9 / 16
第九話 - 口寄せ
しおりを挟む* * *
「『口寄せ』ってのは、幽霊とか異界のものを呼び寄せちゃうことだよ。キミはそういう性質みたい。このおうちの周りに生えてた黄泉の植物は、たぶんキミに引かれて根付いたんだろうね。キミが畑を耕すと病気や害獣の被害にあいやすいって言うのも、キミが何か悪いものを呼び寄せちゃってたのかも」
起きたらスズに説明してもらおうと考えていたが、僕はその行動を少し後悔していた。だってそうだろう? 僕が関わると起こっていた悪いこと。それが本当に僕のせいだったと知ってしまったのだから。
「もしかして、今この村を悩ませている飢餓の怪異も……」
僕のせいなのかもしれない。怖くて全てを声に出すことはできなかったが。
「キミはその答えを知りたいの?」
スズの問いかけは、彼女なりのやさしさだったのかもしれない。しかし、否定しなかった事実が、僕のせいだと物語っていた。
「キミだけのせいじゃないよ」
あからさまに僕の表情が曇ったからだろう。スズの顔を見れずにうつむいた僕に、穏やかな声が降ってきた。彼女にそんなやさしい声が出せたのかと驚くくらいに。
「この村の怪異は十中八九『幽霊作物』って呼ばれるものだよ。作物が黄泉の力の影響を受けて、大きく空っぽに育っちゃう怪異。その怪異がはじまった原因は、もしかするとキミのせいかもしれない。でも、怪異が何年もずーっと続いてるのはキミのせいじゃないさ」
「根拠はあるわけ?」
「もちろん」
最初の幽霊作物がこの地域に根付いたのは、僕のせいかもしれない。しかし、それを育て続けたのは、村の人々だ。
「人間ってのは堕落した生き物だよ。できるなら働きたくないし、ずっと寝ていたいし、ごはんを食べていたい。そう考えてる人って多いんじゃないかな。そう言う人々の願いが幽霊作物を育てる力になっちゃう。この地域に飢餓の怪異の原因を呼び寄せたのはキミかもしれないけど、それをここまで強くしちゃったのは村人たちの魂のあり方それ自体だよ。だから、キミだけが悪いわけじゃない。みんながもっと働くのが大好きで勤勉なら、こんなことにはならなかったんだから」
スズは僕を励ますように肩を叩くと、その勢いで立ち上がった。
「じゃあ、怠惰な人間の尻ぬぐいに行こうぜ!」
そう親指を立てて笑うスズは、きっと僕がこれ以上気負わないようにしてくれたのだろう。旅装束と、頭の右上で束ねられた長い髪。外出の準備は万全だ。
昨日僕が切ってしまった左側の髪は顎のラインで切りそろえられている。良く似合っているが、左右非対称な髪形を見ると心が痛んだ。謝るべきなのだろうが、昨日のことを蒸し返すのは気が引ける……。
「ほら、ロロ。早く村の案内をしなさいっ!」
すでに小屋の外まで駆けだしたスズが僕を呼んでいる。彼女はもう髪のことを気にしていないのかもしれない。
「わかった」
いろいろ悩んでも、最終的には彼女の勢いに流されてしまう。僕は腰をあげると、急いでスズを追いかけた。
この日は村の中を歩いてまわるらしい。スズが昨日大勢の前で名乗りを上げたおかげで、村の衆の多くが彼女のことを知っていた。作物を分けてもらい、道端の雑草を摘み取り、人目を盗んでスズの髪の毛に味見させていく。そうすることで黄泉の影響が強い場所を探すのだ。
「ロロ、ちょっとあたしの頭をよしよししてくれるかい?」
「なんで?」
突然の要求に戸惑いつつも、僕は彼女の頭に手を伸ばした。僕たちの体が近づく。その隙にスズは手に持っていた雑草を数本髪の毛に食べさせた。どうやら僕の体と着物を死角にして、髪の毛を変化させたかったらしい。村人の目に触れないよう注意を払っているようだ。それならば、なぜ昨日はあんなに目立つ方法で僕を運んだのだろう。疑問だったが、ただの気まぐれかもしれない。彼女はそういう人間な気がする。
「キミ、頭撫でるのヘタだね」
考え事をしていた僕は、スズのそんな感想ではっと我に返った。
「君の髪の毛を隠せればいいんだろう?」
僕はスズの髪が毛束に戻っていることを確認して、手を離した。
「あれれ~? もしかして照れてる?」
意地悪な笑みを浮かべて僕の顔を覗き込もうとするスズ。
「違う。村に変な噂が広まるから」
