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第七話 - 日常と非日常
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「ロロは生まれも育ちもこの村?」
「そうだけど……」
食事をしながら、おしゃべりに興じるのはいつぶりだろう。少なくとも、お師匠が死んでからはなかったことだ。
「山が多くて良いところだね」
確かにこの村は四方を低い山に囲まれた小さな盆地にある。
「町が遠くて不便だよ。薪を売りに行くのも、猟銃の弾や火薬を仕入れるのも一苦労だ」
それが僕の正直な感想。しかし、不満を感じつつもこの村の片隅で生き続けているのだから、心のどこかではこの場所が気に入っているのかもしれない。もしくは、村を抜け出す勇気が持てないか。たぶん後者だろう。
「それはちょっと困るねぇ」
スズは僕の不満に話を合わせてくれている。
「君の出身は?」
今度は僕が質問する番。
「ここからそんなに離れてないよ。でも、旅人の基準だからキミからしたらめっちゃ遠いかもね」
ちゃんと答えてくれているようで、よくわからない解答だ。
「その髪の毛とか『呪い』ってなに?」
次に僕は、彼女に会ってから最も気になっていた疑問をぶつけた。
「それは今日会ったばかりの女の子にする質問じゃないかなぁ」
低い声でそう解答を拒否されてしまったが。
「話したくないこと?」
「話したくないこと!」
陽気でおしゃべりなスズがこれほどまでに隠そうとするのだから、本当に触れてほしくない秘密なのだろう。
「じゃあ、あたしからも聞いていい?」
「……なに?」
そんな感じで、僕たちの会話は日が暮れるまで続いた。内容はたわいもないものばかり。この村の話や、スズの旅の話。話していてわかったが、スズと僕は同い年らしい。それなのにスズはもう三年も旅を続けていると言う。
旅をして、怪異の調査をして、時には大きな町でのんびりしたり、仲間に会ったり。それは村の暮らししか知らない僕には、とても魅力的に聞こえた。僕もいつか彼女みたいに旅できたらいいのに。そんな夢に胸を躍らせてしまう。
満足感のある食事とスズの明るい雰囲気に、気づけば僕の口元は綻んでいた。最初は迷惑で自分勝手な少女だと思っていたが、少しだけスズに心を許せるようになってきたかもしれない。ともに食卓を囲んで話すのを楽しく思っている僕がいる。
しかし、彼女は髪の毛を蛇に変える怪しい存在。
普段とは違う非日常に好奇心を刺激されているだけだ。
腹にたまる食事に餌付けされているだけだ。
僕は自分にそう言い聞かせた。妖怪娘にほだされるなと。それでも、胸の内に広がる高揚感を無視することはできなかった。
「洗ったお茶碗はどこに片付ければいい?」
「板間の下にある桶の中」
「お皿洗いに使ったお水は?」
「裏の畑に流して」
食後のちょっとした家事の間も、僕たちはことあるごとに会話した。話過ぎて、のどに痛みを感じる。
日が沈み、普段より早く床についた僕は、布団の中で自分の首をなでた。この調子で明日からの調査が務まるだろうか。肉体労働よりも、スズとのおしゃべりで体力を消耗してしまうかもしれない。
静かに目を閉じると、今日起こったことが脳裏を駆け巡る。蛇のような髪を持つ少女。小屋の周りに生えた黄泉の植物。温かい食事。たくさんの会話──。
ちなみに、スズは事前に宣言していた通り、僕の家に対する文句を山のように言って眠りについた。
「この小屋個室ないの!? キミと同じ部屋で寝なきゃなの!?」
「ここお風呂ないの!? お湯で濡らした手拭いで体ふくだけ? キミ、野生動物か何か?」
「便所ここ? ぼろ板で囲んであるだけじゃん。お空丸見えじゃん。これじゃ野グソと変わんないし!」
「お布団カビ臭い!」
「隙間風!!」
「虫ぃっ!!」
そんな明るい声の記憶に、僕は声を出さずに笑った。僕には当たり前の生活が彼女には非日常で、彼女には当たり前の旅が僕には興味深い。新鮮な思い出があふれ出して、休んでいるはずなのに疲れてしまいそうだ。
文句を言いつつもどこか楽しんでいるようなスズが、天井から大きなムカデが落ちてきたときだけはひどく取り乱していたっけ。それでも自慢の元気な髪の毛でムカデをくわえると、戸口からものすごい勢いで放り投げるくらいの才能はあったが。この時の記憶だけで、あと三日は笑えるだろう。
明日もこのにぎやかな少女と過ごすのかと思うと、憂鬱なはずなのに楽しみなのだ。平凡でちょっと孤独な日常に割り込んできた突風。たまには日常を乱されながら生きるのも、悪くないのかもしれない。
「おやすみ」
僕はスズの眠っている方向に背を向けたまま、小さな声でつぶやいた。
「…………」
返事はない。すでに眠ってしまったのか、僕の声が小さすぎて届いていないか。あたりは秋の虫が鳴きはじめ、「りーん、りーん」と鈴が鳴り響くようなかん高いざわめきに満ちている。朝になれば、望まなくてもあのにぎやかな声を聴けるだろう。眠りに落ちれば朝まではすぐ。僕は体の力を抜いて、ゆっくりと息を吐いた。
「そうだけど……」
食事をしながら、おしゃべりに興じるのはいつぶりだろう。少なくとも、お師匠が死んでからはなかったことだ。
「山が多くて良いところだね」
確かにこの村は四方を低い山に囲まれた小さな盆地にある。
「町が遠くて不便だよ。薪を売りに行くのも、猟銃の弾や火薬を仕入れるのも一苦労だ」
それが僕の正直な感想。しかし、不満を感じつつもこの村の片隅で生き続けているのだから、心のどこかではこの場所が気に入っているのかもしれない。もしくは、村を抜け出す勇気が持てないか。たぶん後者だろう。
「それはちょっと困るねぇ」
スズは僕の不満に話を合わせてくれている。
「君の出身は?」
今度は僕が質問する番。
「ここからそんなに離れてないよ。でも、旅人の基準だからキミからしたらめっちゃ遠いかもね」
ちゃんと答えてくれているようで、よくわからない解答だ。
「その髪の毛とか『呪い』ってなに?」
次に僕は、彼女に会ってから最も気になっていた疑問をぶつけた。
「それは今日会ったばかりの女の子にする質問じゃないかなぁ」
低い声でそう解答を拒否されてしまったが。
「話したくないこと?」
「話したくないこと!」
陽気でおしゃべりなスズがこれほどまでに隠そうとするのだから、本当に触れてほしくない秘密なのだろう。
「じゃあ、あたしからも聞いていい?」
「……なに?」
そんな感じで、僕たちの会話は日が暮れるまで続いた。内容はたわいもないものばかり。この村の話や、スズの旅の話。話していてわかったが、スズと僕は同い年らしい。それなのにスズはもう三年も旅を続けていると言う。
旅をして、怪異の調査をして、時には大きな町でのんびりしたり、仲間に会ったり。それは村の暮らししか知らない僕には、とても魅力的に聞こえた。僕もいつか彼女みたいに旅できたらいいのに。そんな夢に胸を躍らせてしまう。
満足感のある食事とスズの明るい雰囲気に、気づけば僕の口元は綻んでいた。最初は迷惑で自分勝手な少女だと思っていたが、少しだけスズに心を許せるようになってきたかもしれない。ともに食卓を囲んで話すのを楽しく思っている僕がいる。
しかし、彼女は髪の毛を蛇に変える怪しい存在。
普段とは違う非日常に好奇心を刺激されているだけだ。
腹にたまる食事に餌付けされているだけだ。
僕は自分にそう言い聞かせた。妖怪娘にほだされるなと。それでも、胸の内に広がる高揚感を無視することはできなかった。
「洗ったお茶碗はどこに片付ければいい?」
「板間の下にある桶の中」
「お皿洗いに使ったお水は?」
「裏の畑に流して」
食後のちょっとした家事の間も、僕たちはことあるごとに会話した。話過ぎて、のどに痛みを感じる。
日が沈み、普段より早く床についた僕は、布団の中で自分の首をなでた。この調子で明日からの調査が務まるだろうか。肉体労働よりも、スズとのおしゃべりで体力を消耗してしまうかもしれない。
静かに目を閉じると、今日起こったことが脳裏を駆け巡る。蛇のような髪を持つ少女。小屋の周りに生えた黄泉の植物。温かい食事。たくさんの会話──。
ちなみに、スズは事前に宣言していた通り、僕の家に対する文句を山のように言って眠りについた。
「この小屋個室ないの!? キミと同じ部屋で寝なきゃなの!?」
「ここお風呂ないの!? お湯で濡らした手拭いで体ふくだけ? キミ、野生動物か何か?」
「便所ここ? ぼろ板で囲んであるだけじゃん。お空丸見えじゃん。これじゃ野グソと変わんないし!」
「お布団カビ臭い!」
「隙間風!!」
「虫ぃっ!!」
そんな明るい声の記憶に、僕は声を出さずに笑った。僕には当たり前の生活が彼女には非日常で、彼女には当たり前の旅が僕には興味深い。新鮮な思い出があふれ出して、休んでいるはずなのに疲れてしまいそうだ。
文句を言いつつもどこか楽しんでいるようなスズが、天井から大きなムカデが落ちてきたときだけはひどく取り乱していたっけ。それでも自慢の元気な髪の毛でムカデをくわえると、戸口からものすごい勢いで放り投げるくらいの才能はあったが。この時の記憶だけで、あと三日は笑えるだろう。
明日もこのにぎやかな少女と過ごすのかと思うと、憂鬱なはずなのに楽しみなのだ。平凡でちょっと孤独な日常に割り込んできた突風。たまには日常を乱されながら生きるのも、悪くないのかもしれない。
「おやすみ」
僕はスズの眠っている方向に背を向けたまま、小さな声でつぶやいた。
「…………」
返事はない。すでに眠ってしまったのか、僕の声が小さすぎて届いていないか。あたりは秋の虫が鳴きはじめ、「りーん、りーん」と鈴が鳴り響くようなかん高いざわめきに満ちている。朝になれば、望まなくてもあのにぎやかな声を聴けるだろう。眠りに落ちれば朝まではすぐ。僕は体の力を抜いて、ゆっくりと息を吐いた。
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