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第一部 - 二章 華金王の影
二章一節 - 孤独な暗殺者
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【第二章 華金王の影】
「あと一週間だけ」と期限を決めてしまうと、その後の時間はあっという間に過ぎてしまったような気がする。薬師家に居候している現状、本当は流行り病などが蔓延する時期を待って、薬と称して毒を盛るのが確実で楽なのだが、暗鬼はなぜか焦りを感じていた。
仕方なく、暗鬼は仕事の準備に取り掛かった。標的は、舞行と乱舞、そして与羽の三人。
中州城主の乱舞にはいまだに会えずにいたが、話を聞くに、彼も舞行や与羽に負けないお人よしらしい。しかし、彼らの人が良い分、周りを守る人々がしっかりしているようだ。与羽が一人で出歩くことは稀で、大抵辰海か大柄な護衛官の雷乱、もしくは女官らしき少女を連れている。舞行だけならば、城での施術中に凪もろとも殺すことはできるが、そのあと与羽や乱舞を見つけられるかは微妙なところ。
闇にまぎれて寝首をかいていくのが確実か。食べ物に毒を混ぜるべきか。
相打ち覚悟で始末するならば、なんとでもできる。しかし、暗鬼が仕える王にそこまでする価値は見いだせない。
――いっそのこと、中州に寝返るか?
ふと、そんなことが脳裏をよぎってしまった。暗鬼には国に残してきた家族も友人もいない。この仕事を無事終えて国に帰れば、常人が一生暮らしても余るほどの褒美がもらえるだろう。しかし、それは暗鬼にとって必要なものなのだろうか?
「でも……」
――きっと僕にこのお人よしたちの中での生活は合ってない。
今まで闇の中で生きてきた。今は暗殺のために必要だから、やっていけているだけ。このまま自分に与えられた命令を忘れてここにとどまれば、きっと周りのものを黒く染めてしまう。自分の闇が飲み込んでしまう。
それに、暗鬼が寝返れば、彼の主である華金王は中州に対して攻撃を加えるだろう。その理由が暗鬼にあると知られれば、中州での暗鬼の居場所はなくなる。祖国にもこの国にもいられなくなったら、どうすればいいのか。
暗鬼にある道は、命じられた三人の暗殺を成功させ、国に帰ること。それのみだ。
――まずは、与羽。
暗鬼は毒を用意した。食べ物に毒を混ぜるのは、一番好きなやり方だ。殺すまでの時間を調整することができるし、病死や原因不明の突然死に見せかけることもできる。毒の種類によっては血も出ない。やった相手がわかりにくく、暗殺の後も疑われることなくその場にい続けることが可能だ。
暗鬼はかつて与羽が紹介してくれた老婆の営むこい焼き屋に行って、こい焼きを買ってきた。求めたのは二つだったが、まだ温かい紙袋には、三つのこい焼きが入っている。
暗鬼はそのうちの一つに、用意した毒を、注入した。
薬師家に居候しているおかげで、薬草はいくらでも手に入る。薬草の中には量や組み合わせ次第で毒になるものもあるので、それを利用した。毒の種類は遅効性。しかも、致死性の毒ではなく、体調を崩し数日寝込む程度のものだ。これで外出が多い与羽の居場所を城に固定できる。あとは、薬と称してさらに毒を盛るか、時期を見て直接首をかき切るかすれば良い。中州城主の所在が曖昧な現状、すぐに殺してしまうのは悪手だ。
与羽に会うならば、城下町の大通りで待つのが確実。暗鬼はこい焼きの入った紙包みを抱えて、大通りを散策しながら与羽を待った。
「あっ、ユリ君。それ、こい焼き? 私、一つもらってもいいんかなぁ?」
すると、ありがたいことに与羽の方から暗鬼を見つけて声をかけて来てくれた。
「ダメですよ、ご主人様! 意地汚い!!」
今日の彼女につき従っているのは小柄な女官だ。与羽の食欲旺盛な態度をめいいっぱい背伸びしてたしなめている。
「いえ、大丈夫ですよ。いっぱいおまけしてもらいましたし」
暗鬼はその様子をほほえましく見ながら、包みを開いた。一つだけ違う向きで入れてある毒入りこい焼きを選んで渡す。
「ちょっと冷めちゃいましたけど……」
「え? 本当にいいん?」
自分でもらっていいのかと聞いた割に、与羽は驚いている。
「はい。凪さんと分けようと思って二つ買ったのに、三つもらってしまいました。このまま帰ったら取り合いの喧嘩になってしまいます」
暗鬼は困った笑みを浮かべて言った。
「すごく仲良くなっとんじゃね。良いこと良いこと」
「じゃ遠慮なく」と与羽はこい焼きを受け取った。
暗鬼は彼女を期待のこもった目で見つめている。この場で口にしてくれないかと。
しかし、それを妨げたのは女官だ。
「ご主人様、あたしがお預かりいたします。お部屋に戻って、少し焼き直して食べましょうよぉ!」
「あ、それならこれから薬師家に戻るので、そこで凪さんも交えて一緒に焼いて食べますか?」
このままでは与羽が毒入りこい焼きを食べたか確認できない。機転を利かせた暗鬼はそう誘った。
「そりゃええね」
与羽がうなずく。ひとまず安心だ。
暗鬼は一度与羽に渡したこい焼きを包みに戻すと、薬師家への道を歩きはじめた。
「あと一週間だけ」と期限を決めてしまうと、その後の時間はあっという間に過ぎてしまったような気がする。薬師家に居候している現状、本当は流行り病などが蔓延する時期を待って、薬と称して毒を盛るのが確実で楽なのだが、暗鬼はなぜか焦りを感じていた。
仕方なく、暗鬼は仕事の準備に取り掛かった。標的は、舞行と乱舞、そして与羽の三人。
中州城主の乱舞にはいまだに会えずにいたが、話を聞くに、彼も舞行や与羽に負けないお人よしらしい。しかし、彼らの人が良い分、周りを守る人々がしっかりしているようだ。与羽が一人で出歩くことは稀で、大抵辰海か大柄な護衛官の雷乱、もしくは女官らしき少女を連れている。舞行だけならば、城での施術中に凪もろとも殺すことはできるが、そのあと与羽や乱舞を見つけられるかは微妙なところ。
闇にまぎれて寝首をかいていくのが確実か。食べ物に毒を混ぜるべきか。
相打ち覚悟で始末するならば、なんとでもできる。しかし、暗鬼が仕える王にそこまでする価値は見いだせない。
――いっそのこと、中州に寝返るか?
ふと、そんなことが脳裏をよぎってしまった。暗鬼には国に残してきた家族も友人もいない。この仕事を無事終えて国に帰れば、常人が一生暮らしても余るほどの褒美がもらえるだろう。しかし、それは暗鬼にとって必要なものなのだろうか?
「でも……」
――きっと僕にこのお人よしたちの中での生活は合ってない。
今まで闇の中で生きてきた。今は暗殺のために必要だから、やっていけているだけ。このまま自分に与えられた命令を忘れてここにとどまれば、きっと周りのものを黒く染めてしまう。自分の闇が飲み込んでしまう。
それに、暗鬼が寝返れば、彼の主である華金王は中州に対して攻撃を加えるだろう。その理由が暗鬼にあると知られれば、中州での暗鬼の居場所はなくなる。祖国にもこの国にもいられなくなったら、どうすればいいのか。
暗鬼にある道は、命じられた三人の暗殺を成功させ、国に帰ること。それのみだ。
――まずは、与羽。
暗鬼は毒を用意した。食べ物に毒を混ぜるのは、一番好きなやり方だ。殺すまでの時間を調整することができるし、病死や原因不明の突然死に見せかけることもできる。毒の種類によっては血も出ない。やった相手がわかりにくく、暗殺の後も疑われることなくその場にい続けることが可能だ。
暗鬼はかつて与羽が紹介してくれた老婆の営むこい焼き屋に行って、こい焼きを買ってきた。求めたのは二つだったが、まだ温かい紙袋には、三つのこい焼きが入っている。
暗鬼はそのうちの一つに、用意した毒を、注入した。
薬師家に居候しているおかげで、薬草はいくらでも手に入る。薬草の中には量や組み合わせ次第で毒になるものもあるので、それを利用した。毒の種類は遅効性。しかも、致死性の毒ではなく、体調を崩し数日寝込む程度のものだ。これで外出が多い与羽の居場所を城に固定できる。あとは、薬と称してさらに毒を盛るか、時期を見て直接首をかき切るかすれば良い。中州城主の所在が曖昧な現状、すぐに殺してしまうのは悪手だ。
与羽に会うならば、城下町の大通りで待つのが確実。暗鬼はこい焼きの入った紙包みを抱えて、大通りを散策しながら与羽を待った。
「あっ、ユリ君。それ、こい焼き? 私、一つもらってもいいんかなぁ?」
すると、ありがたいことに与羽の方から暗鬼を見つけて声をかけて来てくれた。
「ダメですよ、ご主人様! 意地汚い!!」
今日の彼女につき従っているのは小柄な女官だ。与羽の食欲旺盛な態度をめいいっぱい背伸びしてたしなめている。
「いえ、大丈夫ですよ。いっぱいおまけしてもらいましたし」
暗鬼はその様子をほほえましく見ながら、包みを開いた。一つだけ違う向きで入れてある毒入りこい焼きを選んで渡す。
「ちょっと冷めちゃいましたけど……」
「え? 本当にいいん?」
自分でもらっていいのかと聞いた割に、与羽は驚いている。
「はい。凪さんと分けようと思って二つ買ったのに、三つもらってしまいました。このまま帰ったら取り合いの喧嘩になってしまいます」
暗鬼は困った笑みを浮かべて言った。
「すごく仲良くなっとんじゃね。良いこと良いこと」
「じゃ遠慮なく」と与羽はこい焼きを受け取った。
暗鬼は彼女を期待のこもった目で見つめている。この場で口にしてくれないかと。
しかし、それを妨げたのは女官だ。
「ご主人様、あたしがお預かりいたします。お部屋に戻って、少し焼き直して食べましょうよぉ!」
「あ、それならこれから薬師家に戻るので、そこで凪さんも交えて一緒に焼いて食べますか?」
このままでは与羽が毒入りこい焼きを食べたか確認できない。機転を利かせた暗鬼はそう誘った。
「そりゃええね」
与羽がうなずく。ひとまず安心だ。
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