僕は慌てて顔をそむけた。僕の言葉は本音だったが、一日中見知らぬ旅人の少女と村を歩けば、それだけで噂が立つのは避けられないだろう。さいわいなのは、僕が村はずれの山中に住んでいて、村人とあまり交流していないことだ。何を言われても僕の耳にはほとんど入ってこないだろうし、「呪われた」僕はすでに腫物のような扱いを受けている。悪い噂が広がったとしても、これ以上困りようがない。
結局は、スズの言う通り、頭を撫でるという行為に慣れておらず、恥ずかしかったのだろう。それを彼女に伝える気は一切ないが。
スズは村の農地、家の庭、井戸の水までくまなく味見していく。
「全体的に薄く黄泉の味はするけど、原因は村の中にあるものじゃないね」
一日中村を散策したあと、スズは僕に今日の成果を報告した。
「それじゃあ、次は周りの山を調べる?」
「うん。……ちょっと長丁場になりそう」
スズはしばらく僕の家に滞在するつもりだ。気ままなひとりの時間が減ってしまうのは嫌だが、不思議とうれしくもある。
「長期戦に備えて、明日は宿場にお買い物に行こう。キミも来る?」
そう誘われて、僕は少し考えた。留守番すれば、スズのにぎやかさに煩わされることなくのんびりできる。
「……僕も行く」
しかし、僕はスズとともに行くことに決めた。山を下りた街道沿いにある宿場は、村では手に入らない品を買える栄えた町だ。早朝に出て急いで買い物を済ませれば、その日のうちに帰れる距離ではあるものの、ひとりで気楽に行ける場所ではない。せっかくなら、僕も欲しいものを買い足そうと思ったのだ。換金用の薪も溜まっていたし。
1
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳
勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません)
南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。
表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。
2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

南部の光武者
不来方久遠
歴史・時代
信長が長篠の戦に勝ち、天下布武に邁進し出した頃であった。
〝どっどど どどうど どどうど どどう〝十左衛門と名付けられたその子が陸奥の山間で生を受
けたのは、蛇苺が生る風の強い日であった。透き通るような色の白い子だった。直後に稲光がして
嵐になった。将来、災いをもたらす不吉な相が出ていると言われた。成長すると、赤いざんばら髪
が翻り、人には見えないものが見える事があるらしく、霊感が強いのもその理由であったかも知れ
ない。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
【受賞作】小売り酒屋鬼八 人情お品書き帖
筑前助広
歴史・時代
幸せとちょっぴりの切なさを感じるお品書き帖です――
野州夜須藩の城下・蔵前町に、昼は小売り酒屋、夜は居酒屋を営む鬼八という店がある。父娘二人で切り盛りするその店に、六蔵という料理人が現れ――。
アルファポリス歴史時代小説大賞特別賞「狼の裔」、同最終候補「天暗の星」ともリンクする、「夜須藩もの」人情ストーリー。

キャサリンのマーマレード
空原海
歴史・時代
ヘンリーはその日、初めてマーマレードなるデザートを食べた。
それは兄アーサーの妃キャサリンが、彼女の生国スペインから、イングランドへと持ち込んだレシピだった。
のちに6人の妻を娶り、そのうち2人の妻を処刑し、己によく仕えた忠臣も邪魔になれば処刑しまくったイングランド王ヘンリー8世が、まだ第2王子に過ぎず、兄嫁キャサリンに憧憬を抱いていた頃のお話です。
生克五霊獣
鞍馬 榊音(くらま しおん)
歴史・時代
時は戦国時代。
人里離れた山奥に、忘れ去られた里があった。
闇に忍ぶその里の住人は、後に闇忍と呼ばれることになる。
忍と呼ばれるが、忍者に有らず。
不思議な術を使い、独自の文明を守り抜く里に災いが訪れる。
※現代風表現使用、和風ファンタジー。
からくり治療院という配信漫画の敵斬鬼“”誕生の物語です。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる