龍神の詩 ~龍の姫は愛されながら大人になる~

白楠 月玻

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  第一部 - 終章 羽根の姫

終章一節 - 陽だまりと龍姫

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【終章】


 暗鬼あんきは城主一族が住む奥屋敷の一室に軟禁された。腕にも足にも縄がかけられ、舌を噛みきらないようにくつわもかまされている。雷乱らいらんと屋根から奇襲を仕掛けてきた青年――大斗だいとに監視されているので、逃げ出すことは不可能だ。

「ユリ君はさ、なんでこんなことしたん?」

 彼の頭の近くには与羽ようが座っていた。やさしく尋ねながら、暗鬼の前髪を手ですいている。その手つきのやさしいこと。こんな状況でなかったら、うとうと眠り込んでいたかもしれない。
 暗鬼は座敷に寝かされた状態で目を閉じて観念した。自分で飲んでしまった毒がまだかすかに効いているし、大斗に蹴られた頭はいまだに痛む。

「悪い人じゃない気がしたんじゃけどなぁ……」

 与羽の独り言に応えるものはいない。

「あんたは、これからどうしたいん? あんたは私が中州を思うみたいに、華金かきんを深く愛して王様に忠誠を誓っとるんかな?」

 それはあり得ない。暗鬼は目を閉じたまま、心の中でそう答えた。生きるために必要だったから、あの王に従っているまでだ。

「あんたが、もし、雷乱みたいに華金を離れたくて、中州を好きになって守りたいって言ってくれるんなら、私はそうできる道を用意してあげたい」

 つぶやくような言葉は本当にやさしくて、あたたかい。捕虜だった雷乱は、彼女のこんな言葉に感化されて、中州についたのだろうか。それも悪くないと思えた。
 しかし、底抜けにやさしい与羽はどうあれ、他の人々は暗鬼を一生疑い続けるだろう。与羽の提示してくれる世界はあたたかいが、暗鬼がそれに受け入れられることなどあるはずがない。自分は闇なのだ。人の心を疑心で黒く染める存在。

 周りの監視二人は、与羽の言葉に何も返さない。きっと彼らも無知で平和ボケした姫君の理想論と聞き流しているのだろう。

「華金ではどうか知らんけどさ。私は一度間違った道に進んでしまった人でも、その人次第でやり直すことができればなぁって思うんじゃ。正しくありたい人が、正しくあれるように。正直者や努力家が一番偉い世界になるように」

 誰の返事がなくても、与羽は穏やかに話し続ける。与羽の言葉に、暗鬼は「華金とは違うな……」と思った。

「私は確かに、あんたのことを根のやさしい良い人だって思ったんよなぁ。あんたがそう見えるように演技して、私がすっかり騙されとっただけかもしれんけど、私にはそう思えん。だから、もしあんたに失敗を改める気があるんなら――」

 彼女の言葉はただの夢物語だ。しかし、もし。万が一。彼女が言うような世界に、自分が住めたら――? 暗鬼の胸に毒とは違う苦しさが湧いた。

 自分は、その世界に手を伸ばしてもいいのだろうか?

 与羽がふっと笑みを浮かべたように感じた。

「また、あんたと一緒においしいものを食べに行けたらなぁって思う。あんた、結構甘いもの好きじゃろ?」

 与羽の紡ぐ言葉も額に触れた手もものすごくあたたかい。陽だまりの中にいるような心地よさと、謎の苦しさに閉じた暗鬼の瞳から澄んだ雫がこぼれ落ちた。
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