暗殺者として鍛えられてきた暗鬼でも、何十日も監禁され疲弊した上に、繰り返し薬づけにされれば、抵抗できない。それでも、信じてもらえないのか。
やはり、敵国の暗殺者では、あの強い光のもとにいることは許されないのだ。
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