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第十五話 - 新たな日常へ
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時刻は早朝と言うにはまだ早い深夜。
星明りしかない夜の山の中を、スズはずんずん歩いて行く。彼女が明かりを拒否したのだ。あたりは木々のまばらな共有林。明かりがあれば村から容易に見えてしまうから、と。
「ロロのおうちの近くで『仕上げ』をしたら、ロロが怪しまれちゃうかもしれないから、少し離れなきゃね」
この移動は、そんなスズの気遣いによるものらしい。
「気にしなくていいよ。もともと僕は外れ者だから」
「そ、れ、で、もー!」
僕のすれた言葉に、スズはいつもの明るい調子で返してくれる。
「この辺にしよっか」
しばらく歩いてスズが足を止めたのは、村全体が見下ろせる山の中腹だった。
「『いただきます』するから、少し離れてて」
スズは自分の帯をほどきながら言った。
「わかった」
三回目にもなれば、僕もやるべきことを理解している。彼女の邪魔にならないよう距離を取るのだ。
「帯と上着を預かってもらっていいかな」
「もちろん」
新たな指示にもすぐ対応できる。
僕はスズの体温が移った上着と帯を受け取って、さらに数歩下がった。胸元を隠す上着と膝上丈のスカート。僕は胴体部分をさらす格好になったスズの白い背中を見守った。
スズが体の前でゆっくりと両手を合わせる。
「- いただきます -」
その瞬間、スズの体が黒く大きく──。霧のように広がって山裾へと流れ出していった。
「スズ!?」
彼女の初めてみる姿に、僕はあたりをよく見ようと数歩前に出た。寝静まった山村を黒い霧が舐めるように通過していく。あれが本当にスズなのだろうか。異様な光景に僕は目が離せなかった。
一周隅々まで村を撫でた霧は、再び集まりながら僕の方へと迫ってくる。そこから先は一瞬だった。黒い霧を目で追った僕の鼻先で、それが再び少女の形をとる。
「うわ!」
彼女の頭と僕の唇が触れそうな距離間に、僕は慌てて身をのけぞらせた。
「ロロ、下がっといてって言ったのに、進んだでしょ」
見慣れた顔が、怒ったように唇を尖らせて僕の顔を見上げる。
「あぶないよ。ごっちんこするよ」
「……女の子が『ちんこ』とか言うんじゃない」
僕は焦りと驚きを隠すために、そんなことを口走っていた。
「そんなこと言ってないもん!」
スズがほほを膨らませている。普段と変わらない様子の彼女。これで、本当に終わったのだろうか。
「何をしてきたの?」
僕は預かっていた上着を彼女の肩にかけながら尋ねた。
「村人全員ぺろぺろしてきた。これでみんなの中にあった黄泉の力は消えたはずだよ」
僕の予想以上にすごいことをしてきたらしい。
「でもやっぱり何人かには見られちゃったかも。妖怪退治がはじまる前に早く逃げなきゃだね」
スズは上着にそでを通しながらすでに歩きはじめている。
「あの、僕の口寄せの力は消さなくていいわけ?」
それを慌てて追いかけながら、僕は声を張り上げた。
「口寄せの力は消せない。それはキミの魂に刻まれた能力だから」
スズは足を止めた。僕が追い付くのを待ってくれるらしい。
「あたしにできるのは、キミの体にたまった黄泉の力を吸い出して一時的に口寄せを弱めてあげることくらいかな」
彼女に追いついて預かったままだった帯を渡そうとした僕の手を、スズは両手でとった。
「スズ?」
とてもあたたかい手だった。
「キミの力は空き地の植物を片付けたとき、一緒に食べてあるんだけど、不安ならもう一回、ね」
スズの髪の毛が蛇の姿になって僕に近づく。しかし、まったく怖くない。たとえそれが僕の手に噛みついたとしても。
「痛くはないはずだけど」
「大丈夫、平気」
彼女の言う通り痛みはない。刷毛で撫でられるようなくすぐったさがあるだけだ。スズは僕の右手を両手でつかんだまま、髪の毛で手のひらや指を挟んでいく。はもはもと動くその口は、本当に僕の体から黄泉の力を吸い出しているのだろうか。
僕はその様子を無言で眺めた。細い髪の毛。小さな手。こんなに小柄でか弱そうな少女が一人旅をして大丈夫なのだろうか。いや、スズは髪の毛で僕の体を持ち上げられるほど、強くて頑丈だ。僕より強いかもしれない。それでも心配してしまうのは、僕が彼女と共に行きたいから……。彼女には僕が必要だと思い込みたいのだ。
「おしまい!」
しばらくして、スズの髪の毛が僕の手から離れた。
「早く帰らなきゃ。夜が明けちゃう」
そう言ってスズが見た東の空はまだ暗い。しかし、目に見えなくても着実に夜明けが近づいているのは間違いない。
先を急ごうと、スズの手が離れる。その手を今度は僕からつかんだ。
「ロロ?」
再びこちらを向いたスズの手を引いて、自分の腕の中に閉じ込めた。こんなことをしても、別れがよりいっそうつらくなるだけだ。そうわかっていても、やめられなかった。
「よしよし、あたしがいなくなったら寂しいもんね」
スズはこの抱擁が僕自身のためのものであると理解しているようだ。
「……うん」
絞り出すようにうなずくと、スズの手が僕の背をやさしく叩いてくれた。励ますように、慰めるように。
「ロロ、あたしと一緒に来るかい?」
それは予想外な問いかけだった。しかし、僕が心の底で願っていた提案。
「……え?」
僕は驚きのあまり聞き返すことしかできなかった。腕を緩めて、見下ろしたスズの顔はこちらを向いてない。彼女の気に障ることをしてしまったかもしれないと、僕は慌てて姿勢を正した。スズは言葉を探すように眉間にしわを寄せている。
「残酷な言い方ではあるけど、口寄せはやっぱり一ヶ所にとどまるべきじゃない」
そして、ゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。
「とどまるにしても、場所を選ぶべき。この村は、町から遠くて、閉鎖的で、……口寄せが暮らすには向いてないと思う」
彼女が僕を傷つけないように言葉を選んでいるのがわかる。
「キミが嫌じゃなければ、もっと適した場所に連れて行ってあげるよ。キミが何を呼び寄せても、すぐに対処できる場所に」
「ありがとう」
感謝の言葉を言いながら、僕は自分の中の勇気を総動員した。
「僕は、君と一緒に行きたい」
少し震えた声で、自分の望みを口にした。
「決まりだね」
スズは見慣れたいたずらっぽい笑みを浮かべている。
「そうと決まればダッシュだよ。別れのあいさつとか必要だったら、急いでやっといで!」
スズは言い終わる前に駆け出していた。何のためらいもない様子で。
「そうだね。兄さまの家には手紙を入れておかないと」
それを追いかけながら、僕は頭の中で手紙の文面を考えた。村を離れる願望はあったが、その運命を目の前にすると、やはり少し寂しい。
──
一郎兄さまへ。僕はこの村を出ます。腰林と山小屋は好きに使ってください。六郎。
──
これで良いだろうか。理由などを添えるべきだろうか。
理由……。僕の口寄せ体質のことは書かない方がいいかもしれない。ただそれを避けて、スズと一緒に行きたいからと書けば、どんな邪推をされるかわからない。
「……ふっ」
女の子と旅をしたいから村を出る、なんて言ったら兄さまはどんな顔をするだろう。僕はそれを想像して笑ってしまった。やはり、理由は書かず、短く簡潔にまとめた方が良さそうだ。
「なに一人で楽しくなってんの?」
僕の笑い声に耳ざとく気づいてスズが振り返る。
「この村を出たら、どこに向かう予定?」
僕はそれに答えず、質問を返した。
「出雲だよ、出雲。『大社参り』ってことにすれば、君の旅券を取りやすいでしょ。それに神在月(十月)前には出雲に戻らないといけないし。仲間に呼ばれてるから、少し寄り道はすると思うけど」
スズは今後の段取りや予定をすでにいろいろ考えているらしい。
「……楽しみ」
僕は素直に沸き起こる感情を言葉にした。
「でも、本当にいいの?」
喜びと不安を。
「大丈夫! キミが一緒に来るかもしれないってことは、だいぶ前から分かってたしね」
「え?」
困惑する僕の目の前で、スズはニンマリ笑った。
「口寄せの人は、魂の本質が『寂しがりやさん』なんだもん! だから、いろんなものを呼び寄せちゃうんだよ」
「は……? はぁ?」
僕が、寂しがりや? スズの言葉を理解した瞬間、僕は急に恥ずかしくなった。心の底の弱い部分を見透かされたような気がして。いや、彼女は僕が口寄せ体質であると知った時から、理解していたのだろう。それなのに、僕は内心を知られたくなくてずっと不機嫌な顔をして、ぶっきらぼうに接して──。
──穴があったら入りたい。
「顔真っ赤っかだよ」
スズがからかうように笑っている。
「なんでこの暗闇で顔色がわかるんだよ」
僕は怒った声を出したが、ダメだ。全部スズにバレているような気がする。
「ほら、そんな顔しないの! 笑顔笑顔!!」
スズが鼻の穴を膨らませて変顔をしている。
「ぶふっ……。それ卑怯だろ!」
僕は吹き出しながらスズを捕まえようと手を伸ばした。スズはすばやく髪の毛を頭上の枝に巻き付けて、空中に逃げてしまったが。彼女の髪の毛にはそういう使い方もあるらしい。
「卑怯じゃないもーん。あたしの今のお仕事は口寄せ少年の孤独な魂をマシな状態にしてあげることなのです」
空中に倒立したスズの右手人差し指が、真っすぐ僕を指さした。
「できるもんならやってみやがれ!」
スズの芝居がかった言動に、僕も悪役を演じることで応える。そうすることで生まれ育った村を離れる感傷もまぎらわせるだろう。
「うん、いい感じ」
僕の態度はスズのお眼鏡にかなったようだ。満足そうな言葉とともに地上に帰ってきたスズは、再び歩きはじめた。今度は僕の隣を。
「これから、いっぱい楽しい思いをさせてあげるよ。寂しさなんて忘れちゃうくらいに! そうしたら、口寄せの力も消えるだろうから。普通の人間に戻れるよ。いや、普通よりも幸せな人間かもね!」
スズの明るい横顔。
「…………。できるもんなら……、やってみやがれ」
感謝の言葉を述べるのが恥ずかしくて、僕は先ほどのセリフを繰り返した。
「それは減点!」
「何の採点だよ」
これが呪われちゃってる口寄せの僕と呪われちゃってる悪食少女スズとの出会い。
「君の口寄せ体質脱出ポイントだよ。すなおーに、かわいーく生きなきゃ」
どうやら、僕の力は悪いものを引き寄せるだけではないらしい。スズとの出会いも、この不幸な呪いのおかげ。そう考えるとこの先の未来が楽しみになってくる。
たくさんの仲間と、冒険と、不思議な出来事が僕の周りに集まってくるだろう。もしかすると、危険な目に合うこともあるかもしれない。それでも、スズや仲間たちがいれば絶対に何とかなる。僕が希望と幸運を引き寄せる。
「良いものだけを引き寄せる口寄せ能力ってあるかな?」
「そんな便利な能力あるかなぁ?」
「スズの能力だって便利すぎるほど便利だろ」
「それは確かに」
僕たちは山道を並んで歩きながら雑談する。
「……それならあるかもね」
「良い目標ができたな」
スズの笑顔に僕もにんまりと笑い返した。
僕たちの怪異譚は、続いていく。
【完】
→ あとがき
星明りしかない夜の山の中を、スズはずんずん歩いて行く。彼女が明かりを拒否したのだ。あたりは木々のまばらな共有林。明かりがあれば村から容易に見えてしまうから、と。
「ロロのおうちの近くで『仕上げ』をしたら、ロロが怪しまれちゃうかもしれないから、少し離れなきゃね」
この移動は、そんなスズの気遣いによるものらしい。
「気にしなくていいよ。もともと僕は外れ者だから」
「そ、れ、で、もー!」
僕のすれた言葉に、スズはいつもの明るい調子で返してくれる。
「この辺にしよっか」
しばらく歩いてスズが足を止めたのは、村全体が見下ろせる山の中腹だった。
「『いただきます』するから、少し離れてて」
スズは自分の帯をほどきながら言った。
「わかった」
三回目にもなれば、僕もやるべきことを理解している。彼女の邪魔にならないよう距離を取るのだ。
「帯と上着を預かってもらっていいかな」
「もちろん」
新たな指示にもすぐ対応できる。
僕はスズの体温が移った上着と帯を受け取って、さらに数歩下がった。胸元を隠す上着と膝上丈のスカート。僕は胴体部分をさらす格好になったスズの白い背中を見守った。
スズが体の前でゆっくりと両手を合わせる。
「- いただきます -」
その瞬間、スズの体が黒く大きく──。霧のように広がって山裾へと流れ出していった。
「スズ!?」
彼女の初めてみる姿に、僕はあたりをよく見ようと数歩前に出た。寝静まった山村を黒い霧が舐めるように通過していく。あれが本当にスズなのだろうか。異様な光景に僕は目が離せなかった。
一周隅々まで村を撫でた霧は、再び集まりながら僕の方へと迫ってくる。そこから先は一瞬だった。黒い霧を目で追った僕の鼻先で、それが再び少女の形をとる。
「うわ!」
彼女の頭と僕の唇が触れそうな距離間に、僕は慌てて身をのけぞらせた。
「ロロ、下がっといてって言ったのに、進んだでしょ」
見慣れた顔が、怒ったように唇を尖らせて僕の顔を見上げる。
「あぶないよ。ごっちんこするよ」
「……女の子が『ちんこ』とか言うんじゃない」
僕は焦りと驚きを隠すために、そんなことを口走っていた。
「そんなこと言ってないもん!」
スズがほほを膨らませている。普段と変わらない様子の彼女。これで、本当に終わったのだろうか。
「何をしてきたの?」
僕は預かっていた上着を彼女の肩にかけながら尋ねた。
「村人全員ぺろぺろしてきた。これでみんなの中にあった黄泉の力は消えたはずだよ」
僕の予想以上にすごいことをしてきたらしい。
「でもやっぱり何人かには見られちゃったかも。妖怪退治がはじまる前に早く逃げなきゃだね」
スズは上着にそでを通しながらすでに歩きはじめている。
「あの、僕の口寄せの力は消さなくていいわけ?」
それを慌てて追いかけながら、僕は声を張り上げた。
「口寄せの力は消せない。それはキミの魂に刻まれた能力だから」
スズは足を止めた。僕が追い付くのを待ってくれるらしい。
「あたしにできるのは、キミの体にたまった黄泉の力を吸い出して一時的に口寄せを弱めてあげることくらいかな」
彼女に追いついて預かったままだった帯を渡そうとした僕の手を、スズは両手でとった。
「スズ?」
とてもあたたかい手だった。
「キミの力は空き地の植物を片付けたとき、一緒に食べてあるんだけど、不安ならもう一回、ね」
スズの髪の毛が蛇の姿になって僕に近づく。しかし、まったく怖くない。たとえそれが僕の手に噛みついたとしても。
「痛くはないはずだけど」
「大丈夫、平気」
彼女の言う通り痛みはない。刷毛で撫でられるようなくすぐったさがあるだけだ。スズは僕の右手を両手でつかんだまま、髪の毛で手のひらや指を挟んでいく。はもはもと動くその口は、本当に僕の体から黄泉の力を吸い出しているのだろうか。
僕はその様子を無言で眺めた。細い髪の毛。小さな手。こんなに小柄でか弱そうな少女が一人旅をして大丈夫なのだろうか。いや、スズは髪の毛で僕の体を持ち上げられるほど、強くて頑丈だ。僕より強いかもしれない。それでも心配してしまうのは、僕が彼女と共に行きたいから……。彼女には僕が必要だと思い込みたいのだ。
「おしまい!」
しばらくして、スズの髪の毛が僕の手から離れた。
「早く帰らなきゃ。夜が明けちゃう」
そう言ってスズが見た東の空はまだ暗い。しかし、目に見えなくても着実に夜明けが近づいているのは間違いない。
先を急ごうと、スズの手が離れる。その手を今度は僕からつかんだ。
「ロロ?」
再びこちらを向いたスズの手を引いて、自分の腕の中に閉じ込めた。こんなことをしても、別れがよりいっそうつらくなるだけだ。そうわかっていても、やめられなかった。
「よしよし、あたしがいなくなったら寂しいもんね」
スズはこの抱擁が僕自身のためのものであると理解しているようだ。
「……うん」
絞り出すようにうなずくと、スズの手が僕の背をやさしく叩いてくれた。励ますように、慰めるように。
「ロロ、あたしと一緒に来るかい?」
それは予想外な問いかけだった。しかし、僕が心の底で願っていた提案。
「……え?」
僕は驚きのあまり聞き返すことしかできなかった。腕を緩めて、見下ろしたスズの顔はこちらを向いてない。彼女の気に障ることをしてしまったかもしれないと、僕は慌てて姿勢を正した。スズは言葉を探すように眉間にしわを寄せている。
「残酷な言い方ではあるけど、口寄せはやっぱり一ヶ所にとどまるべきじゃない」
そして、ゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。
「とどまるにしても、場所を選ぶべき。この村は、町から遠くて、閉鎖的で、……口寄せが暮らすには向いてないと思う」
彼女が僕を傷つけないように言葉を選んでいるのがわかる。
「キミが嫌じゃなければ、もっと適した場所に連れて行ってあげるよ。キミが何を呼び寄せても、すぐに対処できる場所に」
「ありがとう」
感謝の言葉を言いながら、僕は自分の中の勇気を総動員した。
「僕は、君と一緒に行きたい」
少し震えた声で、自分の望みを口にした。
「決まりだね」
スズは見慣れたいたずらっぽい笑みを浮かべている。
「そうと決まればダッシュだよ。別れのあいさつとか必要だったら、急いでやっといで!」
スズは言い終わる前に駆け出していた。何のためらいもない様子で。
「そうだね。兄さまの家には手紙を入れておかないと」
それを追いかけながら、僕は頭の中で手紙の文面を考えた。村を離れる願望はあったが、その運命を目の前にすると、やはり少し寂しい。
──
一郎兄さまへ。僕はこの村を出ます。腰林と山小屋は好きに使ってください。六郎。
──
これで良いだろうか。理由などを添えるべきだろうか。
理由……。僕の口寄せ体質のことは書かない方がいいかもしれない。ただそれを避けて、スズと一緒に行きたいからと書けば、どんな邪推をされるかわからない。
「……ふっ」
女の子と旅をしたいから村を出る、なんて言ったら兄さまはどんな顔をするだろう。僕はそれを想像して笑ってしまった。やはり、理由は書かず、短く簡潔にまとめた方が良さそうだ。
「なに一人で楽しくなってんの?」
僕の笑い声に耳ざとく気づいてスズが振り返る。
「この村を出たら、どこに向かう予定?」
僕はそれに答えず、質問を返した。
「出雲だよ、出雲。『大社参り』ってことにすれば、君の旅券を取りやすいでしょ。それに神在月(十月)前には出雲に戻らないといけないし。仲間に呼ばれてるから、少し寄り道はすると思うけど」
スズは今後の段取りや予定をすでにいろいろ考えているらしい。
「……楽しみ」
僕は素直に沸き起こる感情を言葉にした。
「でも、本当にいいの?」
喜びと不安を。
「大丈夫! キミが一緒に来るかもしれないってことは、だいぶ前から分かってたしね」
「え?」
困惑する僕の目の前で、スズはニンマリ笑った。
「口寄せの人は、魂の本質が『寂しがりやさん』なんだもん! だから、いろんなものを呼び寄せちゃうんだよ」
「は……? はぁ?」
僕が、寂しがりや? スズの言葉を理解した瞬間、僕は急に恥ずかしくなった。心の底の弱い部分を見透かされたような気がして。いや、彼女は僕が口寄せ体質であると知った時から、理解していたのだろう。それなのに、僕は内心を知られたくなくてずっと不機嫌な顔をして、ぶっきらぼうに接して──。
──穴があったら入りたい。
「顔真っ赤っかだよ」
スズがからかうように笑っている。
「なんでこの暗闇で顔色がわかるんだよ」
僕は怒った声を出したが、ダメだ。全部スズにバレているような気がする。
「ほら、そんな顔しないの! 笑顔笑顔!!」
スズが鼻の穴を膨らませて変顔をしている。
「ぶふっ……。それ卑怯だろ!」
僕は吹き出しながらスズを捕まえようと手を伸ばした。スズはすばやく髪の毛を頭上の枝に巻き付けて、空中に逃げてしまったが。彼女の髪の毛にはそういう使い方もあるらしい。
「卑怯じゃないもーん。あたしの今のお仕事は口寄せ少年の孤独な魂をマシな状態にしてあげることなのです」
空中に倒立したスズの右手人差し指が、真っすぐ僕を指さした。
「できるもんならやってみやがれ!」
スズの芝居がかった言動に、僕も悪役を演じることで応える。そうすることで生まれ育った村を離れる感傷もまぎらわせるだろう。
「うん、いい感じ」
僕の態度はスズのお眼鏡にかなったようだ。満足そうな言葉とともに地上に帰ってきたスズは、再び歩きはじめた。今度は僕の隣を。
「これから、いっぱい楽しい思いをさせてあげるよ。寂しさなんて忘れちゃうくらいに! そうしたら、口寄せの力も消えるだろうから。普通の人間に戻れるよ。いや、普通よりも幸せな人間かもね!」
スズの明るい横顔。
「…………。できるもんなら……、やってみやがれ」
感謝の言葉を述べるのが恥ずかしくて、僕は先ほどのセリフを繰り返した。
「それは減点!」
「何の採点だよ」
これが呪われちゃってる口寄せの僕と呪われちゃってる悪食少女スズとの出会い。
「君の口寄せ体質脱出ポイントだよ。すなおーに、かわいーく生きなきゃ」
どうやら、僕の力は悪いものを引き寄せるだけではないらしい。スズとの出会いも、この不幸な呪いのおかげ。そう考えるとこの先の未来が楽しみになってくる。
たくさんの仲間と、冒険と、不思議な出来事が僕の周りに集まってくるだろう。もしかすると、危険な目に合うこともあるかもしれない。それでも、スズや仲間たちがいれば絶対に何とかなる。僕が希望と幸運を引き寄せる。
「良いものだけを引き寄せる口寄せ能力ってあるかな?」
「そんな便利な能力あるかなぁ?」
「スズの能力だって便利すぎるほど便利だろ」
「それは確かに」
僕たちは山道を並んで歩きながら雑談する。
「……それならあるかもね」
「良い目標ができたな」
スズの笑顔に僕もにんまりと笑い返した。
僕たちの怪異譚は、続いていく。
【完】
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✳おおさか
江戸時代は「大坂」の表記。明治以降「大阪」表記に。物語では、「大坂」で統一しています。
□主な登場人物□
おとき︰主人公
お民︰おときの幼馴染
伊左次(いさじ)︰寺島家の職人頭。おときの用心棒、元武士
寺島惣右衛門︰公儀御用瓦師・寺島家の当主。おときの父。
モン様︰近松門左衛門。おときは「モン様」と呼んでいる。
久富大志郎︰23歳。大坂西町奉行所同心
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