10 / 16
第十話 - 宿場町
しおりを挟む
「あたし、こう見えて力持ちなんだよねー」
薪は僕だけが背負って行くつもりだったが、スズも薪をひと山運んでくれたので、僕は宿場町で普段の倍近いお金を手にすることができた。そのお金で買うのは、食料と日用品だ。米や干し芋など日持ちのする食料と、山では貴重品の塩。破れた着物を繕うための端切れ布と糸。あと少し悩んで来客用の茶碗も買うことにした。僕の家にある茶碗は、スズに欠けていると文句を言われてしまったから。
「奥さんに贈り物ですきゃー?」
ひとりで茶碗を選ぶ僕に、焼き物屋の店主が尋ねる。
「いや、客人用」
僕は冷静な口調を心がけて彼の間違いを訂正した。
「けどお客さん、さっきから女性物ばっか手に取っとりますよ」
確かに僕は先ほどから小ぶりでかわいらしい模様のものばかり見ていたかもしれない。
「……それでも、客人用」
「じゃあ、意中の女性と言うわけですなぁ」
「違う!」
「ははは、顔に『図星』と書いてありますがな」
もう二度とこの焼き物屋は使わないでおこう。僕はそう決めて、白地に青で四つ葉の描かれたかわいらしいものを購入した。日常使い用の安物なので、色むらが目立つがどうせ使うのはあの妖怪少女だ。
焼き物屋の店主には怒鳴ってしまったが、改めて考えると確かに来客用の割には使う人を選ぶデザインだ。でも仕方ない。スズには似合うだろう。僕の家を訪れる客人など、彼女くらいなのだから。
「いい買い物できた?」
夕方に宿場の入り口で合流したスズは、たくさんの食料を背負っていた。僕も似たようなものだが。
「まあね」
僕はそっけなく肯定して、抱えていたぼろ布の塊をスズに押し付けた。
「なに?」
驚いた顔で包みをほどくスズを置いて、先に帰路につく僕。
「めっちゃかわいい茶碗じゃん! どうしたのこれ?」
スズが全速力で駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「来客用。君が使うんだから、君が持って帰ってよ。欠けてるの、嫌だったんだろ?」
僕は全力で冷たい声を出した。顔を見られたら照れているのがバレてしまうので、スズが追い付きにくいように速足で歩く。
「ありがとう!」
スズの声は斜め後ろで聞こえた。もう横に並ばれそうだ。
「あと、薪を運んでくれた駄賃と、……髪を切っちゃった、お詫びも兼ねて」
僕はスズとは反対方向に顔を向けた。
「あー、髪ね。あれはマジであり得なかったよ! おこだよおこ!!」
やはり、話題にしないだけで髪を切られたことはまだ怒っているらしい。
「……悪かったよ」
しかし、彼女が怒りをあらわにしてくれたので、謝りやすくもあった。彼女はまだ許してくれないかもしれないが、謝罪の言葉を口にできたことで僕の胸は少しだけ軽くなった。
「今度やったら、キミの髪の毛むしゃむしゃするからね!」
スズの言葉は冗談なのか本気なのか。まぁ、彼女の髪の毛を切ることは二度とないはずなので、どちらでも良い。
「あんまりはしゃぐと疲れるぞ。村までは遠いんだから」
僕はそう言うと早歩きを少し緩めた。
「んもう! 話題勝手に変えないでよ!」
忠告しても、スズの元気の良さは変わらなかったが。
「君にだけは言われたくない」
僕はそう言って、前方の山を見た。このあたりは宿場町で多量に消費する薪を刈っているので、木がほとんど生えていない。村まではまだまだだ。
* * *
宿場町に行った翌日は長距離歩行の疲労を癒すための休養日となった。天気が良かったので、僕はかび臭い布団を干したり、薪を割ったり、水瓶を洗ったりと家事に勤しんだ。
日没前には、山の麓にある民家にスズを連れて行く。宿場で買ってきた菓子と引き換えにお風呂を貸してくれるよう頼んだのだ。スズが湯に浸かりたそうにしていたから。
「最初は冷たいタイプの人かと思ったけど、めっちゃやさしいじゃん」
スズは新しい茶碗を喜んでくれたし、お風呂で全身を綺麗に洗えてご機嫌だ。
「別に……」
僕はどう答えるのが正解かわからなくて、不機嫌な声を出した。スズの言葉を否定して冷たい人間だと主張するのは違う気がするし、だからといってやさしい人間だと肯定するのも自信過剰だ。スズのように冗談めかして笑いに変える技術もない。
「うふふ、ツンデレさんなんだからぁ。あたしのために色々してくれてありがとね」
「……どうってことない」
僕はスズの笑顔から顔をそむけた。確かに茶碗を新調したのも、お風呂を借りに行ったのもスズのためだ。僕一人ならそんなことしない。でもそれを彼女の前で認めるのは恥ずかしかった。
「油がもったいないから、もう寝よう。明日は山歩きするんでしょ」
これ以上スズと話していると顔から火が出そうだったので、僕は冷めた口調でそう提案した。
「そうだね。ロロが言うならそうしよう」
僕の照れ隠しを知ってか知らずか、スズはすぐさま昼間干した布団に飛び込んでいく。
「まだちょっとかびっぽいけど、お日様の匂い!」
それなら良かった。僕は布団に潜り込むスズを見ながら、燭台の炎を吹き消した。
「おやすみ、ロロ」
暗闇の中で、スズが僕を見ているのがわかる。
「……おやすみ」
壁の隙間から差し込む星明りを反射してキラキラ光る大きな目に、僕は就寝のあいさつを返した。
薪は僕だけが背負って行くつもりだったが、スズも薪をひと山運んでくれたので、僕は宿場町で普段の倍近いお金を手にすることができた。そのお金で買うのは、食料と日用品だ。米や干し芋など日持ちのする食料と、山では貴重品の塩。破れた着物を繕うための端切れ布と糸。あと少し悩んで来客用の茶碗も買うことにした。僕の家にある茶碗は、スズに欠けていると文句を言われてしまったから。
「奥さんに贈り物ですきゃー?」
ひとりで茶碗を選ぶ僕に、焼き物屋の店主が尋ねる。
「いや、客人用」
僕は冷静な口調を心がけて彼の間違いを訂正した。
「けどお客さん、さっきから女性物ばっか手に取っとりますよ」
確かに僕は先ほどから小ぶりでかわいらしい模様のものばかり見ていたかもしれない。
「……それでも、客人用」
「じゃあ、意中の女性と言うわけですなぁ」
「違う!」
「ははは、顔に『図星』と書いてありますがな」
もう二度とこの焼き物屋は使わないでおこう。僕はそう決めて、白地に青で四つ葉の描かれたかわいらしいものを購入した。日常使い用の安物なので、色むらが目立つがどうせ使うのはあの妖怪少女だ。
焼き物屋の店主には怒鳴ってしまったが、改めて考えると確かに来客用の割には使う人を選ぶデザインだ。でも仕方ない。スズには似合うだろう。僕の家を訪れる客人など、彼女くらいなのだから。
「いい買い物できた?」
夕方に宿場の入り口で合流したスズは、たくさんの食料を背負っていた。僕も似たようなものだが。
「まあね」
僕はそっけなく肯定して、抱えていたぼろ布の塊をスズに押し付けた。
「なに?」
驚いた顔で包みをほどくスズを置いて、先に帰路につく僕。
「めっちゃかわいい茶碗じゃん! どうしたのこれ?」
スズが全速力で駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「来客用。君が使うんだから、君が持って帰ってよ。欠けてるの、嫌だったんだろ?」
僕は全力で冷たい声を出した。顔を見られたら照れているのがバレてしまうので、スズが追い付きにくいように速足で歩く。
「ありがとう!」
スズの声は斜め後ろで聞こえた。もう横に並ばれそうだ。
「あと、薪を運んでくれた駄賃と、……髪を切っちゃった、お詫びも兼ねて」
僕はスズとは反対方向に顔を向けた。
「あー、髪ね。あれはマジであり得なかったよ! おこだよおこ!!」
やはり、話題にしないだけで髪を切られたことはまだ怒っているらしい。
「……悪かったよ」
しかし、彼女が怒りをあらわにしてくれたので、謝りやすくもあった。彼女はまだ許してくれないかもしれないが、謝罪の言葉を口にできたことで僕の胸は少しだけ軽くなった。
「今度やったら、キミの髪の毛むしゃむしゃするからね!」
スズの言葉は冗談なのか本気なのか。まぁ、彼女の髪の毛を切ることは二度とないはずなので、どちらでも良い。
「あんまりはしゃぐと疲れるぞ。村までは遠いんだから」
僕はそう言うと早歩きを少し緩めた。
「んもう! 話題勝手に変えないでよ!」
忠告しても、スズの元気の良さは変わらなかったが。
「君にだけは言われたくない」
僕はそう言って、前方の山を見た。このあたりは宿場町で多量に消費する薪を刈っているので、木がほとんど生えていない。村まではまだまだだ。
* * *
宿場町に行った翌日は長距離歩行の疲労を癒すための休養日となった。天気が良かったので、僕はかび臭い布団を干したり、薪を割ったり、水瓶を洗ったりと家事に勤しんだ。
日没前には、山の麓にある民家にスズを連れて行く。宿場で買ってきた菓子と引き換えにお風呂を貸してくれるよう頼んだのだ。スズが湯に浸かりたそうにしていたから。
「最初は冷たいタイプの人かと思ったけど、めっちゃやさしいじゃん」
スズは新しい茶碗を喜んでくれたし、お風呂で全身を綺麗に洗えてご機嫌だ。
「別に……」
僕はどう答えるのが正解かわからなくて、不機嫌な声を出した。スズの言葉を否定して冷たい人間だと主張するのは違う気がするし、だからといってやさしい人間だと肯定するのも自信過剰だ。スズのように冗談めかして笑いに変える技術もない。
「うふふ、ツンデレさんなんだからぁ。あたしのために色々してくれてありがとね」
「……どうってことない」
僕はスズの笑顔から顔をそむけた。確かに茶碗を新調したのも、お風呂を借りに行ったのもスズのためだ。僕一人ならそんなことしない。でもそれを彼女の前で認めるのは恥ずかしかった。
「油がもったいないから、もう寝よう。明日は山歩きするんでしょ」
これ以上スズと話していると顔から火が出そうだったので、僕は冷めた口調でそう提案した。
「そうだね。ロロが言うならそうしよう」
僕の照れ隠しを知ってか知らずか、スズはすぐさま昼間干した布団に飛び込んでいく。
「まだちょっとかびっぽいけど、お日様の匂い!」
それなら良かった。僕は布団に潜り込むスズを見ながら、燭台の炎を吹き消した。
「おやすみ、ロロ」
暗闇の中で、スズが僕を見ているのがわかる。
「……おやすみ」
壁の隙間から差し込む星明りを反射してキラキラ光る大きな目に、僕は就寝のあいさつを返した。
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
大江戸怪物合戦 ~禽獣人譜~
七倉イルカ
歴史・時代
文化14年(1817年)の江戸の町を恐怖に陥れた、犬神憑き、ヌエ、麒麟、死人歩き……。
事件に巻き込まれた、若い町医の戸田研水は、師である杉田玄白の助言を得て、事件解決へと協力することになるが……。
以前、途中で断念した物語です。
話はできているので、今度こそ最終話までできれば…
もしかして、ジャンルはSFが正しいのかも?
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語
瑞野明青
歴史・時代
「奔波の先に~聞多と俊輔~」は、幕末から明治初期にかけての日本の歴史を描いた小説です。物語は、山口湯田温泉で生まれた志道聞多(後の井上馨)と、彼の盟友である伊藤俊輔(後の伊藤博文)を中心に展開します。二人は、尊王攘夷の思想に共鳴し、高杉晋作や桂小五郎といった同志と共に、幕末の動乱を駆け抜けます。そして、新しい国造りに向けて走り続ける姿が描かれています。
小説は、聞多と俊輔の出会いから始まり、彼らが長州藩の若き志士として成長し、幕府の圧制に立ち向かい、明治維新へと導くための奔走を続ける様子が描かれています。友情と信念を深めながら、国の行く末をより良くしていくために奮闘する二人の姿が、読者に感動を与えます。
この小説は、歴史的事実に基づきつつも、登場人物たちの内面の葛藤や、時代の変革に伴う人々の生活の変化など、幕末から明治にかけての日本の姿をリアルに描き出しています。読者は、この小説を通じて、日本の歴史の一端を垣間見ることができるでしょう。
Copilotによる要約
岩倉具視――その幽棲の日々
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
幕末のある日、調子に乗り過ぎた岩倉具視は(主に公武合体とか和宮降嫁とか)、洛外へと追放される。
切歯扼腕するも、岩倉の家族は着々と岩倉村に住居を手に入れ、それを岩倉の幽居=「ねぐら」とする。
岩倉は宮中から追われたことを根に持ち……否、悶々とする日々を送り、気晴らしに謡曲を吟じる毎日であった。
ある日、岩倉の子どもたちが、岩倉に魚を供するため(岩倉の好物なので)、川へと釣りへ行く。
そこから――ある浪士との邂逅から、岩倉の幽棲――幽居暮らしが変わっていく。
【表紙画像】
「ぐったりにゃんこのホームページ」様より
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる